2017年07月11日

東京2020文化オリンピアードへの期待-ロンドン2012大会文化オリンピアードを支えた3つのマークの考察から

吉本 光宏

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-以下時制も含め2016年7月発表の基礎研レポートのまま掲載-
 
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)が4年後に迫る中、懸案だったエンブレム(以下、東京2020大会エンブレム)は去る4月末に決定した。大会スポンサーのTVコマーシャルなどでも見かけるようになり、東京2020大会が急に現実味を帯びて感じられるようになったから不思議だ。それほど、エンブレムは最近のオリンピック・パラリンピックにとって重要なアイテムとなっている。今後、様々なデザインワークが進められ、エンブレムを応用したマーク類の開発やマーケティング活動が展開されるはずだ。

その際に注目したいのが、文化オリンピアード1に関するマークである。前回のロンドン2012大会では、市民レベルの草の根の文化活動から世界トップレベルの芸術作品まで、かつてない規模と内容の文化オリンピアードが実施されたことは、既に数多くの報告が行われているとおりだ。ここでは、それを支えたエンブレムやマークの仕組みを整理して、東京2020大会の文化オリンピアードの参考に供したい。
 
1 オリンピック・パラリンピック競技大会の際に実施される文化事業は、これまで文化プログラムと記載されることが多かったが、最近の東京2020組織委員会の資料には「東京2020文化オリンピアード」と記されていることから、競技大会開催年に予定されているフェスティバルも含め、本稿では文化オリンピアードと記載することとした。
 

1――東京2020大会で期待の高まる「文化オリンピアード」とロンドン2012大会の3種類のマーク

1――東京2020大会で期待の高まる「文化オリンピアード」とロンドン2012大会の3種類のマーク

1100年以上の歴史の中で培われてきた文化オリンピアード
文化オリンピアードとは、オリンピック・パラリンピック競技大会の際に開催される文化の祭典のことで、前の競技大会の終了後にスタートし当該大会の終了時まで4年間続けられる。オリンピック・パラリンピック競技大会はもちろんスポーツの祭典であるが、オリンピック憲章の根本原則に「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求する」と記されているとおり、文化もオリンピックを構成する重要な要素となっている。

実際、今から100年以上前、1912年のストックホルム大会から様々な形で文化プログラムが行われてきた。当時は、絵画、彫刻、建築、音楽、文学の5分野の「芸術競技」として実施され、スポーツ同様、優秀作品にメダルが授与されていた。52年のヘルシンキ大会から「芸術展示」という形式に変わり、64年の東京大会でも美術や芸能の分野で多彩な展覧会や公演が行われた。その後、92年のバルセロナ大会で4年間の「文化オリンピアード」の仕組みが導入された。そして、前回のロンドン2012大会では文化オリンピアードと大会開催年の芸術フェスティバルを組み合わせて、五輪史上かつてない規模と内容の文化プログラムが実施され、大きな成果をあげた。

こうした流れを受け、東京2020大会では、ロンドン大会をしのぐ文化プログラムの実施に向けて関係機関が検討を重ねてきた。公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、東京2020組織委員会)や国・文化庁、東京都などは今年9月のリオ大会終了後からのスタートを目指して準備を進めている。都道府県や市町村の中にも、独自のプランを発表するところが出てくるなど、東京2020文化オリンピアードへの機運は徐々に高まりつつある。

その文化オリンピアードのマークに関して、東京2020組織委員会の今年度の事業計画では2、「オリンピック・パラリンピックブランドの非営利目的の活用を促すマーク(ノンコマーシャルマーク)を開発し、『東京2020文化オリンピアード』(仮称)、教育プログラム『ようい、ドン!』で活用していくとともに、他のアクション&レガシープランの事業展開においても、認証の仕組みづくりを合わせて検討していく」とされている。

同時に、大会ブランドの適正な利用として、「新エンブレムの使用についての基本的なガイドラインを作成する。また、大会に関する知的財産の不正利用(非スポンサーによるアンブッシュマーケティング等3)を防止する対策を併せて講じる」とある。周知のとおり、東京2020大会エンブレムは誰もが使用できるわけではなく、厳密なルールが定められる。エンブレムに限らず、東京2020大会と特定できる表現を商業的に利用できるのは大会スポンサーだけで、IOC及び東京2020組織委員会の了解が必要である。

その一方で、近年のオリンピック・パラリンピック競技大会では、できるだけ多くの人々や団体が主体的に参画(engagement)し、オリンピック・ムーブメントを推進することが期待されている。2016年1月に東京2020組織委員会が発表した「東京2020アクション&レガシープラン2016(中間報告)4」にも、「2020年に向けてオールジャパンで盛り上げていくため、大会に関する多くの企画・イベントを全国で行い、一人でも多くの方、出来るだけ多くの自治体や団体等に、東京2020大会に参画していただきたい」と記されている。アクションは、そのために2016年秋から全国で行われるイベントや取組であり、レガシーはその成果として東京2020大会をきっかけにその後の東京・日本そして世界に何を残していくのか、を示している。

そう考えると、エンブレムの使用を制限することは一見矛盾しているように思われる。そのために検討されているのが、非営利目的の活用を促す「ノンコマーシャルマーク」である。文化オリンピアードでそれを戦略的に活用したのが前回のロンドン2012大会だった。
 
