2017年03月24日

【アジア・新興国】東南アジア・インドの経済見通し~17年は輸出・投資の復調で成長率は若干上昇

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-4.フィリピン

(図表8)フィリピンの実質GDP成長率(需要側) フィリピン経済は、16年前半に大統領選挙(5月)の関連特需によって景気が加速した。その後は政権移行に伴う予算執行の遅れも重なって政府消費が失速するなか、10-12月期の成長率は前年同期比6.6%増(前期:同7.0%増)と低下したものの、14年が6.2%成長、15年が5.9%成長だったことを踏まえると、現在も高い成長を維持していると言える。民間消費は低インフレ環境や雇用・所得の改善による家計の購買力の向上、緩和的な金融政策を追い風に好調が続いている。また電気電子機器を中心に財の輸出は同9.6%増、サービス輸出もBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシグ)が好調で同14.2%増と、それぞれ高い伸びを記録している。こうした消費と輸出の拡大を背景に企業の設備投資需要も旺盛で、投資は二桁増の高い伸びを続けている。

17年は、年前半まで選挙関連特需の剥落の影響が続くことから成長率は6%台半ば伸び悩むだろうが、年後半は投資主導の成長によって6%台後半まで加速すると予想する。ドゥテルテ政権はフィリピン開発計画(PDP)でインフラ向け支出(対GDP 比)を2016 年の5.1%から2022 年には7.4%まで引き上げる目標を掲げており、17 年度のインフラ予算は前年比13.8 %増(GDP 比5.4%)まで拡大させている。また昨年6月に就任したドゥテルテ大統領のバランス外交の結果、日本と中国から約1兆ペソの政府開発援助(ODA)が決まったことも今後のインフラ開発の後押しとなると見込まれる。

消費者物価上昇率は資源高とペソ安による輸入コストの増大や力強い内需を背景に中銀目標(1~4%)の上限付近まで上昇するだろう。民間消費は、こうした物価上昇が重石となる一方、ここ数年の投資の拡大によって雇用環境が大きく改善していること、ペソ安の進行による海外就労者の送金額の増加が続くことから、堅調な伸びを維持するだろう。民間投資はこうした公共投資の高い伸びと堅調な民間消費を受けて民間投資も堅調な伸びを維持するだろう。

外需については、財・サービス輸出がペソ安と海外経済の緩やかな拡大を受けて増加基調を続ける一方、力強い内需の拡大によって輸入が輸出の伸びを上回るものと見込まれる。結果、純輸出の寄与度はマイナスとなり、成長率を押下げる構造は続くと予想する。

中央銀行は現在、緩和的な政策スタンスを維持しているものの、今後は物価上昇が見込まれること、また経常収支の悪化が材料視されてペソの下落圧力も高まることから、17年内には小幅の利上げに踏み切るだろう。

実質GDP成長率は17年が6.5%、18年が6.6%となり、大統領選挙関連の特需で押し上げられた16年の6.8%と比べて低めとなるが、力強い内需を背景に周辺国に比して高い成長が続くと予想する(図表8)。
(図表9)ベトナム実質GDP成長率(供給側) 2-5.ベトナム
ベトナムは投資主導の成長が続いている。安価な労働コストや地理的に中国と近い立地の優位性、また15年12月には韓国、16年10月にはユーラシア経済連合(EEU)と自由貿易協定(FTA)を発効させたほか、政府が外資誘致策に積極的で各種の税制優遇策を用意するなど、外資系製造業から戦略的な生産基地として注目を集めていることが背景にある。また企業進出が相次ぐなか、雇用・所得環境も良好で中間所得層が増加していることから、サービス業も堅調な伸びを続けている。

しかし、16年の実質GDP成長率は前年比6.2%増と、前年の同6.7%増から低下した。政府の成長率目標は当初6.7%であり、10月には6.3~6.5%まで下方修正されたが、実際はこの水準を若干下回る結果となったことから景気は年間通じて伸び悩んでいたと言えるだろう。今年の景気減速は第一次産業と鉱業の落ち込みによる影響が大きい。農業は北部における寒波や洪水、中・南部における干ばつや塩害が影響し、また漁業は4月に環境被害による魚の大量死の影響で生産が落ち込んだ。年後半に天候が改善したことから、第一次産業は同1.4%増のプラス圏まで回復したが、前年の2.4%を下回った。また第二次産業は同7.1%増と、前年の同9.4%増を下回った。建設業と外資系が主導する製造業が二桁成長を記録したものの、鉱業が原油価格下落を背景に減産が続いて4%減のマイナス成長となった。一方、第三次産業は7.0%増と、前年の同6.3%から上昇した。農業所得の悪化が重石となったものの、継続的な賃金上昇と低インフレ環境による家計の実質所得の増加を受けて消費需要が堅調に伸びており、卸売・小売業や情報・通信業を中心に上昇した。

