2017年05月30日

働き方改革の落とし穴~労働時間の一律削減は賃金の低迷を招く恐れ

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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3労働時間減少の要因
このところパートタイム労働者の労働時間の減少ペースが加速している。この理由としては、(1)相対的に労働時間の短い高齢者層の増加、(2)パートタイム労働者の中でも特に労働時間が短い飲食サービス業、教育・学習支援業などの労働者の増加、(3)労働時間、収入を増やすことで「配偶者控除」が受けられなくなる(いわゆる103万円の壁)などといった税・社会保障制度上の問題、など様々なものが考えられる。

なお、2017年2月から働き方改革の一環として、プレミアムフライデーが実施されているが、一般労働者の所定外労働時間は2月、3月と増加している。現時点では、働き方改革がパートタイム労働者の労働時間減少をもたらしているわけではなさそうだ。

パートタイム労働者の労働時間減少要因のうち、(1)については、男女ともに60歳以上になると非正規雇用比率が高まるが、特に男性は60歳未満の10%台から60歳以上で50%以上へと急上昇する(図6)。高齢化の進展とともに非正規雇用に占める高齢者(60歳以上)の割合も2000年代前半の15%程度から足もとでは25%強まで上昇している(図7)。特に、団塊の世代が60歳を迎えた2007年以降は、嘱託などの非正規雇用の形で60歳以降も働く労働者が増えたため、上昇ペースが加速している。高齢者の労働時間は相対的に短いため、この比率が高まるとパートタイム労働者の労働時間の減少につながる。
図6 年齢階級別・非正規雇用比率(2016年)/図7 非正規雇用に占める高齢者の割合
また、いわゆる「103万円の壁」については、配偶者の所得の大きさに応じて控除を段階的に減少させる配偶者特別控除の導入により、配偶者の収入が103万円を超えても世帯の手取りが逆転しない仕組みとなっており、税制上の103万円の壁は解消している。しかし、「103万円」が配偶者手当の支給基準となっている企業が少なくないこともあり、配偶者控除は心理的な壁として根強く残っている。

さらに、2016年10月から、週30時間以上働く人に加え、従業員501人以上の会社で週20時間以上働く人にも厚生年金保険・健康保険(社会保険)の加入対象が広がったが、パートタイム労働者の一部が新たに保険料を支払うことを回避するために、就業時間を抑制している可能性もあるだろう。
 

3――「働き方改革」と労働時間

3――「働き方改革」と労働時間

1就業時間増加希望が多い非正規労働者
時間当たり賃金はパートタイム労働者を中心とした非正規労働者の賃金上昇圧力を見るうえでは適切な指標だが、労働市場全体の賃金動向を判断する上では時間当たり賃金に労働時間を掛け合わせた賃金総額の動きを合わせてみる必要がある。

時給の増加を賃金総額の増加につなげるためには、労働時間の減少に歯止めをかけることも必要だ。「働き方改革」で長時間労働の是正が大きな課題となる中で、労働時間を延ばすことは時代に逆行する動きと思われるかもしれない。しかし、長時間労働で問題となっているのは、一部の産業、企業でフルタイム労働者を中心に健康を害するような残業をしていること、残業代が支払われないサービス残業が横行していることなどだ。働き方改革実現会議が2017年3月にまとめた「働き方改革実行計画」においても、長時間労働で問題とされているのは、この20年間労働時間がほぼ横ばいで推移しているフルタイム労働者である。
図8 非正規労働者は就業時間増加希望が多い 高齢化に伴う労働時間減少に歯止めをかけることは難しいが、パートタイム労働者などの非正規労働者の中には就業時間の増加を希望する者も少なくない。総務省統計局の「労働力調査(詳細集計)」によれば、就業時間の増加を希望する者は、正規労働者では全体の3%にすぎず、就業時間の減少希望者の17%を大きく下回っているが、非正規労働者では増加希望者が13%と減少希望者の7%を上回っている(いずれも2016年の数値)(図8)。

2017年度税制改正では、所得控除額38万円の対象となる配偶者の給与収入の上限が150万円まで引き上げられることが決まった。これによりパートタイム労働者の労働時間が一定程度増える可能性もあるが、社会保険の「130万円の壁」など就業調整の誘因となる制度的な壁は依然として残っている。共働き世帯の増加や女性、高齢者の労働参加拡大といった社会的背景を踏まえて、働き方に中立的な制度改革をさらに進めていくことが求められる。
追加就業を望むパートタイム労働者の労働時間を増やすことは、深刻化する人手不足の緩和に一定の役割を果たすことも期待できる。企業の人手不足感がバブル期並みの水準にまで高まっている一因は、雇用者数が順調に伸びている一方で、労働時間が大幅に減少しているため、雇用者数に一人当たりの労働時間を掛け合わせた労働投入量があまり増えていないことだ。雇用者数の伸びは1990年以降の景気回復局面で最も高いが、一人当たり労働時間が大幅に減少しているため、労働投入量の増加ペースは1990年以降で2番目に低い(図9、図10)。
図9 景気回復期の雇用者数の推移/図10 労働時間の減少が労働投入量を抑制
労働時間の減少に歯止めをかけることができれば、労働投入量の増加を通じて人手不足の緩和につながるとともに、労働需給の引き締まりを反映したパートタイム労働者の時給の上昇が労働者全体の平均賃金の上昇につながりやすくなるだろう。
2メリハリをつけた長時間労働の是正が重要
「働き方改革」における長期時間労働の是正を考える上では、労働者の賃金が労働時間に連動して決まる部分とそうでない部分に分かれていることを踏まえておく必要がある。
図11 労働時間連動型給与の割合が高まっている パートタイム労働者の現金給与総額、一般労働者の所定外給与を労働時間連動型給与として、労働者の賃金総額(一人当たり現金給与総額×常用労働者数)に占める割合を計算すると、労働時間連動型給与の割合は1990年代前半には10%に満たなかったが、足もとでは15%程度まで高まっている(図11)。パートタイム労働者の賃金水準は一般労働者よりも低いが、パートタイム労働者比率が1990年代前半の15%程度から30%程度まで上昇しているため、パートタイム労働者の賃金総額が労働者全体の賃金総額に占める割合は、1990年代前半の5%未満から10%程度まで高まっている。また、一般労働者の所定内給与は労働時間に連動しないが、特別給与(ボーナス)が長期的に減少している結果として労働時間に連動する所定外給与の割合は上昇傾向にある。労働時間連動型給与の割合が高まっていることは、労働時間の変動が労働者の賃金総額に与える影響が従来よりも大きくなっていることを意味する。
働き方改革を成功させるためには、労働生産性の向上が不可欠だが、賃金変動に直結する労働時間を削減すれば、家計所得の減少を通じて経済が低迷し、結果的に労働生産性の低下を招く恐れがある。

長時間労働の是正に関しては、メリハリをつけた取り組みが求められる。具体的には、成果や賃金が労働時間に連動しやすいパートタイム労働者と労働時間に連動する部分が少ないフルタイム労働者とは区別して考える必要がある。フルタイム労働者(一般労働者)については、サービス残業の根絶や有給休暇の取得推進、無駄な業務の削減などによって所定内労働時間を削減することに重点を置くべきだ。一方、パートタイム労働者については、労働時間の削減よりも、育児・介護や税・社会保障制度上の問題など就業を阻害する要因を取り除くことによって、追加就業を希望する者の労働時間を延ばすような方策を採ることを優先すべきだろう。
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

(2017年05月30日「基礎研レポート」)

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