2017年04月14日

混迷深まるフランス大統領選挙-極右対極左の決選の可能性も浮上

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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異例ずくめの展開続く。極右対極左の決選の可能性も浮上

フランス大統領選挙は、これまで異例ずくめの展開が続いてきたが、今月23日の第1回投票を前に、混迷の様相が益々深まっている。

第1回投票で過半数を超える候補者が現れなかった場合、上位2名で争われる5月7日の第2回投票が、極右対極左の決選となる可能性まで浮上してきた。昨年12月の右派の予備選直後は最有力候補と見られながら、妻や子への議員秘書としての給与の不正支給疑惑で伸び悩んでいた右派の統一候補・フィヨン候補が失速。その後は、極右・国民戦線の党首・マリーヌ・ルペン候補と前経済産業デジタル相で中道のエマニュエル・マクロン候補の決選になると想定されていた。今も、トップがルペン氏、第2位がマクロン氏と上位2名の顔ぶれは変わっていないが、4月4日の第2回テレビ討論以降、微妙に風向きが変わり、ともに勢いは鈍っている(表紙図表参照)。

台風の目となっているのは、2008年に社会党を離党した左翼党・党首で共産党の支持を受けるメランション候補だ。3月半ばまでは支持率で5番目の候補だったが、以後、急伸し、IfopとFIDUCIAL(以下、特記しない限り調査データは同社のもの)の第1回投票に関する最新の世論調査では支持率19%でフィヨン氏と並んだ。

メランション氏躍進の背景には、オランド政権の低支持率が象徴する与党・社会党への支持者の失望と社会党の分裂がある。社会党は今年1月の予備選で左派色の強いアモン候補を選出したが、支持率の低下傾向が止まらない。社会党の予備選でアモン氏に敗れたヴァルス前首相やルドリアン国防相など社会党の有力者が中道のマクロン支持を表明している。世論調査でもマクロン氏が社会党の支持者からアモン氏以上に支持されていることが確認できる。マクロン氏は、中道の民主主義運動・バイルー党首の支持を受け、右派のフィヨン氏の伸び悩みからも追い風を受けてきた。他方、より左派色の強い政策を好む社会党の支持者はメランション氏に流れているようだ。

極右対極左の決選の可能性も浮上するほど、失業やテロ対策に有効な手立てを打てなかったフランスの既存の政治、政党、政策への不信は深刻だ。
 

第2回投票はルペン対マクロン。マクロン勝利の見通し。だが結果は予断を許さない

第2回投票はルペン対マクロン。マクロン勝利の見通し。だが結果は予断を許さない

ここにきてマクロン氏がやや失速気味とは言え、第2回投票がルペン対マクロンとなった場合、マクロン候補が勝利という結果は変わっていない。だた、2月7~8日のピーク時は、マクロン氏の支持率62%に対してルペン氏は38%と24%の差が開いていたが、直近は、58.5%対41.5%で差は17%まで縮まっている。

とは言え、第1回投票から第2回投票で、ルペン氏が得票率を伸ばす見通しであること自体、ルペン氏の父で、国民戦線の初代党首のジャン=マリー・ルペン氏が、当時現職の大統領だった右派・共和国連合のシラク氏に大敗した時と明らかに違う。2002年の大統領選挙では、主流派の政治勢力が極右の大統領阻止で結束したため、ルペン氏の得票率は第1回投票の16.9%に対して、第2回投票でも17.8%と殆ど伸びなかった。

これに対して、今回は、第1回投票でフィヨン氏を支持するが、第2回投票がルペン対マクロンとなった場合には、40%がマクロン、31%がルペン支持に回ると答えている。メランション氏の支持者では、43%がマクロン、15%がルペン、アモン氏の支持者では69%がマクロン支持に回り、ルペン氏は5%に過ぎない(図表1)。

但し、世論調査を信頼し過ぎるのは禁物だ。そもそも、IfopとFIDUCIALの支持率の調査は投票の意思がある人だけを対象としている。投票日が近づくに連れて、棄権の割合は低下しているが、それでも最新調査で31%を占める。メランション氏の支持率の急伸は、棄権の割合の低下とともに進んだ。今後の変動の余地はなお大きいと見るべきだ。図表2の第2回投票に関する調査でも、いずれの候補についても「棄権」や「わからない」と答えた割合が高い。マクロン対ルペンの17%という票差は圧倒的な優位を示すものとは言えない。

世論調査では、2回の投票を終えた後の、大統領選挙の結果に対する予測でも、マクロン氏の勝利が35%とリードしているが(図表2)、3月下旬の40%前後からやや後退している。ルペン氏勝利を予測する割合はマクロン氏に次いで高いが、15%に過ぎない。「わからない」という答えが21%という高い割合を占めており、結果は予断を許さない。
図表1 世論調査:第1回投票で他候補を支持する有権者の第2回投票の投票行動/図表2 世論調査:第2回投票後の勝者は誰か
マクロン氏は、経済産業デジタル相を務めたものの、政治経験は豊富とは言えず、与党・社会党内の亀裂やフィヨン氏のスキャンダルという敵失で最有力候補に浮かび上がった面もある。右派、左派、中道の支持を広く集めているものの、支持基盤は盤石と言う訳ではない。