17年の成長率は、政府目標の6.7%を下回るものの、農業と鉱業の回復によって前年を小幅に上回ると予想する。第一次産業は、前年の農業生産の落ち込みからの反動増と農産物輸出の増加によって前年を上回る緩やかな成長を予想する。また第二次産業は、前年をやや上回る8%前後の成長を予想する。海外経済の緩やかな回復を受けた輸出の増加と18年の欧州連合(EU)とのFTA発効に備えた製造業の生産能力の拡張が続くことから、製造業と建設業は堅調な伸びを維持するだろう。17年1-3月期に認可された外国直接投資(FDI)は前年同期比6.5%と底堅い伸びを記録している。また鉱業部門も原油価格の上昇によって下げ止まるだろう。もっとも財政制約から公共投資が伸び悩むことや銀行の不良債権問題は引き続き投資の重石となるだろう。そして第三次産業は、前年を下回る6%台半ばの成長を予想する。農業所得の増加や最低賃金の引上げ(前年比7.3%増)など所得環境の改善は続くだろうが、先行きのインフレ率の上昇による実質所得の目減りで消費者心理が悪化するほか、政府が流通業の外資開放を抑制する方針を打ち出していることもあり、卸・小売業を中心に伸び悩むだろう。

金融政策は、金利と為替の安定を通じて経済成長を下支えする方針を示している。通貨ドンは対ドルでは下落するものの、他通貨に対して安定して推移するものと見込まれ、足もとで上昇が続くインフレ率は徐々に落ち着きを取り戻すだろう。結果として、現在の柔軟な金融政策は維持されるものと予想する。

実質GDP成長率は17年が6.5%、18年が6.4%と、16年の6.2%を上回る成長が続くと予想する(図表9)。
2-6.インド
インドはGDP統計によれば7%台の力強い成長が続いているようだが、政府統計に対する疑念はこれまで以上に深まっている。昨年11月には政府が突然、流通する現金の約9割を占める高額紙幣の廃止を実施したことにより、現金不足に陥り、国内が混乱したにもかかわらず、16年10-12月期の実質GDP成長率は前年同期比7.0%増と、前期の同7.4%増から小幅の低下に止まった。特に10-12月期の景気を牽引したとされる民間消費は前年同期比10.1%増と、7-9月期の同5.1%増から急上昇したことは驚くべき結果だ。確かに十分な雨量が得られたカリフ期の収穫の本格化によって農業所得が回復したこと、また7月から支給が始まった第7次公務員昇給(平均+23.55%増)によって家計の実質所得は増加しており、廃貨がなければ民間消費が加速したことに違和感はない。しかし、廃貨によって小売業や消費財関連産業、不動産、二輪車販売など現金取引が主流の産業は打撃を受けたことは確かだ。実際、10-12月期の自動車販売台数(二輪・三輪含む)は前年同期比1.3%増(前期:同14.3%増)と急落したほか、日経PMI指数も11月に大きく低下して楽観・悲観の境目である50を下回っており、GDP統計とは反対の動きを示している。これはGDPが集計する統計データは現金取引の少ない大企業中心であり、廃貨によって現金取引に大きな支障が出た中小零細企業を含まないことが理由と考えられる。

1-3月期は捕捉されなかった廃貨の悪影響が波及して一定程度GDP統計に表れるだろうが、10-12月期同様に景気減速は限定的で成長率は6%台後半を予想する。また新紙幣の供給についても、中央銀行は2月1日にATMの現金引出し上限を撤廃し、3月には平常レベルに回復すると示すなど進展しており、現金不足の混乱は収束しつつある。

17年度は、輸出と投資が持ち直して7%台半ばまで景気が回復すると予想する。消費者物価上昇率は現金不足による価格下落が一巡して足元で上昇しており、今後も資源高や通貨安による輸入インフレを受けて上昇基調が続くと見込まれ、民間消費は伸び悩むだろう。もっとも廃貨によって落ち込んだ消費者心理の改善や雨期の十分な雨量見通し4を背景に農業の回復傾向が続いて農家の所得増が見込まれること、そして雇用・所得環境の改善が続くことが支えとなり、民間消費の減速は小幅に止まるだろう。

また輸出は緩やかな増加傾向が続くなか、民間投資も徐々に持ち直すと予想する。銀行は不良債権問題の解消に時間を要するものの、高額紙幣廃止に伴う預金額の増加を受けて貸出姿勢を積極化させること、そして来年の物品・サービス税(GST)の導入によって複雑な間接税体系が一本化されてビジネス環境が改善することも民間投資の徐々に追い風となるだろう。

このほか、17年度政府予算案では資本支出を前年度比25%増と大幅に拡充したことから公共投資が景気を牽引役となると見込まれるとともに、廃貨で困窮した中小企業に対する減税が盛り込まれ、農村開発予算も同25.4%増と手厚い配分がなされたことも経済の安定化に寄与するだろう。

金融政策は、17年2月の金融政策会合でも政策金利を据え置き、政策スタンスを中立化させた。足もとは低インフレ環境にあるものの、先行きの物価上昇リスクや国際金融市場の不安定化しやすい状況が続くことから金融政策を据え置くだろう。

実質GDP成長率は、廃貨の影響を受ける16年度が7.0%と、15年度の7.9%から低下するものの、その後は17年度が7.6%、18年度が7.4%と堅調な伸びを続けると予想する(図表10)。
 
 
4 気象情報会社スカイメット社
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2017年03月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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