2017年05月09日

消費税における軽減税率の効果-景気安定化の観点からの検討

日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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2――消費税増税における消費への影響

2.1 一般的な影響
消費税率引上げが消費税率引上げ後の個人消費に与える影響は、異時点間の代替効果と、価格上昇による実質所得の減少による効果(所得効果)に分けられる。ここでは特に、異時点間の代替効果に影響を与える要因について整理する。

単純な2期間の消費の効用でいえば、相対価格の変化が影響すると考えられる。つまり、税率の変更幅が大きいほど、異時点間での相対価格の変化が大きくなることから、駆け込み需要は大きくなる。この点では税率の変更幅の違いを考慮した分析が必要となる。

他方、税率変更前後の価格の変化を含め、税率変更がアナウンスされた段階で物価の上昇を見込んだ実質金利に影響を与えると考えられる。実質金利が低いほど借入コストが低くなることから駆け込み需要が大きくなるとみられる。この点で、アナウンス時点の金利水準と税率変更幅により消費者は駆け込み需要の適否を判断すると考える。

Cashin and Unayama(2011)では、消費財を備蓄可能の適否で区分して、備蓄不可能な非耐久消費財の駆け込み需要と反動減の効果について分析している。2014年の駆け込み需要が1997年を上回った要因として、2014年時には税率引き上げの明確なアナウンスがなされたことから、多くの家計が同時に消費水準を変更することにつながったと指摘している。

また、消費財の耐久性について考慮すれば消費財は、一般的には、自動車や家具などの耐久財消費財、調理用油、洗剤などの備蓄可能な非耐久消費財、生鮮食品など備蓄不可能な非耐久消費財及び、サービスに区分できる。経済財政白書(2015)では財ごとに区分して分析し、2014年の駆け込み需要の75%が耐久消費財、備蓄可能・不可能な非耐久財がそれぞれ12.5%とあったとしている 1
 
 
1 1989年の消費税導入時には、消費税導入と同時に物品税が廃止されたため、耐久性の高いものに対して駆け込み需要が生じにくかったことが全体の駆け込み需要を小さくしたと考えられる。
2.2 税率変更前後における価格転嫁の影響
先行研究によれば、欧州では価格転嫁の方法が異なることや税率変更幅に比較して価格転嫁が低いことから、異時点間の代替効果が小さいとされている。

五十嵐(2012)や森信(2014)では、欧州ではVATの増税が決まると、増税前から価格を徐々に改定しているとして指摘している。これは、企業は売れ筋商品の価格は高く引上げ、そうでないものは価格を据え置くなど、一律に価格を引き上げるのではなく、全体として売り上げとマージンを確保できるように家計に転嫁していくことがある。つまり、欧州ではVATはコストの一部として認識されており、増税時に一気に一律に価格転嫁していない。

日本総研(2013)や高野、他(2015)では、価格転嫁の違いが原因としている。物価統計をもとに税抜き指数と税込み指数のかい離でみれば、欧州の場合には、ドイツ、イギリス、スペインとも増税前から物価が上昇している。また、税率引き上げ後は税抜き価格が低下していることから企業が増税分を負担しているとの見方を示している。他方、日本の場合には駆け込み需要期にスーパーなどのセールにより、価格下落が確認できるとしている。

また、税率変更後については、日本銀行(2013)によれば非課税品目を調整した試算で2.0%(生鮮食品除き)の価格転嫁が可能と指摘されているが、日本の場合税抜き価格の指数増税前後でほとんど変化していないことから、増税による価格上昇の大半部分を消費者に価格転嫁していると指摘されている。

各国の価格転嫁の状況を研究したものでは、Carare and Danninger(2008)、ONS(2011)などがある。Carare and Danninger(2008)では、ドイツの2007年増税時の駆け込み需要期に耐久財の価格が上昇し、価格転嫁率の73%の内24%が増税前、49%が増税のあった2007年に転嫁されていたと指摘している。ONS(2011)では、イギリスにおける2010、2011年の2.5%の税率引き上げによる価格転嫁はそれぞれ0.4%、0.76%と指摘している。

このように、税率の変更による価格転嫁率が異時点間の代替効果に影響を与えているとしている。しかし、先行研究ではイギリス、ドイツなどの一部の主要国における物価動向の動きからの考察であり、定量的な結果は示されていない。また、イギリスの民間調査機関のCentre for Retail Researchの調査(2011)では、小売店の64%が税率変更の最初の月に税率変更のほとんどもしくはフルに価格転嫁する予定としている。したがって、税率変更前の価格転嫁については定量的な分析が必要といえる。
 