世論調査で各候補への投票の意思を表明した中で「支持を変えない」と答えている割合は、ルペン氏の84%で支持が固い。フィヨン氏が80%と続く。マクロン氏は68%と両者に見劣りする。メランション氏も68%と浮動票に支えられている面がやはり大きい。
 

非主流派でも立ち位置は異なるルペン氏とメランション氏

非主流派でも立ち位置は異なるルペン氏とメランション氏

主要な候補者間の公約は、第2回投票での勝敗を占う上でも、大統領選挙の結果が、経済や金融市場及ぼす影響を考える上でも重要だ。

図表3には、第1回投票の世論調査で上位の5候補について、フランスのル・モンド紙が、今回の大統領選挙の候補者の公約の傾向を8つのカテゴリーについて分析した記事を基に示した。

図表1のとおり、第2回投票でルペン候補支持に回る割合は、第1回投票でフィヨン候補に投票する層で最も高い。極右のルペン氏と右派のフィヨン氏は、同性婚や生殖医療など社会政策面での保守主義や、多文化主義への慎重な立場、国家のアイデンティティーの重視などで類似した傾向があるからだろう。フィヨン氏の支持者のうち、財政規律や自由主義的な経済政策を尊重する、あるいはEU離脱やユーロ離脱などを望まない有権者は、ルペン氏よりもマクロン氏の支持に回るものと思われる。

左派のアモン、極左メランション候補からは、ルペン氏よりもマクロン候補に票が流れやすいのは、多文化主義に肯定的で、社会政策面では改革主義の傾向がルペン候補よりも強いからだろう。公共サービスの増強や、社会保障、経済政策といった面では、本来は、格差の是正、地方や弱者支援の強化を掲げるルペン候補の方が、マクロン候補よりも、アモン、メランション両候補に近い。
図表3 第1回投票世論調査上位5候補の公約
メランション候補は、既存の政治を批判する立場はルペン氏と同じだが、国民戦線を人種差別的、排外主義と批判する。既存の政党や政治への不信感は強く、新自由主義に抵抗があるが、排外主義ではない有権者の受け皿になっていると思われる。

メランション氏はEUに懐疑的だが、ルペン候補にように「離脱ありき」という立場ではない。自由貿易と競争を促進する新自由主義的な政策を推進し、民主主義や市民生活を脅かしており、抜本的な改革が必要という立場だ。メランション氏は欧州議会の議員であり、左翼党は欧州議会でスペインのポデモスやギリシャのシリザとともに社会主義・共産主義の会派「欧州統一左派・北方緑の左派同盟グループ」に属する。左翼党のHPには、連携する各国の欧州議会議員らと共に今年3月に開催した「プランBサミット」の声明文が掲載されている。そこには、EUへの改革の提案が掲載されている。ECBが金融政策の目的を物価安定から完全雇用に改革し、EUの均衡財政ルールは撤廃、新たな政府債務は共有化し、新自由主義的政策と非民主主義的な財政緊縮よって積みあがった過剰な政府債務から市民を解放するための協議の場を設ける。経済政策の調整を図り、重商主義的傾向の強い政策を改めるといったものだ。こうした抜本的な改革(プランA)が実現出来ないのであれば、ユーロを守ることよりも市民を守ることを優先すべきとして、ユーロを解消し、各国通貨を再導入し、協調体制に戻るプランBの選択もやむを得ないという立場を表明している。
 

ルペン対マクロンの決選投票は「愛国主義対グローバリズム」の対立軸強調のおそれ

ルペン対マクロンの決選投票は「愛国主義対グローバリズム」の対立軸強調のおそれ

第2回投票が、現時点での世論調査の結果通り、ルペン対マクロンとなった場合、「愛国主義対グローバリズム」という対立軸が強調されるおそれがある。

マクロン氏は、EUの成果は大きく、EUが弱体化すれば、フランスはグローバルな脅威に単独で向き合わなければならなくなると主張する。EUとユーロ圏の問題に、域外国境管理やユーロ圏予算の創設など統合を深める解決策を提案する。

他方、ルペン氏は、愛国主義の立場から、様々な領域でのEUから主権を取り戻すことを主張する。144項目の大統領選挙の公約のトップに掲げるのは残留か離脱かを問う国民投票の実施だ。EUが、フランスの独立性を尊重し、国家の主権を守り、フランス国民の利益にかなうよう交渉をした上で、民意を問うというもので、英国のキャメロン前首相の15年の総選挙での公約と重なる。

ルペン氏の144項目の公約には、他にも昨年6月の英国の国民投票で離脱派が主張したEUから「コントロールを取り戻す」を思い起こさせる約束が並ぶ。域内の人の自由のための「シェンゲン協定からの離脱」、フランス企業の競争力回復のための自国通貨の復活、EUの企業規制や銀行規制からの解放、農業政策の権限やEU予算からの財源の奪還などだ。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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