2 東京2020組織委員会「平成28年度 事業計画書」(H28.4.1からH29.3.31まで)、2016.6.13(第13回理事会)
3 オリンピック・パラリンピックマーク等を無断でもくしは不正に使用したり流用したりすること。ゲリラマーケティングとも言われ、スポンサー料を支払わずに大規模なスポーツイベント等に関連づけて行う宣伝活動などの行為で、主催者の知的財産権を侵害するだけでなく、公式スポンサーからの投資にダメージを与え、大会の運営に支障をきたす可能性がある。
4 最終案は7月下旬に発表される予定。
2|ロンドン2012文化オリンピアードを支えた3種類のマーク類
ロンドン2012大会では、下図のとおり、「文化オリンピアード・マーク」、「インスパイア・マーク」、「ロンドン2012フェスティバル・エンブレム(以下、フェスティバル・エンブレム)」の3種類のマーク類が開発、使用された5。文化オリンピアード・マークにはオリンピックの五輪マーク、パラリンピックのマークが埋め込まれているが、後の2つにはオリンピック、パラリンピックのマークはない。しかし、数字の2012のシルエットをモチーフにしたロンドン2012大会のエンブレムと同じ形状がベースになっているため、一目でロンドン2012大会のマークだとわかる。

文化オリンピアード・マークは、文化オリンピアード全体のガイドブックやロンドン2012大会の公式スポンサーが支援した事業などに限って使用された。それに対し、インスパイア・マークは全国の市民団体などが実施した非営利の文化事業やイベントなどで幅広く使われ、フェスティバル・エンブレムは文化オリンピアードの芸術監督が選定・企画した国際的にも発信力のある文化事業に使われたものである。このインスパイア・マークとフェスティバル・エンブレムは、ロンドン2012大会で初めて導入されたもので、その文化オリンピアードを支えた革新的な仕組みだった。
図表1 ロンドン2012大会の文化オリンピアードで使用された3種類のマーク
 
5 2008年から11年まで年1回のカウント・ダウンプロジェクトとして、文化とスポーツを結びつけた様々な催しを英国全土で行った「オープンウィークエンド」のマークについてもブランド・ガイドラインが作成されているが、位置づけは文化オリンピアード・マークに類似しているため、ここでは省略した。
 

2――インスパイア・プログラム:多様な団体が文化オリンピアードの主催者として参加できるしくみ

2――インスパイア・プログラム:多様な団体が文化オリンピアードの主催者として参加できるしくみ

インスパイア・マークはインスパイア・プログラムに認証されたプロジェクトに使用が認められたマークである。このプログラムは、ボランティアや教育プログラムとともに、英国全土において、ロンドン2012大会により多くの人々に参画を促すための枠組みであった。当初は文化団体の幅広い参加を促す仕組みとして検討されたが、IOCがそれを認可した後、分野が広げられ、スポーツ、文化、教育、持続可能性、ボランティア、ビジネスチャンスの6分野の非営利活動が対象となった。インスパイア・プログラムは、オリンピック・パラリンピック競技大会の歴史上初めて実施されたもので、英国全土の誰もが文化イベントの観客や参加者としてではなく、ロンドン2012大会に認証された事業やイベントの「主催者」になることを可能にしたという点が画期的なポイントだろう。

つまり、より主体的な形でロンドン2012大会への参画の枠組みを提供したのがこのプログラムで、その主催者に使用が認められたのがインスパイア・マークなのである。インスパイア・プログラムの募集パンフ6には、「(全国の)コミュニティがロンドン2012大会の一部になることができます」「ロンドン2012大会にインスパイアされた新鮮で力強い、普段とはまったく異なるプロジェクトやイベントを期待しています」「ロンドン2012大会は、ロンドン以上のものであり、スポーツ以上のものでもあります」「ロンドン2012大会に参加することは、一生に一度きりのチャンスです。私たちは、皆さんと一緒に英国全土に変化をもたらしたいのです」というメッセージが並ぶ。
 
1インスパイア・プログラムの要件と認証の手順
インスパイア・プログラムの対象は非営利の団体が実施する事業で、その要件は次のとおりである。
  • 真にロンドン2012大会によって触発され、立ち上げられたもの
  • 計画性が高く、運営や管理が行き届き、運営資金が十分に確保されたもの
  • (多くの人々の)参加やアクセスが可能なもの
  • 営利目的の支援や団体などと無関係のもの
そして、6分野ごとに図表2に整理したようなレガシーが期待されていた。
図表2 インスパイア・プログラムで期待されていた6分野ごとのレガシー
募集パンフには申請の手順が5つのステップに分けて示されている。それによれば、申請書を提出後、内容に不備がなければ4週間後に認証の可否が決定される。認証された場合は、ブランド(インスパイア・マーク)の使用許可書、登録用紙、事業開始の手順などが送られ、認証されなかった場合はその理由が伝えられる。その後、ブランド授与式(30分)に参加して、主要事項の説明や質疑応答が行われる。それからチラシなどの広報ツール類を作成し、「アテネ(Athena)」というオリンピック・マーケティングのエクストラネットを経由して承認を得るという手順だ。広報ツール類は通常2週間で承認されるが、ガイドラインに合致しない場合は、修正や再提出が必要である。

インスパイア・プログラムはロンドン2012組織委員会及びIOCの認証を得る必要があった。ただし、ロンドン2012文化オリンピアードの関係者によれば、募集を開始した当初は、IOCも1件ずつ確認していたそうだが、次第にロンドン2012組織委員会の認証結果を信頼してもらえるようになったということであった。
 
 
6 LOCOG, Inspire, March 2009
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