2017年07月18日

近づく英国の国民投票-経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちないEU離脱支持率

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1――はじめに

16年6月23日に英国で実施されるEUへの残留か離脱かを問う国民投票まで残すところ1カ月余りとなった。国民投票のキャンペーンは4月15日にスタートし、折り返し地点に差し掛かった。英国政府や国際機関は英国のEU離脱(BREXIT)は多大な経済的コストを伴うと警鐘を鳴らし、主要国首脳も残留支持の立場だ。それでも、世論調査の残留支持と離脱支持の拮抗は崩れず、BREXITの可能性は、全体の1割余りを占める「態度を決めていない」有権者が握る。先行き不透明感は増している。

以下、本稿では、英国の経済構造を踏まえて、離脱のベネフィットを主張する離脱派と離脱のコストを強調する残留派の論点を点検し、BREXITの可能性と、英国の国民投票の結果がEU、世界経済、日本経済に与える影響について考える。
 

2――国民投票後のプロセス

2――国民投票後のプロセス

1|残留支持多数の場合-新条件でEU残留
国民投票が残留支持多数となるか離脱支持多数となるかで英国の針路は変わる(図表1)。

残留支持多数の場合、キャメロン首相が15年11月にEU首脳会議に提案し、16年2月のEU首脳会議で合意した新たな条件でEUに残留する。

新たな条件は、①経済ガバナンスの改善、②競争力の向上、③国家主権の保護、④EU域内からの移民に対する社会保障の均等原則の見直しの4項目からなる。英国は、99年の単一通貨ユーロの導入にあたっては「導入しない権利(オプトアウト)」を確保、域内国境の検問廃止と共通の域外国境管理・ビザ政策にも反対し、シェンゲン協定にも未参加、ユーロ圏内の債務危機対策や再発防止策にも距離を置くなど、EU加盟国として特別なスタンスをとってきた。EUとの交渉では、こうした特別な立場を確認し、一層強化した。国家主権保護策として、EUがその前身である欧州経済共同体(EEC)の設立時から現在に至るまで基本条約の前文に掲げてきた「絶えず緊密化する連合」からの適用除外という権利を獲得、次の基本条約の改定時に反映されることになった。

EUの法規制に対しても、官僚的で非効率として英国民の不満は強く、その改善を求めるとともに、55%以上の加盟国の賛成があれば、各国議会が閣僚理事会に再考を求めることができる「レッドカード制」が導入されることになった。

移民輩出国である中東欧の加盟国との対立点となったEU域内からの移民への社会保障給付についても、海外在住子女への児童手当の給付水準の調整や、例外的な状況での在職給付の制限などの「均等待遇」の部分的な見直しで合意した。

新たな条件は、英国が残留の意志を告知し次第適用される。新条件の発効はEU法の立法プロセスやスピード、EU域内のヒトの移動に影響を及ぼす可能性はある。6-3で後述する通り、他国の行動も影響を受けるかもしれない。

それでも、残留である限り、英国とEUの基本的な関係は大きく変わらず、EU域外の国々には、特別な影響はない。
図表1 英国のEU残留の是非を問う国民投票後の流れ
2|離脱支持多数の場合-離脱の意思を告知、協定の締結作業に着手
離脱支持多数の場合も、現状が直ちに変わる訳ではない。英国政府がまとめた離脱手続きに関する文書によれば1、結果判明後、速やかにEU首脳会議に離脱の意思を告知、EU離脱に関わるEU基本条約第50条の手続きが始まる。

離脱の意思告知を受けて「離脱協定」の締結作業に入っても、実際にBREXITが実現するのは、離脱協定の発効時か、離脱の意思を告知して2年後であり、その間、英国はEU加盟国であり続ける。離脱協定の発効には、EU首脳会議によるガイドラインの合意、欧州議会の過半数による賛成、EU閣僚理事会の特定多数決(英国以外の27カ国のうち20カ国でその人口が65%を超える)の賛成が必要になる。

英国が、離脱後にEUの単一市場への特権的なアクセスを望むのであれば、EUとの間で新たな協定(以下、新協定)が必要になる。新協定について、EU基本条約第50条には明確な規定はないが、離脱と同時に発効することが望ましく、並行して作業が進められると見られる。

英国と27のEU加盟国による協定の締結作業は難航が予想される。新協定の立法プロセスは離脱協定とほぼ同じだが、踏み込んだ内容であればEU閣僚理事会での決議には全会一致が必要になり、各加盟国の権限が関わる「混合協定」となる場合には、各加盟国での批准手続きも必要になる。

