2017年03月21日

気候関連財務開示と今後の展望-BHPビリトンの開示事例を参考として

江木 聡

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3――シナリオ分析を活用した開示の先行例 ~ BHPビリトン(豪)

世界最大手の資源会社であるBHPビリトンは、化石燃料等を主要製品とし気候関連課題の影響が大きいとされるセクターに属している。商品構成は、鉄鉱石(iron ore)および銅(copper、ウランを含む)が過半を占め、化石燃料等(Energy coal、Metallurgical coal、Oil & Gas)は1/3程度となっている(図表2)。同社は、「気候変動:ポートフォリオ分析」とする報告書を2015年9月に公表しており、この中で複数のシナリオに基づいて、気候変動が自社の収益(EBITDA)に与える影響について開示している4
図表2 BHPビリトンのグループ売上構成(2014) BHPビリトンは、今後の持続的発展には途上国経済の継続的成長と大胆な温室効果ガスの削減が共に不可欠であり、同社としていずれか一方を重視はせず、いずれにも貢献していくという基本姿勢をとる。
 
実際のシナリオ分析では、米中印や新興国の今後の経済情勢と、各国が気候変動対応を重要政策に据えるという前提を「中央ケース」として置き、これに基づいて期間20年の長期経営計画を策定する。この中央ケースでは、産業革命前に比べ気温は3℃の上昇に向かうと見積もっている。毎年、中央ケースの見直しによって20年の経営計画を最適化すると同時に、複数の長期シナリオと「ショックイベント」によって、経営計画がゆるぎないものとなっているかテストしている。同様のテストによって、同社の資産ポートフォリオがどのような影響を受けるのかも評価する。「ショックイベント」とは、起こりそうもない極端な事象であって、典型的には短期的影響を及ぼすが、場合によっては長期に影響を与えるものとしている。具体的には、世界的合意である気温上昇2℃以下の達成を大幅に早く促す、意欲的政策と技術発展を挙げている5
BHPビリトンが設定しているシナリオは以下の4本である。

(1)イノベーションが先進国経済に段階的発展をもたらすシナリオ(「新しいギア」)
(2)ナショナリズムや保護貿易主義から低成長の経済政策となるシナリオ(「閉ざされたドア」)
(3)世界の活動が気候変動の抑制へ収れんしていくシナリオ(「世界の調和」)
(4)米中を基軸にテクノロジーが成長を実現させるシナリオ(「二人の巨人」)

この中でも、(3)「世界の調和」シナリオは、気温上昇2℃以下の世界(以下、「2℃世界」)に向け社会全体で秩序だった移行が進むと想定する。これまでの世界的合意が目指す方向に整合するため、同社の開示では、(3)「世界の調和」シナリオを柱とし、併せてこれがショックイベントによって大幅に早く進行するケースを示している。
 
収益の見通しについては、経営計画策定のベースとなる「中央ケース」を基準として、EBITDAが2016年から2030年にどのように変化するのか、更にこれを「世界の調和」シナリオで分析し、さらに「ショックイベント」でストレスをかけた結果を示している。いずれの場合でもEBITDAはおよそ倍増すると予測している(図表3)。
図表3 EBITDA予想(2016年の値を100とした場合)
その理由として、商品ポートフォリオが多様であること、中でも化石燃料の寄与度はポートフォリオ全体では低くなっていること、燃料炭(Energy Coal)の需要が減少しても鉄鉱石や銅、ウランなどの需要増によってカバーされること等から、「世界の調和」シナリオがポートフォリオ全体の価値に与える影響は軽微であるし、「ショックイベント」によって収益が下方修正されてもポートフォリオはなお強靭(resilient)であるからだとする。また、「2℃世界」へ移行する間に、政策や技術発展によって優位性が高まる商品や排出強度の低い商品に傾斜して投資していくことで、ポートフォリオへの影響は軽減できると主張している。
 
