2017年07月05日

ますます巨大化する米国の大手医療保険会社-国民に医療保障を届ける唯一無二の存在へ-オバマケアの帰趨に左右されない強さ

松岡 博司

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2|エクスチェンジの開設状況
オバマケアでは第一義的には全ての州がエクスチェンジを設定すべきこととされたが、エクスチェンジの開設を拒否する州も多かった。州が独自のエクスチェンジを開設しない州については、代わって連邦政府が連邦エクスチェンジ“Healthcare.gov”を開設し、運営している。

2017年の各州のエクスチェンジの状況分布は図1の地図の通りである。

独自のエクスチェンジ運営を行っている州は12州ある。これら12州は、州独自のエクスチェンジプラットフォームを作り活用している。その他の州は大なり小なり連邦エクスチェンジのプラットフォームに運営を頼っている。

5つの州(アーカンソー、ケンタッキー、ネバダ、ニューメキシコ、オレゴン)は州独自のエクスチェンジを運営するとしているが、2017年時点では連邦エクスチェンジのプラットフォームを活用している。6つの州は連邦とパートナーシップを結んで、連邦エクスチェンジのプラットフォームを自州の事情に応じて微修正し活用している。

その他の28州は連邦エクスチェンジがエクスチェンジの運営を担っている。
図1 エクスチェンジの開設状況(2017)
3|エクスチェンジに参加する保険会社は少数で寡占状況
当初の目論見では、エクスチェンジに多くの医療保険会社が多様な商品を数多く出品し、顧客の選択に応える競争を展開して、消費者がより良く低廉な商品を選択できることになるはずであった。

しかし実際に各州のエクスチェンジに商品を提供している医療保険会社の数は極めて少ない。しかもシェアの大きい上位社がほとんどの販売実績をとってしまう状況となっている。

図2の地図は2017年の各州のエクスチェンジにおける商品提供保険会社数の状況である。4社以上の保険会社が商品提供を行っている濃く塗られた州はさほど多くない。提供保険会社が1社しかない州も5つ見られる。
図2 エクスチェンジにおける商品提供保険会社の数(2017年)
この結果、公的な医療保険の比較サイトであるエクスチェンジで寡占状況が生じ、競争による価格引き下げ、商品・サービスの開発競争が行われることは期待しづらい状況となっている。

2016年9月にGAO(米国会計検査院)が2014年時点の状況を分析して発表した報告書の中でも、商品提供会社数が3社以下の州が相当多数に及んだこと、上位3社だけで80%以上のシェアを占める州がほとんどであったことが記載されている。
4|エクスチェンジ事業で損失が発生
オバマケアにより、医療保険会社が既往症のある申込者の保険加入を拒否できなくなったため、それまでは医療保険への加入ができなかった既往症のある人々や高齢の人々が医療保険に加入した。一方で先述の通り、健康状態に自信のある人、若年の人々の中には、いまだに保険料支払いの負担感の大きい医療保険に加入するよりも罰金を払う方が得策と医療保険への加入を渋る人々がいる。リスクの高い人々の加入が進み、リスクの低い人々は加入してこない。

その結果、各医療保険会社のエクスチェンジ事業では、保険金の支払い額が想定を上回り、収益がマイナスとなった。中には、医療をすぐに必要とする人が保険に加入してきて治療が終わり保険金を受け取りしだい保険を解約してしまうという例すらあったという。

グラフ5の各年左端の棒グラフは、医療保険会社のエクスチェンジ事業を含む民間医療保険事業全体の収益状況を表すものである。2014年に始めて約4,700万ドルのマイナスとなり、2015年には約20.6億ドルのマイナスへと損失額が拡大しており、損益状況が悪化してきていることが分かる。
グラフ5 ビジネスライン別引き受け利益・損失
リスクに応じて条件を設定し保険を引受けること(危険選択)は保険会社経営の基本である。一般の人向けの公的な医療保険がない米国において、公的な色彩の強い保障を提供するという役割を唯一のプレーヤーとして引き受けた医療保険会社が、この基本を放棄することを求められることは、ある意味当然の帰結であったとは言えるが、やはり困難な試練であることは否定しようがない。

こうした状況に陥ることを予測していた医療保険会社や州の保険監督当局は、オバマケア検討段階から何度も、そのリスクの大きさを訴えていたが、方針が覆ることはなかった。

2017年1月5日には、合衆国保健福祉省の企画評価局が、2014年末現在で1億3,300万人に及ぶ64歳以下の人々が既往症を持っていたとの調査結果6を発表した。この人数は当該年齢層人口の51%にあたる。こうした既往症を持っていた人々のうち1年を通して無保険者であった人の割合は、2010年には13.8%であったが、オバマケアが本格実施された2014年には10.8%に減少した。しかし、2014年末時点でも、いまだ1,000万人を超える既往症を持つ無保険者が存在する。

医療保険会社は、エクスチェンジ事業の見直しを行わざるを得なくなった。
 
6 Department of Health and Human Services, Office of the Assistant Secretary for Planning and Evaluation, ASPE ISSUE BRIEF「Health Insurance Coverage for Americans with Pre-Existing Conditions:The Impact of the Affordable Care Act」January 5, 2017 https://aspe.hhs.gov/sites/default/files/pdf/255396/Pre-ExistingConditions.pdf
5|エクスチェンジ事業からの撤退
エクスチェンジ事業で損失が発生し、しかも将来に向けての改善も考えられないという状況に嫌気がさしたいくつかの医療保険会社はエクスチェンジ事業からの撤退を選択した。オバマケアでは、医療保険会社はエクスチェンジへの出品を義務づけられていたわけではない。

2016年4月には、最大手ユナイテッドヘルスが他社に先駆けてエクスチェンジ事業からの撤退を表明した。同社は34の州のエクスチェンジで保険を販売していたが、2017年にはほんの一部の州で販売するだけとなった。同社CEOは「持続可能に見えない市場に資金をつぎ込むわけにはいかない」と述べた。

グラフ6はユナイテッドヘルスの撤退表明時にその影響を確認するために作られたグラフである。他の条件が2016年のままであるとすると、ユナイテッドヘルスの撤退前はエクスチェンジにおいて3社以上の商品から加入商品を選べた郡が全体の64%あったのに対して、同社の撤退が実施された後には、この数値が48%に下がってしまう。代わって、たった1社の商品にしかエクスチェンジで加入することができない郡が7%から24%に増える。

同じことを利用者数で見てみると、1社の商品にしかエクスチェンジで加入することができない利用者の割合が撤退前の2%から撤退後は11%に急増してしまう。

最大手会社であるために撤退の影響は大きかった。
グラフ6 ユナイテッドヘルス撤退の影響:エクスチェンジ商品提供会社数の変化(2016年状況を前提に)
ユナイテッドヘルスが先陣を切った撤退の動きは他社にも波及した。2016年8月にはエトナも15州のうち11州から撤退すると発表した。エトナは年3億ドルの赤字が発生したと述べた。

表4はそうした撤退の動きをまとめたものである。これによれば、連邦エクスチェンジを使っている州だけの単純合計で、2016年には商品提供社数が累計232社あったものが2017年には累計167社へと68社減少することになっている。2017年に新たに商品を提供し始めた参入社が15社ある一方で、撤退社の累計が83社に及んでいる。撤退社の出現により1社しか商品提供保険会社がなくなってしまう州が出ている。
表4  2016年から2017年にかけてのエクスチェンジへの商品提供保険会社数の動向
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松岡 博司

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