2017年05月09日

消費税における軽減税率の効果-景気安定化の観点からの検討

日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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4――欧州におけるVAT税率変更の効果(実証分析)

4.1 モデル
ここでは2000年以降にEuro加盟国において実施された全ての税率引き上げを対象(21カ国、46ケース)について分析を行う(図表1)。推計はケインジアン型消費関数を基本に、税率変更による相対価格の変更に関する変数を加えている。
 
Cst=αs+βt+γyst+(VATst-Pst)+Dummy

VATstは各地域の税率変更期の税率変更幅、Cstは実質消費、は実質雇用者報酬、PstVATst調整後の消費者物価指数(HICP、食料品除き)、DummyはそれぞれのVAT引上げ時点を1とするダミー変数である。また、今回の推計では21カ国について、それぞれのVATst引上げ時を推計対象としていることから、αstは各地域の経済主体特有の効果、βtは時点特有の時間固定効果を示す。

軽減税率の効果を検証するために、VATの税率変更時と同時に軽減税率を変更する場合とVATの税率のみ変更した場合に分けて推計する。また、税率変更の効果を詳細に検討するため、推計区分を細分化している。具体的には、税率の引上げ幅を2%未満と2%以上に区分している。これは日本経済研究センター(2014)の提言について検証することを目的としている。また、2000年以降のVATの引上げは47事例あるものの、ギリシャの2016年6月の変更は推計期間が短いため本論では除外し46事例で推計している。
4.2データ
本稿ではEurostatのデータベースを用いている。Eurostatでは同一の基準で加盟国のデータを作成しており、比較検討には有用性が高いと考える。ただし、欧州諸国では消費財別のデータが利用不可のため、消費金額全体からの分析としている。また、Eurostatでは間接税の影響を考慮したHICP(生鮮食品除き)を作成している。ここでは実質金利などの計算や相対価格の変数としてこの指数を用いている。推計にあたっては、消費及び所得変数は対数変換している。推計期間は税率の引上げを0時点として前後8四半期、合計17四半期である。
4.3推計結果
推計結果は図表8の通りである。所得変数は、限界消費性向は概ね0.5前後となっている。

全サンプルでみると、税率の変更幅が2%未満の場合(推計式2)、VATの税率引上げがほとんど消費に影響していないことがわかる。ただし、2%以上の変更(推計式3)では税率の変更時にマイナス1.3%程度の消費が下落する様子がうかがえる。

軽減税率との関係では、軽減税率を同時に変更した場合(推計式4)、税率変更時の消費の落ち込みは有意でない。また、税率の変更幅で区分(推計式5、6)しても、税率変更時での消費への影響は統計的に有意に確認できない。しかしながら、軽減税率を同時に変更することにより、VAT変更の影響が軽減されている様子が確認されるVATの税率変更のみを実施した場合には、税率変更時点でのマイナスの所得効果が確認できる。この効果は、税率の変更幅が大きいほど、大きくなることが税率の変更幅と物価上昇率との関係を示すパラメターがマイナスで有意であることからも確認できる。

これらのことから、軽減税率の存在はVAT変更のマイナス効果を軽減する効果が確認できる。
図表8:推計結果

5――軽減税率未実施の国での異時点間の代替効果

5――軽減税率未実施の国での異時点間の代替効果

前節まででみたように、VATの税率変更は軽減税率の取り扱いにより効果は異なる可能性が示された。しかし、欧州では日本のような大規模な異時点間の代替効果は生じていないのであろうか。ここでは、軽減税率を導入していない地域での税率変更時の状況を確認する。
5.1 デンマーク
デンマークでは、 1992年1月にVATが25%に引き上げられて以来、24年間据え置かれている。しかも、Euro加盟国では唯一、軽減税率が導入されておらず2、25%の単一税率となっている。この背景には、(1)歳入への影響を回避する、(2)徴税を効率化する、(3)軽減税率の適用対象品目の区別が困難、(4)税の歪みを抑制する、という理由があるとされている。また、(5)軽減税率は財政負担が大きくなるため逆進性への配慮は社会保障給付によって行うことが効率的と考えられている(鎌倉(2008))。

デンマークの付加価値税率は1992年1月1日に22%から25%へ3%引き上げられた。当時の実質金利は1%を切る水準にあり、物価は1990年までは上昇率4%前後であったが、2%前後まで低下するなど、税率変更幅の方が大きい状況にあった。

1991年10-12月期には消費が駆け込み需要とみられる大幅な伸びを示した。タイムトレンドをもとに、当時の駆け込み需要の規模を推計すると消費金額(1991年)の2.2%(3.4bill. DKK)となり、当時のGDPを1%程度押し上げたとみられる。2014年の日本の駆け込み需要をやや上回る規模となっている(図表9)。

その後、1992年1-3月期には消費は再びマイナスの伸びとなり、その後も消費は低迷している様子がうかがえる。
図表9:デンマークにおける異時点間の代替効果
 
2 1975年9月に9.25%の軽減税率が導入されたが、翌1976年3月には廃止されている。
5.2 1979年のイギリスの例
イギリスでは1979年6月18日に7%の税率引き上げがされた。当時、イギリスでは軽減税率は導入されておらず、単一税率となっていた。また、1979年には所得税減税が同時に実施されている。

しかし、1979年4-6月期には異時点間の代替効果がかなり大規模な状況となって生じたとみられる。タイムトレンドを用いて、当時の駆け込み需要を推計すると、民間消費の6.7%を占め、当時のGDPを0.5%引き上げたとみられるなど、かなり大規模な駆け込み需要が生じたとみられる。翌7-9月期には反動減で大きく消費が減少している様子が確認できる(図表10)。

物価はVAT変更直前には10%前後であったが、それ以前は15~20%程度と高く、この点では物価上昇は低い状況にあった。なお、VAT引上げ後物価は大きく上昇している。

このように、イギリスにおいても金利、物価水準は税率変更幅より小幅もしくは落ち着いた動きであったことが確認できる。
図表10:イギリスにおける異時点間の代替効果
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日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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