2017年03月29日

コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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(4)先進事例:オムロン──経営指標を現場レベルに落とし込む
企業価値向上に向けて、重視する経営指標を現場レベルにまで落とし込むことに戦略的に取り組む先進事例として、オムロンが挙げられる14。同社では、ROIC(Return On Invested Capital)を中期経営計画の中で最も重視する指標の一つとして設定するとともに、現場の従業員にROICの概念を浸透させ、どうすれば企業価値が向上するのかを従業員自らが考え行動することを促す仕組みを構築している15

具体的には、「ROIC逆ツリー展開」という手法を導入し、ROSと投下資本回転率への分解にとどまらず、さらに各事業の構造・課題に応じた、ROIC改善の強化項目(改善ドライバー)とそれらを強化・改善するためのアクションとKPI(Key Performance Indicator)を設定するところまでブレークダウンしている(図表6)。

さらに、オムロンの山田義仁・代表取締役社長CEOは、「人事や総務といった間接部門、グループ内の別の事業部門に部品・部材を提供している部門では、ROICの考え方がなじみにくいという問題があります。そこで自分たちの事業部門や職場は誰に対してどのような価値を提供しているのか、何が使命なのかを改めて考えてもらうようにしました。たとえ数値にできなくても、価値を最大化するには何をすべきかが分かるはずです」と述べている。この指摘は、「外部顧客ではなく社内顧客のために業務を行う部門では、ROICの定量的な展開がなじみにくいが、当該部門では、社内顧客への価値を高めるために何をすべきかを定性的でも徹底的に考え抜くことが重要である」と読み取れ、非常に重要な指摘であると思われる。
図表6 オムロン:ROIC逆ツリー展開/図表7 オムロン:ROIC逆ツリーの進化
そこでオムロンでは、自分の業務が利益率にも回転率にも寄与すると実感しづらい間接部門のスタッフや、財務の知識を持たない社員にもROIC経営を分かりやすい内容にし、現場へのさらなる理解促進と浸透を強化するために、ROIC逆ツリーで用いていた定量的なツールに加え、定性的な「翻訳式」を用いた活動として「ROIC経営2.0」と銘打った取り組みを加速している。ROIC逆ツリー展開をはじめとした定量的マネジメントである既存の取り組み(ROIC経営1.0と呼ぶ)を基本とし、現場の活動の強化と質の向上を目指してバージョンアップしたものが、ROIC経営2.0なのだ。

ROIC経営2.0で新たに取り入れたROICの翻訳式は、成長に必要な経営資源を投入し、それ以上に顧客への価値を上げ、そのために滞留している経営資源を減らすという、企業経営の定石とも言えるロジックから成る(図表7)。付加価値を生む経営資源へ投資して成長戦略を実現し、一方で経営資源の滞留(ムリ・ムダ・ムラ)を減らすことが目指す方向だ。

翻訳式の分子の「顧客への価値」は、社内顧客のために業務を行う部門の場合は、勿論「社内顧客への価値」と読み替えられる。ROIC経営2.0は、事業部門においても間接部門においても、ROICのより深い理解により、各自がROIC改善を自分ごととして捉え、自律的に活動が展開できるようにすることが目的であるのだ。

オムロンでは、「ROICは個々の活動を連結するための、全社で共有する『ものさし』である」との考え方が現場レベルにも浸透してきており、部門の壁を越えてROIC改善に取り組む「ヨコの連結」も行われるようになっているという。
 
 
14 オムロンは、ROICを重要指標に位置付け、企業価値向上に関する経営管理の仕組みを組織に深く落とし込んでいること等が高く評価され、第3回2014年度「企業価値向上表彰」(東京証券取引所主催)の大賞に選定された。
15 本節におけるオムロンのROIC経営に関わる以下の記述は、「第3回2014年度企業価値向上表彰大賞 オムロン株式会社 山田義仁代表取締役社長CEOインタビュー」(日経電子版)、「統合レポート2015/ 特集1 ROIC経営2.0」(オムロン株式会社)などに拠っている。
2ROS向上に資するCRE戦略の主要な事例
前節で述べた一つ目の経営視点に対応した、ROS向上に資する中期経営戦略をサポートするCRE戦略について、以下に考えうる主要な戦略例を挙げてみたい。

