2017年02月16日

ペットとまちづくり~被災時の対策から考える~

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

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4――東京都による対応

東京都は動物愛護の観点から、冒頭に述べたハルスプランなどの中に指針(施策-15 災害時の動物救護体制の充実)を掲げている。

このハルスプランは普段からの動物愛護管理をどのように実施していくのか、災害時に関わらず、飼い主や動物取扱業者、東京都、区市町村、都民、ボランティア・関係団体の役割や責任を明記したものである。

適正飼養や狂犬病対策などに重点が置かれただけで、共生に対してもう一歩の踏み込みが足りないように感じられるが、報告書に掲げられた趣旨自体は、わが国では先駆的なものとして評価できる。しかし、ニューヨーク市など、諸外国では公共住宅への入居に際しペットが必要とされる場合は拒むことができないかわりに一定のルールを設けるなどの人と動物の共生生活の実現に向けた取組みであるのに対し、そうしたことは明記されていないなど、さらなる議論の場が設けられることを期待したい。ここでは、ハルスプラン全体の内容には触れず、災害対応に限定した指針に限定して、内容を整理してみた。
表4 東京都による災害時の動物救護体制の充実策
国のガイドラインや都の方針をみて分かることは、国は基本的に都や区市町村などの自治体を指導・間接支援する立場をとり、都は区市町村を指導・支援するという階層構造の役割分担をとっていることである。

ただし、熊本県が熊本市、熊本獣医師会による「熊本地震ペット救護本部」を立ち上げたように、普及活動を除くと、表4の2段目に示された「協定締結の推進」の通り、東京都も災害時においては関係団体と連携することによって、動物救援本部を立ち上げることになるので、普段から関係団体との連携をとり、体制づくりを行っていくことが重要であることが分かる。
 

5――区市町村の対応と今後の方向性

5――区市町村の対応と今後の方向性

区市町村の場合は、平成23年12月の中央防災会議による「防災基本計画」の修正等を踏まえて、ペット対策を含め、各地の防災計画を見直すことになった経緯がある。この結果、武蔵野市の場合を示すと、ペットに関しては地域防災計画の第10章第4節に、次のような情報や基本方針が示されている。

市は、平成21年6月に日本医科大学、日本獣医生命科学大学、東京都獣医師会武蔵野三鷹支部、武蔵野ワンワンパトロール隊、市で構成された「災害時のペット対策検討委員会」を設置し、同委員会は平成22年1月に提言書を答申。この提言書の趣旨は次の通りである。
提言書の趣旨
このような検討に基づいて、次の基本方針が掲げられている。
基本方針
しかし、この基本方針のうち、「現実に実現可能な対策」を優先したためか、市民に配布された「防災ハンドブック」では、「「同行避難」を前提とし、災害時におけるペット対策」としながら、次のような市民に対する要請を示すに止まっているのが現状で、上記(2)については具体的な受入体制や保護の仕組みは示されていない。提言にあるように、市によるペットの定義がまだ「犬」に限定され、「猫」は対象外なのかも気になるところである。
日頃から準備しておくこと
武蔵野市による対策の実績としては、昨年の10月25日に初めて総合防災訓練の一環として、ペット(犬)対策訓練が、市立第一中学校区にて実施されたことがあげられる。参加者による情報では、事前申込み制で犬をケージに入れて徒歩で参加できる人を対象とし、最大30名の参加者を予定したようだが、実際には残念ながら8名の参加にとどまっている。

また、東京都の方針に基づいていると判断されるが、武蔵野市は平成23年に公益社団法人東京都獣医師会武蔵野三鷹支部と「災害時における動物救護活動に関する協定書」を締結し、被災動物の救護及び応急処置に関する獣医師会の会員派遣要請や市の防災訓練への参加を定めている。これはひとつの前進と言える。

しつけや予防接種、不妊・去勢手術やマイクロチップの埋め込みなどについては、時間と費用により市民は対処可能だが、犬の予防接種自体、登録数よりも実施者数が少ないのが実情である。また、ペットのためのケージや食料等を飼い主が事前に準備・備蓄していても、災害による建物倒壊などによって、利用できなくなることも想定される。そもそも、避難所に避難する人々は、自宅では生活できない状況に置かれた方々であり、ケージや食料の準備が万全であっても、実際には使えない場合が多いはずである。

