2017年05月17日

求められる20~40代の経済基盤の安定化-経済格差と家族形成格差の固定化を防ぎ、消費活性化を促す

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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3――就職氷河期・デフレ世代の雇用情勢から見た意義~経済格差と家族形成格差の是正

1非正規雇用者の増加~「世代内」・「世代間」における経済格差
ここからは雇用情勢から見た20~40代の経済基盤強化の意義を述べたい。長らく続く景気低迷により、年齢が若いほど賃金水準の低い非正規雇用者が増えている。非正規雇用者の増加は「世代間」の経済格差を生み、雇用形態による年収差は「世代内」の経済格差を生む。

改めて最新値にて、年代別の非正規雇用者率と雇用形態別の平均年収を見ると、雇用形態による年収のひらきは特に男性で大きく、40代後半では正規雇用者の年収は非正規雇用者の2倍を超える(図表3)。また、非正規雇用者率は年齢とともに低下するが、以前に指摘した通り1、景気低迷が続く中では生まれ年が若いほど同じ年齢でも非正規雇用者率は高くなる(労働市場における負の世代効果)。よって、雇用形態による年収差が二倍にひらく40代後半の非正規雇用者率は、現在は7.5%で少数派だが、現在の25~29歳が40代後半に成長した時は、この値を上回る可能性がある。

女性でも年収は男性と同様だが、非正規雇用者率は、新卒時から非正規雇用者として働く者と出産・子育てで離職後に非正規雇用者として再就職した者が混在していることを考慮すべきである。
図表3 雇用形態別に見た平均年収と雇用者に占める非正規雇用者の割合(2016年)
2正規雇用者賃金カーブの変化~10年前より30~40代の伸びが鈍化、40歳前後で▲約700万円
一方で正規雇用者の状況も厳しくなっている。景気低迷とともにピーク時の年収は減少している。また、ここ10年間の変化としては、30~40代の年収が伸びなくなっていることがある(図表4)。

大学・大学院卒の正規雇用者の状況を見ると、男性ではピーク時の年収が2006年は55~59歳の870.2万円、2016年では50~54歳の878.7万円で、年齢は前倒しになっているものの年収は若干増えている(図表4)。しかし、30~40代では賃金カーブの傾きが小さくなり、10年前ほど年収が伸びなくなっている。

賃金カーブが鈍化した40歳前後の10年間の累積年収の差(図表4の灰色部分)を見ると、男性はおおよそ▲680万円、女性は▲840万円となる。30~40代の家族形成期に約700万円(夫婦とすれば約1500万円)も収入が減ることは消費抑制の原因ともなり、消費市場全体にも影響を与えかねない。

また、消費が抑制されるだけでなく、そもそも家族形成を躊躇する者もいるだろう。男性の年収と既婚率は比例している1。年収300万円を超えないと既婚率は上昇しにくいが、非正規雇用者では年収300万円を超えにくい。また、結婚したとしても、子を産み控える夫婦もいるだろう。国立社会保障人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」によると、夫婦の理想子ども数は平均2.32人だが、実際に持つつもりの予定子ども数は2.01人である。予定子ども数が理想子ども数を下回る理由の首位には「子育てや教育にお金がかかりすぎる」(56.3%)という経済的なものがあがる。特に、妻の年齢が35歳未満の若い層では選択割合が8割程度を占めて高くなっている。

なお、この10年間で30~40代の賃金カーブが鈍化した背景には、高年齢者雇用安定法による雇用期間の延長で企業の人件費負担が増した影響もあるだろう。よって、生涯賃金では大きくは変わらないという見方もできるかもしれない。しかし、景気低迷による負担感や将来への不安感が大きな現在の30~40代では、自身が60代となった時に現在の60代と同様の待遇を受けられると想像できる者は少ないだろう。よって、30~40代の収入減少は、やはり消費抑制につながりやすいのではないか。
図表4 大学・大学院卒正規雇用者の賃金カーブの変化