BHPビリトンによる開示例は、低炭素経済への移行という課題に対して、影響の大きい業界にも関わらず、透明性確保のため開示に積極的に取組んでいるという点で、注目すべきものである。気候変動がもたらすリスクを認識し評価しながらも、その機会を戦略的にとらえて長期の経営計画を最適化し、シナリオ分析を通じて事業戦略上のオプションを増やしていこうという姿勢は多いに参考になると思われる。
 
ただ、このような先進的な取組みであっても、気候関連リスクの影響を強く受ける同社のようなセクターに対し、TCFDが開示を推奨する項目を全て満たしているわけではない。例えば、どのような内容の政策や技術発展がいつ起きると想定しているかといったシナリオの重要な想定の内訳等、投資家の検証と分析に資する項目を更に開示する余地がある。
 
 
http://www.bhpbilliton.com/-/media/bhp/documents/investors/reports/2015/bhpbillitonclimatechangeporfolioanalysis2015.pdf? 尚、パリ協定を受けて一部改訂した、同「Views after Paris」が2016年にリリースされている。
5シナリオの中で発生するトリガー事象として、発電によって生ずるCO2 の「回収および貯留(CCS)」技術の飛躍的進歩を例示している。
 

4――提言の今後の取り扱い

4――提言の今後の取り扱い

TCFDによる提言案は、2017年2月12日までのパブリックコメントを終え、寄せられた意見は現時点では未公表ながら、その概要が同2月末にFSBの総会で確認された6。公募意見も考慮した最終報告が、2017年6月にFSBへ提出され、これを受けて同7月にハンブルクで行われるG20財務大臣・中央銀行総裁会議にて今後の対応が検討される予定である。ここで主催国ドイツは、パリ協定すなわちフランスへの対抗心もあって、本件を主要なテーマにする方向で調整している模様である。
 
今後、この開示が日本でどのように実施されるか現時点ではまったく不透明だが、関係省庁としては、FSBの窓口かつ企業開示を所管する金融庁がまず想起される。しかし、金融庁はこれまで気候問題に特段注力しておらず、この種の開示は規制に積極的な環境省がリーダーシップをとっている一方で、気候に関連するビジネス上の機会創出という点では、経済産業省が牽引している状況である。いずれにしても、気候関連課題の影響は業界によって差が大きく、TCFDが推奨する開示内容の水準も高いことから、開示を実施するにしても、民間の自主的取組みとしてスタートすることが現実的なのかもしれない。  

5――日本産業界への期待

5――日本産業界への期待

日本はこれまで省エネなどエネルギー効率の分野で世界に貢献し、また「経団連環境自主行動計画」(1997年)の発表以降、国による目標策定に先立って各業界団体が自主的に削減目標を設定して対策を進めるなど、環境問題に対する産業界の意識は高く実績もある。一方で、日本企業の開示は、気候変動への取組みがあっても開示していない、あるいは開示してもエビデンスが不足している、また第三者機関認証の未取得などにより、実態よりも過小評価される傾向にあるとされている7
 
BHPビリトンの事例は、本業喪失の可能性すらある業界の最大手が、深刻な影響をはらむ課題に臨んで、開示をむしろ「攻め」に活用し、自らの事業基盤は長期的に磐石であると主張する機会に転換した戦略と見ることができる。このメッセージは、投資家というステークホルダーに限らず、取引先や従業員の不安まで払拭し、内部的に経営の求心力を高める効果をも及ぼすだろう。まさに「開示は投資家のためならず」である。日本企業は、投資家向けとなれば最小限の開示で済ませる旧弊に立ち戻ることなく、海外の政府や投資家から外堀を埋められる前に、気候関連課題に対する日本の姿勢と実力を世界に知らしめる手段として、TCFDの提言を活用することを検討してはどうだろうか。
 
7 「長期地球温暖化対策プラットーフォーム第二回会合資料『国内投資拡大タスクフォース』中間整理」P.24~31 経済産業省(2016年12月19日)
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江木 聡

研究・専門分野

(2017年03月21日「基礎研レポート」)

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