自己責任とは言え、個人ではこうした点はカバーしにくいのが実情であり、市町村が直接的に対応できないのであれば、被災前の平常時から、ボランティアやNPO法人など、近郊で活躍している団体とのネットワークを構築し、様々な事態に備えることも重要な課題となろう。

実際に熊本地震の際にはこうした団体の支援活動が貢献していることがウェブサイト等で報じられている。7月21日の朝日新聞夕刊では、渋谷区などで動物シェルターを運営する一般社団法人ラコントレ・ミグノンが熊本の地元の動物愛護団体と連携し、収容限界に達した被災ペットを里親の世話のために引き取ることが報じられた。

市町村でも、都の方針にしたがい、獣医師会のみならず、多様な団体との連携に向けた協定づくりを目指してはどうかと考える。これはもちろん、ペットのみならず、人々への減災、被災後対策においても同様である。
 

6――ペットとまちづくり

6――ペットとまちづくり

災害時のペットにかかる対応のあり方をご紹介したが、今後は、こうした取組みがまちづくりにも反映され、盛り込まれていくことが望ましい。

人々とペットが共に快適に暮らせるまちづくりとは、どのようなものだろうか。基本的にはペットの多くは街の中で生活するので、人々と共にペットにとっても快適な環境を整備する必要がある。短期的にすべてを実現することは難しいが、災害時も含め、生ある物すべてに安全でユニバーサルなまちづくりを考える視点を持ってまちづくりに取り組むことが、今後の災害時における問題の緩和に着実に役立っていくはずである。

具体的には、

(1) 安全で楽しく歩ける道路や歩道の整備: これはペットにとっても必要なことで、車はもちろん乱暴に走る自転車もペットの大敵である。子どもや障がいのある方、ペットからまちがどう見えるかを考慮し、人とペットが安心して歩けるように配慮したまちづくりを行うことが、今後のひとつの課題である。こうした観点から整備された道路は、災害時にも避難路として適切なものとなろう。

(2) 自然な小径の保全: 武蔵野市ではまだ緑豊かな場所もあるので、ペットにも優しい自然のままの通り道を保全することが、いざという時に飼い主とペット、もしくはペット自らも木陰などに避難でき、災害時対応策となりうる。動物の事故が多い一般道では、動物が横断するための専用地下道(猫道)を整備することもパニック化した動物と車等の事故を防ぐユニークな試みになるだろう。

(3) 街並みにおけるゆらぎの確保: 道路と共に幾何学的に並行に直角に建物が配置されると街並みにおいては、景観から深みが失われる。これに対し、最近では、意図的に建築面や植栽などを調整し、快適な「ゆらぎ」を与える景観形成の工夫が行われている。おそらくペットにとっても、隠れる場所のない景観よりは、こうした「ゆらぎ」のある街並みの方が人や子どもと同様に快適ではないか。景観整備を通じた快適な街並みづくりを通して、自ずと安全も意識した豊かなコミュニティの連携が生まれることから、災害対策としても有効なはずである。

(4) 大きな公園ではペットと共に遊べるドッグランが整備されつつあるが、街中にはスペースが乏しいことから設置は難しい。しかし、今後、ドッグランほどではなくても、ペットと楽しめる小空間整備に配慮していくことは、自ずと深みやゆとりを求めるまちづくりにつながることになるだろう。従来から、小空間を整備しても公園としても使いようがないし、整備も行き届かないという批判があるが、もう少し小空間を確保する意義として、このような役割を与えてはどうか。

(5) この一環として、従来には主たる利用策ではなかったが、空き家や空き店舗、空き地などを、ペットと共に過ごせる施設や場所、非常時のペットのシェルター施設や避難地として活用することも今後は検討に値するはずである。近年、ペットとともに入れるカフェなども見られるようになっており、静かな需要に対応した動きが出ていると言えよう。
 
以上のようなハード面のまちづくりに加え、もちろん、ソフト面のまちづくりとして、前述したように、普段から、地域におけるボランティアやNPO法人などとの連携や、近郊で団体とのネットワークづくりは重要であるし、コミュニティにおける防災・避難訓練等において、高齢者や子どもたち、避難しにくい人々への対応に加え、ペットも念頭に置いた取組みが少しでも増えれば、近年における被災時のペットを巡る課題に対応でき、災害時においても、非常に望ましい効果が生み出せるだろう。
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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

(2017年02月16日「基礎研レター」)

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