4――個人消費から見た意義~家族形成期は消費が立ち上がり、活性化する時期

4――個人消費から見た意義~家族形成期は消費が立ち上がり、活性化する時期

次に、個人消費から見た20~40代の経済基盤強化の意義を述べる。少子高齢化の進行により、高齢世帯が増えている。よって、世帯数の割合を見ると、現在では60歳以上の世帯が過半数(51.0%)を占める(図表5a)。一方で60歳以上の消費額の割合は46.3%と、半数を下回る。

この世帯数と消費額の関係を見ると、30代では両者の割合は同等だが、40代では世帯数に対して消費額が増え、50代をピークに60代以降では消費額が減っていく(図表5b)。つまり、消費は、結婚や出産を迎える者も多い30代から立ち上がりはじめ、子育て期の40~50代で活性化する。

冒頭で、家族形成期は家や自動車の購入、教育費等の出費がかさむ時期で消費活性化の契機と述べた。その様子は、世帯数と消費額の関係からよく分かる。

よって、20~40代の経済基盤を安定化させ、希望する結婚や子育てを実現させることは、個人消費を底上げする大きな機会を作ることにつながる。逆に言うと、20~40代の経済基盤が不安定で、消費が立ち上がらないのであれば、日本の消費市場は縮小の一途をたどることになりかねない。

なお、4月12日の経済財政諮問会議にて、過去20年間で国民全体の消費支出が減少傾向にある中、特に20~40代の消費が力強さに欠ける状況が報告されている。背景には、就職氷河期世代であることやデフレしか知らない世代である影響も指摘され、今後の取り組みには、可処分所得の拡大や希望する結婚・子育ての実現、社会保障制度の持続性確保による将来不安の解消などが提言されている。
図表5 世帯主の年齢別に見た世帯数と消費額の状況(総世帯)

5――おわりに

5――おわりに

2014年4月の消費増税以降、個人消費は低迷が続く。大きな要因の一つには、賃金の上昇を上回って物価が上昇しているため、実質所得が増えていないことがある。一方で経済財政諮問会議での指摘のように、20~40代の消費性向が他年代と比べて低い状況もある。この背景には、年齢が若いほど賃金水準の低い非正規雇用者が多く、正規雇用者でもかつてほど収入が伸びないため、消費抑制意識が強いことがある。また、若年層の消費実態で述べたように3、現代の成熟した消費社会では、昔ほどお金を出さなくても質の高い消費生活を送ることができ、物質的欲求が低下している影響もある。

とはいえ、20~40代の家族形成期は消費が立ち上がり活性化する時期だ。この時期に消費が立ち上がらなければ日本の消費市場は膨らみにくい。消費社会の成熟化による影響はありながらも、希望する結婚や子育ての実現が進めば、自然に発生し持続的に拡大する消費もあるだろう。

また、共働き夫婦の増加により、個人の収入は上の世代より少なくても、世帯収入では比較的多い家庭もある。夫婦ともにフルタイムで働く「パワーカップル」は2016年に424万世帯で増加傾向にある4。消費拡大に向けては育児と仕事の両立支援を進め、パワーカップルを増やすという方向もある。ただし、子育て世帯では将来の経済不安から、とにかく手元にお金を置きたいという意識が強く、世帯収入が減る中で貯蓄を増やしている状況もある5。よって、増えた収入を有意義な消費に向かわせるためには、社会保障制度の持続性確保など将来不安の解消もあわせて進める必要がある。

中核世代の経済基盤の安定化は日本の将来を考える上で急務だ。現在、政策も大きく動いており、今後は一定の改善が望めるだろう。一億総活躍プランで示された10年間の工程表を確実に達成するとともに、過渡期では生活者の状況を適切に把握し、臨機応変に計画を修正できるような体制も必要だ。
 
3 久我尚子「若年層の消費実態(1)~」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2016/6~)
4 総務省「労働力調査」にて、夫婦ともに週35時間以上就業の世帯数。
5 久我尚子「共働き世帯の消費実態(1)」」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2017/3/15)
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2017年05月17日「基礎研レポート」)

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