(1)主要事例1:イノベーション創出に資するクリエイティブオフィスの構築・運用
一つ目の戦略例として、イノベーション促進に向けたR&D拠点や本社などでの創造的なオフィスづくり、すなわちクリエイティブオフィス16の構築・運用が挙げられる。グローバル競争が激化する中で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくためのオフィス戦略が重要になっている。オフィス空間の意義は、人と人との直接のコミュニケーションとコラボレーションを通じて、画期的なアイデアやイノベーションが生まれることである。

先進的・創造的なオフィスづくりの共通点は、オフィス全体を街や都市など一種のコミュニティととらえる設計コンセプトに基づいているということである。具体的には、カフェ、広間、開放的な階段やエスカレーターなど、インフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースを効果的に設置し、組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感やつながり、すなわち「企業内ソーシャル・キャピタル」を育む視点を重視していることだ。加えて、省エネ・温暖化ガス削減など地球環境への配慮も志向している。そして最近では、従業員の心身の健康への配慮、すなわち「健康経営」の実践も追加すべき重要な要素となってきている。

先進的なグローバル企業は、既にこのような考え方を実践しており、欧米を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入っている。海外の先進企業では、全く新しい価値を創出して競争のパラダイム転換を起こし、既存の製品・サービスの価値を破壊してしまう画期的なイノベーション、いわゆる「破壊的イノベーション」17を起こすような製品・サービスの企画開発には、外部組織の叡智・技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」18の推進とともに、クリエイティブなオフィス環境の整備が必要条件であると考えられている。

創造性豊かで能力の高い人材は、仕事をライフワークととらえ、仕事と生活を融合一体化させる働き方を志向している。このような人材の確保・定着のためには、企業は、創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革を、セットで推進することが求められている。米シリコンバレーでは、ハイテク企業の間で人材の引き抜き合戦が激しく繰り広げられており、企業は、優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない。日本企業では、オフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。

クリエイティブオフィスの基本的な設計コンセプト、すなわち「基本モデル」は、前述の「先進的・創造的なオフィスづくりの共通点」で具体的に述べたようなものにほぼ固まりつつあり、近未来や次世代のオフィスでも、この基本モデルは大きく変わらないだろう。企業がクリエイティブオフィスの基本モデルを一刻も早く取り入れ、それに「魂を入れて」、構築・運用を始めるべき時代が到来していると言えよう。筆者は、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に注入すべき「魂」とは、前述のワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念であると考える。そして、「魂を入れる」とは、経営理念にふさわしいオフィスのロケーションの選択、インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築、オフィスの愛称の選択などを実践することである19

経営トップには、クリエイティブオフィスを構築する段階で、オフィスに経営理念をしっかりと埋め込み、オフィスを経営理念や企業文化の象徴と位置付けて、全社的な拠り所となる求心力を持つ場に進化させていくことが求められる。そしてクリエイティブオフィスの運用段階では、ワークスタイルの変革を遂行しなければならない。クリエイティブオフィスの基本モデルに「魂」を注入するということは、基本モデルを各社仕様にカスタマイズして実際に起動させるプロセスであると言える。

クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、未だごく一部にとどまっている。今「働き方改革」について国を挙げて議論されているところだが、経営トップは、先進的・創造的なオフィスづくりを働き方改革推進のドライバーに位置付けるべきだ。CRE部門は、事業、立地、ファシリティマネジメント(FM)、HRM、IT、企業財務などの各戦略と連携し整合性を取りながら、クリエイティブオフィスの構築・運用において主導的な役割を担い、経営トップを強力にサポートすることが求められる。
 
16 クリエイティブオフィスの考え方や先進事例については、拙稿「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号、同「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日を参照されたい。
17 ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した考え方。破壊的イノベーションの概説については、拙稿「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日を参照されたい。
18 オープンオープンイノベーションについては、拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007 年8月号を参照されたい。
19 経営理念にふさわしい各々の具体例としては、オフィスのロケーションでは創業の地、内装を含めた不動産としての設えでは、フラットな組織を志向する経営トップが島型対向レイアウトではなくユニバーサルレイアウトを選択すること、オフィスの愛称では、創業の精神、今後の経営の方向性、オフィスの設計コンセプト等を連想できるようなもの(例:街をモチーフとした設計デザインであれば、「シティ」という言葉を入れ込む)、等が挙げられる。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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