コラム
2017年05月29日

議員への交通費支給の何が悪い-ふるさと納税寄附者からの上峰町に対する苦情について

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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昨年末、あるニュースが筆者の目にとまった。ニュースの内容はとある町の議会に提出された議案に対し、ふるさと納税の寄附者から苦情が相次いでいるといったものだった。その町は、ふるさと納税受入金額上位10自治体の一つ、佐賀県上峰町である。条例改正案の内容はというと、町の財政改善を理由に議員への費用弁償支給を再開させるものであった。苦情が相次いだ結果、条例改正案は撤回に追い込まれたらしい1。この経緯を知り、筆者は上峰町や議員に深く同情している。
 
1 平成28年12月16日 佐賀新聞 朝刊 及び 平成28年12月17日 佐賀新聞 朝刊参照

費用弁償とは

地方自治法第二百三条第二項に「普通地方公共団体の議会の議員は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる」と定められている。つまり、費用弁償を受けることは議員の権利である。問題を複雑にしているのは、同条第4項だと筆者は考える。「報酬及び費用弁償の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない」と定められている。このため、支給方法が地方公共団体ごとに異なる(図表1)。
図表1:議会議員の会議、委員会等出席に対する費用弁償額に関する条例の相違
川崎市議会は、費用弁償と交通費が完全に一致している(完全実費支給型)。対して、横浜市議会と東京都議会は費用弁償と交通費は一致しない。横浜市議会の支給額は、土地勘があれば横浜市役所(議場)との距離に応じて高くなることが分かる。あえて金額の適切性については言及しないが、横浜市議会の場合は、費用弁償支給は交通費支給の意味合いが強そうだ。しかし、昨年度までの東京都議会の場合、最低額10,000円が居住エリアによる差2,000円(12,000円-10,000円)の5倍に及ぶ。土地勘の有無に関係なく、交通費支給以外の要素も含んでいると考える人が大多数を占めるのではないだろうか。

このように、費用弁償支給基準がまちまちなのだ。その他の報酬等が適切であることが前提だが、費用弁償を受けることは議員の権利である以上、完全実費支給型の費用弁償支給なら否定する理由はない。問題となるのは、費用弁償支給基準が不適切な場合(及び前提条件が崩れる場合)ではないだろうか。
 
 
2 支給条例に関する必要な事項を定める「川崎市議会議員の費用弁償に関する要領」には、交通機関は鉄道及び路線バスと定められている。
3 平成29年3月31日時点(4月1日以降実質実費支給に変更)。

上峰町の費用弁償基準

では、上峰町の費用弁償支給基準はどのようなものだろうか。そして、どのような費用弁償支給基準を定めた議案が提出されたのだろうか。
図表2:上峰町の条例および関連する報道
図表2の二つの情報から、議案内容は、費用弁償額を1,000円から2,000円への増額であったと読み取れる。次に、条例と新聞報道との間の矛盾に気がつく。条例では、1,000円の支給を定めているのに、新聞報道では07年から支給を中止したことになっている。この矛盾を読み解くカギは、費用弁償の支給要件「議会広報編集委員会に出席したとき」にある。つまり、図表1の3つの議会同様に、議会広報編集委員会に限らず、今後は会議や委員会等に出席したときも支給する提案であったと推測できる。
 
金額の適切性については後段に回し、先に費用弁償の支給要件に会議や委員会の内容が含まれることについて考える。通常、委員会や会議の内容に問わず、一回あたりの交通費は変わらない。会議や委員会の内容によって交通費支給の有無が異なる方が不自然だ。ふるさと納税に起因するとはいえ、財政が改善したのだから、議員の職務遂行の為、会議や委員会に出席するのに必要な交通費を支給するのは当然ではないだろうか。

支給額の適切性検証

上峰町は南北に細長い。東西にJR九州長崎本線が走っているが、駅は無い。バスも同じく東西に走る西鉄バス(2路線、計7停留所)のみであった。平成12年からは、地域住民の交通手段の確保等を目的する通学福祉バス「のらんかい」が運行している。しかし、「のらんかい」は2路線のみで、それぞれ1日7便に限られる4。一時間に何本も電車が走る都会とは異なり、必要な時間帯に交通機関を利用できる環境にはない。川崎市議会のように交通機関の運賃相当額とすると、実態からかけ離れる可能性が高い。

現実的な交通手段は自家用車等であろうが、ここではタクシー(普通車、以下同様)利用を前提に金額の適切性を検証する。佐賀県バス・タクシー協会のHPによると、タクシーの初乗り運賃は640円(1.5kmまで)。従来の1,000円では、初乗り区間ですら往復できない。加算運賃は313mまでごとに80円なので、往復2,000円に収まる距離は、およそ2.8km。上峰町役場から町の最南西エリアとの直線距離と同程度である。そして、「のらんかい」の41停留所の内、40停留所は、上峰町役場を中心とするおよそ半径4kmの範囲に収まる。

これらを踏まえると、日額2,000円が過大とは言えないのではないだろうか。もちろん、上峰町役場まで徒歩圏内に居住する議員に対しても支給することに違和感が残る。ただ、報道等を鵜呑みにして町に対して苦情を言う前に、自分達が今住んでいて、ふるさと納税寄附額の何倍もの住民税を支払っている自分達の議会が完全実費支給型かどうかを確認した方が良いのではないか。
 
4 土曜日は便数が限られ、日曜・祝日は運休

上峰町の新たな取り組み

一方、上峰町議員に同情できない部分もある。手続きや優先順序に手落ちがあったのではないかということだ。町の交通の利便性が悪いのであれば、まずは町民のために、交通の利便性を改善することが先だったのではないか。

実は、条例改正案と平行して、上峰町では、交通の利便性改善が検討されており、今年2月に「上峰町地域公共交通網形成計画(案)」が公表された。その中で、福祉バスの多様なニーズへの対応を図るべく、通学福祉バスの利便性向上、予約型乗合タクシーの導入が掲げられている。なお、平成27年に上記計画策定に伴う調査などを行う委託業者選定に当たり、企画・提案を広く募集していた。議員の立場なら、交通の利便性改善が計画されていることを知らないはずもない。予約型乗合タクシーの料金体系はまだ分からないが、通常のタクシーよりは安価なはずだ。そして、完全実費支給型の費用弁償基準を設けることも可能だ。

通学福祉バスの利便性向上、予約型乗合タクシーの運営費用にふるさと納税が活用されるなら、寄附者から苦情がでることもなかったのではないだろうか。
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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2017年05月29日「研究員の眼」)

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