離脱協定と新協定の発効にEU条約が規定する2年間で漕ぎ着けるのは容易ではない。期限内に作業が終わらない場合の選択肢は2つある。1つは期限の延長である。期限の延長には英国以外の27カ国の全会一致が必要となる。もう1つは、離脱前の新協定の締結を断念することだ。その場合、世界貿易機関(WTO)協定の最恵国待遇原則(MFN 原則)の例外規定から外れるため、英国のEUへの関税は、現在のゼロからMFN関税率まで引き上げられる。英国はすべてのWTO加盟国を平等に扱う義務も負う。

EU域外との貿易も離脱の影響を受ける。英国はEU加盟国としてEU未加盟の欧州諸国や地中海諸国、中南米諸国などと関税同盟、欧州共同市場(EEA)、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などを通じた特恵的なアクセスを得ている。EU加盟国として締結した60カ国との協定は離脱後に再締結する必要がある。米国との包括的貿易投資協定(TTIP)、日本とのEPAなど67カ国と進めている交渉からも外れることになる2。これらの交渉は基本的にEUとの新協定が大筋でまとまった後にスタートすることになると思われる。
 
1 HM Government(2016a)
2 FTA等の締結国、交渉国の数についてはIMF(2016)を参考にした。
 

3――英国経済の構造的特徴と潜在的リスク

3――英国経済の構造的特徴と潜在的リスク

1|英国経済の構造的特徴
BREXITが、英国経済やEU、日本を含む世界経済に及ぼす影響を考える上では、英国経済の構造や国力についての理解が欠かせない。

英国の経済規模は、米国、中国、日本、ドイツに次ぐ世界第5位。名目ドル換算での世界のGDPに占める英国のシェアは2015年時点で3.9%と推定される(図表2)。2000年代半ば以降の世界では中国を始めとする新興国のプレゼンスが高まり、先進国は全体に退潮した。英国経済も、世界金融危機後の住宅バブルの崩壊で、大幅かつ長期にわたる調整を迫られた。しかし、12年末頃から、景気の拡大が定着するようになり(図表3)、世界経済におけるプレゼンスの低下を食い止めている。

英国経済は貿易・投資面で開放度が高い。財・サービス貿易は対名目GDP比で輸出が28.4%、輸入が30.3%でドイツ以外の欧州の主要国と同程度の水準である。直接投資残高の対名目GDP比は、外国資本による英国内への投資(対内直接投資)と英国資本による外国への投資(対外直接投資)ともに、英国は主要先進7カ国(G7)で最も水準が高い。ドイツや日本は、対外直接投資に対して対内直接投資の規模が小さいが、英国の場合はほぼ同水準である。

サービス化も進展している。名目GDPに占めるサービス業の名目付加価値のシェアは78%と米国、フランスと並ぶ水準である、英国の場合は金融・ビジネスサービスが最大のセクターである。輸出金額でも財に比べて、サービスの輸出の金額が大きく、財貿易収支は赤字だが、サービス貿易収支は対名目GDP比でおよそ5%の黒字を計上しており、比較優位があることを示す。

英国の通貨ポンドは、かつては国際通貨体制で中心的な役割を果たす基軸通貨であったが、現在はドル、ユーロに次ぐ第3の国際通貨としての地位を円と競い合っている(図表4)3

ポンドの国際的な地位が低下し、1999年のユーロ参加を見送ったにも関わらず、ロンドンは欧州最大の国際金融センターとしての地位を保っている。 TheCityUKによれば、英国は、国際銀行貸出、外国為替取引、店頭デリバティブの金利スワップ取引、海上保険の分野では米国を上回る世界最大の市場である(図表5)。ヘッジファンド、プライベート・エクィティは米国が中心的な市場だが、欧州での取引は英国に集中している。
図表2 世界のGDPに占める各国地域の割合/図表3 主要先進7カ国(G7)の実質GDP/図表4 国際通貨としての利用割合/図表5 国際金融取引における国別のシェア
EU市場との結び付きも強い。輸出の44%、輸入の53%、対内直接投資の48%、対外直接投資の40%がEU向けである(図表6) 。

英国は、多数の多国籍企業が欧州地域本部を設置するEUのゲートウェイでもある。売上高世界トップ250社を対象とした調査では4、欧州に世界本部ないし地域本部を置く企業の40%がロンドンに設置しており、第2位のパリに大きく差をつけている。金融業では、EU加盟国の金融機関だけでなく、米国やスイスの金融機関も欧州の中心的な拠点として活用している。
図表6 英国の貿易・直接投資の相手地域/図表7 名目実効為替相場
 
3 中国の人民元は国際通貨としての利用度はポンド、円よりも低いが、貿易取引の金額は英国、日本を上回っていることから、IMFは15年12月に人民元を 特別引出権(SDR)の構成通貨に加えるにあたり、比重を円8.33%、ポンド8.09%、人民元10.92%とした。
4 Deloitte(2014)
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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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