2017年06月12日

欧州経済見通し-回復続くユーロ圏。ECBは慎重に緩和縮小を模索/EU離脱に揺れる総選挙後の英国-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( 金融政策:デフレ・リスク回避措置修正に着手。6月は利下げバイアスを解除 )
ECBは、17年3月以降、デフレ・リスク対応のための政策の一部を停止・縮小している。15年3月に開始した国債等の資産買入れは16年3月から17年3月までの月800億ユーロの買入れの後、開始時の600億ユーロに減額されている。14年9月から3カ月毎に行なってきた最長4年のターゲット型資金供給(TLTRO、16年3月からはTLTROⅡにバーションアップ)は、17年3月で終了した。

6月8日の理事会では、新たな政策決定はなかったものの、実質GDP見通しを上方修正し(図表13)、政策金利の先行きを示すフォワード・ガイダンスと景気のリスク・バランスの判断を変更した。フォワード・ガイダンスは、「資産買い入れの期限を超える長期にわたり現在の水準に留まる」として「より低い水準」を削除し、利下げバイアスを解除した。景気のリスク・バランスは、4月の段階では「より中立に近づきつつあるが、なお下方」としていたが、「広くバランスしている」として中立に改めた。

しかし、「持続的な物価安定目標への回帰を確実にするためには、著しく緩和的な金融緩和が必要」という基本スタンスは変えず、緩和の解除を急がない方針も示した。ECBの資産買入れの期限は「17年12月末」ないし「物価目標に整合的な軌道への調整が進展したと確認するまで」である。スタッフ経済見通しは、原油価格を主な理由としながらも、前回3月から下方修正されており、早期収束を示唆するものではない(図表13)。ドラギ総裁は記者会見で、18年入り後の資産買入れ方針について6月の理事会では「議論していない」とした。

6月修正後のフォワード・ガイダンスでも、出口戦略の順序は米連邦準備制度理事会(FRB)と同じく「資産買入れの停止が先、利上げが後」という方針は維持された。ただ、どのような順序が望ましいかは、政策理事会の中でも見解が割れている。ECBの政策金利は市場介入金利を中心に預金金利、貸出金利の3種類でコリドーを形成している。14年6月に始まったデフレ・リスク回避のための追加緩和では市場介入金利がゼロ、中銀預金金利がマイナス0.4%まで引き下げられている(図表14)ことが、FRBと異なる順序も考えられる理由である。
図表13 ECB/ユーロシステムスタッフ経済見通し/図表14 ユーロ参加国の10年国債利回り
中銀預金金利のマイナス化は商業銀行の投融資を促すため、所定の準備金を超える中銀預金にペナルティーを課す政策だ。世界金融危機をきっかけに広がった圏内の銀行市場の分断を解消する狙いがあった。

しかし、現時点でも、南欧を中心とする急激な信用悪化に見舞われた国々の銀行は不良債権比率がなお高く(図表15)、クロスボーダーな資金調達に制約がある。TLTROなどの資金供給に依存する割合が高いため、市場介入金利を引き上げれば、調達コストに影響する。だが、マイナス金利の悪影響は、中銀預金への依存度が低いため受け難い。

他方、市場調達が可能な国々で、特に国内の銀行市場が過当競争のドイツではマイナス金利への反発が強い。商業銀行が中銀預金金利のマイナス化による負担を、預金に対する金利のマイナス化や手数料の徴収で顧客に転化することは難しく、収益にマイナスに働き易いからだ。
図表15 信用悪化国(*)の不良債権比率/図表16 10年国債利回り
( 金融政策の見通し:資産買入れは 18年にテーパリング~停止。利上げは19年以降 )
ECBの金融政策が、今後、緩和強化よりも緩和縮小に向かうことは間違いない。経済・物価の持ち直しに加えて、ECBの政策が副作用を伴う領域に踏み込んでいることも、修正が予想される理由だ。

だが、緩和縮小の効果は、国と銀行の信用力によって異なり、圏内の格差を増幅しやすいため、ECBは一層の緩和縮小に極めて慎重なアプローチを採るだろう。4月理事会の議事要旨からは、政策理事会が、リスク・バランスの表現やフォワード・ガイダンスの文言などのコミュニケーションの変化に、市場が過敏に反応するリスクを警戒していることがわかる。利下げバイアスの解除とリスク・バランスの中立化という6月理事会の微修正は国債利回りやユーロ相場の基調を変えることなく消化された。しかし、金融緩和縮小の影響を受け易い国ほど、景気回復の基盤は脆弱であり、市場の過敏な反応で腰折れるリスクがある。足もとは9月総選挙の観測が強まるイタリアが、政治・政策の先行き不透明感が嫌われ、対ドイツ・スプレッドが開いていることもその表れだ(図表16)。