3――欧州におけるVATの変更の影響について

3――欧州におけるVATの変更の影響について

3.1 欧州のVAT
欧州ではVATを加盟国の共通税制と位置づけ、すべての加盟国に導入が義務付けられている。1995年1月以降に加盟した15か国が加盟と同時にVATを導入している。VATの運用についてはVAT指令(council directive 2006/112/EC on the common system of VAT)により定められ、直近の運用基準である「2006年VAT指令」ではVATの標準税率は15%以上と定められている。また、軽減税率の導入については加盟国に委ねられているが、下限が5%とされている。2017年4月時点ではデンマークを除き、軽減税率が導入されている。VATの税率変更では軽減税率の拡大を伴って実施される場合も多い。

VATの税率変更幅については、1968年のVAT導入以降、EU加盟国によるVATの標準税率(Standard rate)の引上げは2017年1月時点で107回実施されている(図表3)。引上げ幅の最小はフランス0.4%(2014年1月)であり、最大はイギリス7.0%(1979年6月)となっている。1%以下の変更は42回、2%は31回、3%10回となっており、それを超える引き上げは多くない。2%未満でみれば、46回とほぼ半分程度を占めている。また、税率の引上げでは、短期間で数次の引上げを行う場合には、1%ずつの段階的な引上げを実施している地域もみられる(チェコの2010年、2013年、イタリアの2011年、2013年、フィンランドの2010年、2013年)。

欧州におけるVAT変更による消費への影響に関する先行研究は消費者行動の点から論じるものが多く、消費者サーベイを用いた研究がみられる(Shapiro M. D., & Slemrod, J. (2009) など)。またVATの変更により消費が抑制される一方、貯蓄が増加するため、その効果から投資が増加し経済成長に影響を及ぼすとの点から、投資との関係に関する研究(Freebairn, J. (1991) ,Lewis, K., & Seidman, L. (1999) など)も数多くみられる。

VAT変更による消費水準への直接的な影響について、Alm and El-Ganainy(2012)は、EU加盟15カ国について、1961年から2005年の暦年データを用いてVAT変更の影響をパネル推計(Pool,GMMなど5推計法)により分析している。1%のVATの変更は短期的には概ね1%程度の消費減少につながると指摘している。

Andrikopoulos et al. (1993) は、ギリシャにおけるVAT変更の短期的な効果を検証している。消費の品目(13品目)について1958年から1986年の暦年データを基に分析し、VATの変更は品目間の価格及び需要構造を変化させ、各品目への消費の配分に影響を与えることを示している。
図表3:VAT税率引上げ幅の状況(VAT導入以降)
3.2 欧州におけるVAT変更前後の消費動向
具体的に、VAT変更前後の消費動向を確認する。SNA・四半期ベースの民間最終消費でみると、異時点間の代替効果は、2007年ドイツ、2013年イタリアで小幅な駆け込み需要とその後の反動減の動きがみられるが、多くの地域では確認できない。また、VAT税率引き上げ後の実質所得減少の効果による消費のレベルシフトについても明確に確認できない(図表4)。

詳細にみるために、月次ベースのデータを用いる。欧州では月次ベースで家計調査のような需要側統計データは作成されていない。そこで、小売業販売額をもとに、食料品と非食料品に区分して、月次ベースで確認する。食料品と非食料品で区分するのは、軽減税率の対象品のほとんどが食料品であるからである。ここでは、月次ベースで利用可能なイギリス、イタリア、アイルランド及びギリシャの4カ国についてみる。概ねどの国においても、食料品は税率引上げの影響を受けていない。しかし、非食料品について駆け込み需要は確認できないものの、税率引上げ直後に減少し、概ね短期間で元の消費水準まで戻っていることが確認できる(図表5)。
図表4:欧州各国におけるVAT税率変更時の消費動向<SNAベース>/図表5:欧州各国におけるVAT税率変更時の消費動向<小売業販売額ベース>
他方、日本について確認すると、SNAベース・四半期ベースでは1989年は駆け込み需要及び反動減は確認できないものの、1997年、2014年では大規模な駆け込み需要と反動減が確認できる(図表6)。家計調査をもとに月次ベースでみると、欧州と大きく異なり、過去3回とも食料品において駆け込み需要は確認される(図表7)。

このように、明らかに軽減税率の存在が欧州におけるVAT増税の効果を希薄化させる要因として働いていることを示唆している。
図表6:日本の消費税率変更時の消費動向<SNAベース>/図表7:日本の消費税率変更時の消費動向<家計調査ベース>
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日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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