2017年03月09日

欧州経済見通し-試される欧州の結束-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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ユーロ圏の現状:個人消費主導の緩やかな拡大続く

ユーロ圏では、著しく緩和的な金融政策とやや拡張的な財政政策に支えられた個人消費主導の成長が続いている。

3月7日公表の10~12月期の実質GDP(確報値)は前期比0.4%、前期比年率1.6%で、内需主導の緩やかな回復持続が確認された(図表1)。

外需は0.1%の成長を押し下げた。輸出が前期比1.5%増と回復したものの、輸入が同2.0%と輸出の伸びを上回ったためだ。

他方、内需は、主要項目のすべてが成長に貢献した。個人消費は、雇用・所得環境の改善に支えられ(図表2)、7~9月期を上回る前期比0.4%増で、実質GDPを同0.2%押し上げた。政府支出も前期比0.4%増で実質GDPを同0.1%押し上げた。固定資本投資は、10~12月期は同0.6%増加した。

固定資本投資は、GDPギャップの縮小と潜在成長率引き上げの両面から回復の加速が期待されているが、なかなか弾みがつかない。10~12月期の伸びでは7~9月期の減少分を取り戻すには至らず、その水準は世界金融危機前を1割ほど下回っている(図表3)。16年3月の欧州中央銀行(ECB)の包括的金融緩和策で金融環境は一段と緩和的になり、圏内全体で見れば銀行の資本の強化も進展している。さらに、投資の抑制と需要の回復が続いたことで、設備稼働率も長期平均を上回る水準に達している。それでも、投資の足取りは重いのは、企業部門の過剰債務の解消が進んでいないことに加えて(図表4)、先行きの不透明感が重石となっているものと思われる。
図表1 ユーロ圏需要項目別実質GDP/図表2 実質雇用者所得/図表3 ユーロ圏実質固定資本投資/図表4 ユーロ圏の部門別債務残高
16年末から足もとにかけて、世界経済の回復の影響もあり、ユーロ圏の景気拡大ペースは加速している。実質GDPと連動性が高いユーロ圏総合PMIは2月に56とほぼ6年振りの高水準となった(図表4)。経済政策研究センター(CEPR)とイタリア中央銀行が作成するユーロ圏の景気一致指数(ユーロ・コイン指数)、さらに欧州委員会の景況感指数(ESI)も12月から直近(2月)にかけて改善傾向を強めている。

インフレ率も、ゼロ近辺での推移が続いたが、原油価格が前年比で上昇に転じるとともに上向き、2月速報値は2%に達した(図表6)。2月はエネルギー価格が前年同月比9.2%上昇したことに加えて、食品価格も天候不良が響き、同2.5%上昇した。食品・エネルギーを除くコア・インフレ率は同0.9%で1月と同水準だったが、サービス価格は同1.3%と1月の同1.2%を上回った。
図表5 総合PMIとユーロ・コイン指数/図表6 ユーロ圏インフレ率/図表7 ユーロ圏主要国実質GDP/図表8 ユーロ参加国の失業率
ユーロ参加各国のレベルでも拡大傾向が続くようになっているが、そのペースには格差があり、生産・雇用の水準も様々だ(図表7、図表8)。

16年のドイツの実質GDPは前年比1.9%と堅調さが際立っており、失業率は17年1月には3.8%まで低下した。フランスは同1.2%と拡大のペースが緩慢で、失業率は10%と低下基調がなかなか定着しない。スペインは15年に続き16年も3.2%成長と速い回復ピッチを保った。失業率の低下もさらに進んだが、まだ18.2%とギリシャ(23%)に水準はユーロ圏の中でギリシャに次いで2番目に高い。イタリアの実質GDPも15年は0.8%、16年は0.9%とようやく緩やかな拡大が続くようになった。失業率は11.9%と高止まっている。

失業率の水準には、ユーロ参加国間で大きなばらつきがある。しかも、殆どの国で世界金融危機前の水準を上回る状態となっている。

ユーロやEUへの懐疑の広がりの根底には、世界金融危機と債務危機による二重の打撃の後、成長・雇用の回復ペースが鈍く、失業問題に有効な手立てを打てないことがある。

ユーロ圏の見通し:17~18年は1.5%成長、インフレ率は17年1.7%に一旦加速

ユーロ圏の見通し:17~18年は1.5%成長、インフレ率は17年1.7%に一旦加速

17~18年も緩和的な金融政策とやや拡張的な財政政策に支えられた個人消費主導の成長が続くと見ている。年間の成長率はともに1.5%と予測する。1%台前半と推計される潜在成長率を超える成長が続くことで、18年にかけてGDPギャップの縮小は一段と進む。

個人消費は、エネルギー価格の上昇が実質所得の伸びを抑えるようになるため勢いは鈍るが、雇用・所得環境の改善に支えられ拡大が続こう。

固定資本投資は、過剰債務や先行き不透明感が重石となるが、企業業績の好調や高稼働率を背景に回復基調は維持されよう。

インフレ率は、15年の前年比ゼロ、16年の同0.2%から17年は1.7%に加速するが、主な要因はエネルギー価格にあり、コア・インフレ率の回復は緩慢なペースと見ている。18年は、エネルギー価格の押し上げ圧力が縮小することで、年間で同1.5%に低下する。しかし、GDPギャップの縮小とともにコア・インフレ率の緩やかな上昇が見込まれ、14年6月以降、ECBに大胆な金融緩和の強化を迫ったデフレ・リスクは後退したと判断できるようになるだろう。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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