今回の予測では、ECBは、出口戦略を急がず、かつ、市場の意表を突く出口戦略の順序の変更は回避すると考えた。資産買入れ規模は段階的に縮小し、18年内には停止する見込みである。償還期限を迎える国債の再投資は継続し、残高は維持するだろう。利上げは19年入り後に開始、預金金利に先行して着手した後、19年終わり頃に現在ゼロの市場介入金利の引き上げに動くと想定した。しかし、預金金利の引き上げと資産買入れ停止のタイミングは前後する可能性はあると考えている。
( 見通しのリスク:圏内の政治リスクは緩和、圏外の景気や市場環境急変リスクは残る )
見通しのリスクは、圏内と圏外にあり、圏内では主に政治、圏外では景気やグローバルな市場環境の急変がリスクである。

うち、圏内の政治リスクは5月のフランスの大統領選挙が中道のマクロン大統領の誕生で終ったことで大きな山を超えた。マクロン大統領が「新EU」を掲げて勝利するだけでなく、国民戦線のルペン候補の決選投票の主な敗因がユーロ離脱を巡る発言の迷走にあったことも、EUとユーロの支援材料となる。マクロン大統領率いる共和国前進は議会選で圧勝する見通しであり、公約に掲げた成長と雇用のための政策と財政再建の両立、そしてドイツと共同歩調をとる形でのユーロ制度改革に強力な信認を取り付けた形となった。

17年9月24日にはドイツの連邦議会選挙が予定されている。イタリアも新選挙法が早期に成立すれば(注3)、ほぼ同時期に上下両院の選挙を実施する可能性がある。

ドイツでは「独り勝ち」と称される経済・雇用の好調が続いており、メルケル首相4選の可能性はやはり高い。中道左派の社会民主党(SPD)の支持率が、今年1月末のマルティン・シュルツ前欧州議会議長の党首就任をきっかけに急上昇し、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と並ぶ状態が続いたが、ここにきて両党の差が再び開きつつある(図表17-上)。CDUは、3月のザールラント州、5月のシュレスウィヒ・ホルシュタイン州、ノルトライン・ウェストファーレン州と今年予定されていた3つの地方選で全勝を収めた。

イタリアの政治リスクはやや過剰に意識されている。確かに、ポピュリスト政党「五つ星運動」が、与党・民主党と支持率第一位の座を競いあっているが(図表17-下)、総選挙の結果が、イタリアの財政の破綻やイタリア発の金融危機、ユーロ崩壊に発展することはない。最大の理由は、五つ星運動の支持率は30%程度で足踏みしており、単独政権を築けるほどの支持の広がりは困難と見られることだ。インターネットで公約を募るために政策の方針はあいまいで、五つ星運動の市長が誕生したローマ市政の混乱が象徴するように、政治経験の乏しさが政策実行を妨げるおそれがある。このことが現状に強い不満を抱く有権者を超える支持の広がりを阻む。獲得議席が3割程度に留まる場合、既存の政党との連立や協力が不可欠になるが、その可能性を否定している。仮に、他党との連立や協力を模索すれば、過激な公約を実行に移し難くなる(注4)。イタリアの政策が選挙後に大きく転換することは考え難い。
図表17 ドイツ、イタリアの最新政党支持率/図表18 失業率
そもそも、世界同時株安に始まり、英国のEU離脱に続く、米国第一主義を掲げるトランプ大統領の誕生で、既存の政治を批判するムードが一気に高まった16年とは流れが変わっている。不況が長引いたイタリアでも、ここにきて景気の回復と失業率の低下傾向(図表18)が観察されるようになり、与党に追い風が吹くようになった。フランスの大統領選挙は、ユーロ離脱という公約を実行に移す困難さを証明した。EU離脱を選んだ英国や、米国のトランプ政権の混乱は、EUの遠心力となるよりは、むしろEUの結束を強める方向に働いている。

この先、景気回復の勢いを削ぐ要因としては圏内よりも圏外リスクに注意が必要だ。米国のトランプ政権の政策を巡る不確実性は続いている。FRBの出口戦略はグローバルなマネーの動きを変えるだけにユーロ圏への影響は大きい。中国の構造調整と軟着陸の行方も世界経済の基調を決める要因だ。

6月19日の開始が予定される英国のEU離脱交渉は、ユーロ圏経済に直接影響するが、英国とユーロ圏の規模の差から考えれば、ユーロ圏の失速や混乱の原因となることは考え難い。

(注3)新選挙法について主要4党の合意が近いとされていたが、6月8日に一旦白紙となった。

(注4)仏大統領選挙でのルペン候補のユーロ離脱に関する公約の迷走の一因も右派政党「立ち上がれフランス」との連携を模索したことに一因があった。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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