2017年07月14日

景気好調下で弱まる物価の基調~既往の円高と個人消費の弱さが物価を下押し

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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●景気好調下で弱まる物価の基調

図1 消費者物価の推移 実質GDPが5四半期連続で潜在成長率とされるゼロ%台後半を上回るなど景気は好調を維持しているが、物価の基調はむしろ弱まっている。消費者物価(生鮮食品を除く総合、以下コアCPI)は2017年1月に1年1ヵ月ぶりに上昇に転じた後、5月には前年比0.4%まで伸びを高めているが、これは主としてエネルギー価格の上昇によるものだ。日本銀行が基調的な物価変動を把握するために重視している「生鮮食品及びエネルギーを除く総合(以下、コアコアCPI)」の上昇率は2015年11月の1.3%をピークに鈍化傾向が続き、足もとではゼロ%程度で推移している(図1)。
図2 ドル円レートの推移 (既往の円高が物価を押し下げ)
景気好調下で物価の基調が弱まっている理由としては、まず既往の円高の影響が挙げられる。足もとの為替レートは欧米との金利差拡大を主因として円安が進んでいるが、2016年初から2016年夏場にかけては大幅な円高が進行した(図2)。円高局面が終了してから1年近く経過したが、為替変動の影響が消費者物価に波及するまでにはラグを伴うため、足もとの物価の弱さのかなりの部分は円高の影響によるものと考えられる。
図3 消費者物価(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)の寄与度分解 コアコアCPIの動きを財別に見てみると、耐久消費財、半耐久消費財、非耐久消費財、一般サービス、公共サービスのいずれもが2015年末頃をピークに伸び率が低下している。2015年11月(前年比1.3%)から2017年5月(同0.0%)までコアコアCPIの上昇率は▲1.3%低下したが、この内訳を財別に寄与度分解すると、耐久消費財が▲0.4%、半耐久消費財が▲0.1%、非耐久消費財が▲0.4%、一般サービスが▲0.3%、公共サービスが▲0.1%となっている(図3)。
特に弱い動きとなっているのが耐久消費財で、2015年末頃には前年比3%台の高い伸びとなっていたが、その後は円高の進行にやや遅れる形で伸び率が大きく低下し、2016年7月に下落に転じた後、足もとでは前年比▲2%台のマイナスとなっている。耐久消費財はリーマン・ショック以降に進行した急激な円高に伴う海外生産シフトの拡大などを背景に2010年頃から輸入浸透度が大きく上昇した(図4)。この結果、パソコン、テレビ、ビデオカメラなどの耐久消費財は近年、為替変動の影響をより強く受けるようになっている。

また、被服、履物などの半耐久消費財、食料工業製品、家事用消耗品などの非耐久消費財は耐久消費財に比べれば為替に対する感応度は低いものの、輸入浸透度が長期的に上昇していることもあり、かつてに比べて為替の影響を受けやすくなっている可能性がある。

2010年以降とそれ以前の月次データを用いて、消費者物価に対する名目実効為替レートの感応度を計測すると、いずれの財でも2010年以降の時差相関係数が高くなっていることに加え、耐久消費財では特に感応度(弾性値)が大きく高まっていることが確認できる(図5)。
図4 耐久消費財、非耐久消費財の輸入浸透度/図5 為替変動による財別消費者物価への影響
図6 食料は財、サービスともに輸入物価の影響を受けやすい 一般サービスの価格は賃金との連動性が高く、財に比べれば為替変動の影響を受けにくい。ただし、サービス価格を決める要素の中には原材料費など人件費以外のコストも含まれるため、輸入物価の変動を通じて為替の影響を一定程度受ける。たとえば、一般サービスに含まれる外食の物価は、2006年から2008年にかけての食料品の輸入物価急上昇を受けて、賃金が低迷していたにもかかわらず2008年末頃には前年比2%まで上昇し、リーマン・ショック後の輸入物価の急低下に伴い外食の物価上昇率も大きく低下した。最近では、2015年中の外食の物価は概ね1%台後半の伸びが続いていた。賃金上昇に伴う人件費の増加が値上げの一因になっていたことは確かだが、円安を主因とした食料品の輸入物価上昇による影響も大きかったと考えられる。実際、その後の円高によって輸入物価が急落したことを受けて、外食の物価はゼロ%程度まで伸びが鈍化している(図6)。
(需給バランスの改善が物価上昇につながりにくい理由)
このように、近年の消費者物価は為替変動による影響をより強く受けるようになっている可能性が高いが、言うまでもなく物価は需給バランスの動向によって決まる部分も大きい。
図7 個人消費関連指標の推移 足もとのGDPギャップ(需給ギャップ)は、日本銀行、内閣府の推計値がいずれもプラスに転じるなど、改善基調が明らかだが、現時点ではこのことが消費者物価の上昇につながる兆しは見られない。これは経済全体の需給バランスが大きく改善しているのに対し、個人消費の回復力が弱いことが影響している可能性がある。個人消費はこのところ持ち直しつつあるが、やや長い目でみれば2014年4月の消費税率引き上げ後の低迷を完全に脱したとは言えない状況にある(図7)。

実質GDP成長率は2015、2016年度と2年連続で1.2%となり、ゼロ%台後半とされる潜在成長率を上回ったが、家計消費支出(除く持ち家の帰属家賃)は2015年度が前年比0.1%、2016年度が同0.4%とこれを大きく下回った。
図8 GDPギャップと家計消費ギャップの推移 GDPギャップは現実の実質GDPと潜在GDPとの差によって求められる。ここで、現実の実質GDPを実質家計消費支出(除く持ち家の帰属家賃)に置き換えて、潜在GDPとの差を求めた上で過去の平均値(1980年以降)からの乖離幅を家計消費ギャップとした。最近の両者の動きを比較すると、GDPギャップがこのところ改善傾向が明確となっているのに対し、家計消費支出が実質GDP成長率に比べて低調な推移が続いていることから、家計消費ギャップは▲2%程度の大幅マイナスが続いている(図8)。

企業が価格改定を行う際には、経済全体の需給バランスよりはむしろ企業の売上高に直結する個人消費の強弱を判断材料としている可能性が高い。GDPギャップが改善している一方で個人消費が低調に推移してきたことが基調的な物価上昇圧力が高まらない一因になっていると考えられる。
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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