2017年01月23日

長期少子化社会に潜む負のループ「赤ちゃんを知らない」子どもたち-未婚化・少子化社会データ検証:「イマジネーション力欠如」への挑戦-

生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子

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3――パートナー作りに苦戦する大人たち―恋愛行動と赤ちゃんとのふれあい―

2章では赤ちゃんとの身近なふれあいが結婚を選択するというライフコース選択に影響する可能性を紹介した。しかし、結婚というイベントを自らのライフコースに設定したからといって、それが円滑に進むかどうかはわからない。いくら少子化が進んだからといって、結果として不幸な結婚になるのであれば、社会としてとにかく結婚させればいいのだ、という考えはあまりに無責任ではある。
この点から考えても、「結婚させればいいというものではない」からこそ、赤ちゃんとのふれあい体験によってもたらされる結婚意欲の向上は意味があると筆者は考えている。

残念ながら日本では現在、恋愛行動や結婚後の夫婦の行動における問題行動が急増している。
恋愛行動の1類型であるストーカー、結婚の結果として生じる配偶者へのドメスティック・バイオレンス(DV)、また子を持ちながらも生活に苦戦する5シングル・マザー(特に未婚の母)の急増の状況を示したものが図表76、図表8である。恋愛行動や結婚行動において苦戦する人々が増加している様子がうかがえる。
ストーカー加害者の動機については「好意が満たされず怨恨の感情」(拒否されたことによる逆恨み)2015年4336件よりも「好意の感情」(好きだったから)15419件が圧倒的に多く、双方向に恋愛コミュニケーションをとることが出来ない現代の加害者像7が浮かび上がる。
【図表7】恋愛活動・結婚活動における行動上の問題の急増/【図表8】シングル・マザーの増加(単位:万人、左:シングル・マザー総数、右:未婚のシングル・マザー)
ここでもう一度、図表5を見てみたい。
赤ちゃんや子どもとふれあう機会が多かったグループと少なかったグループでは未婚男性の方が未婚女性より結婚願望の伸び率が高い(男性6.8ポイント、女性4.9ポイント)。
男性は自ら妊娠出産する機能を持っていない。そのため、異性との恋愛関係において、女性よりも妊娠・出産を意識することが難しい。
ゆえに、図表5の結果は、男性の方が赤ちゃんとふれあうことで単に異性を性的な恋愛対象としてみるだけでなく、その先に子どもをともに育む可能性のある相手であるという想像力をもってみるようになるというより大きな体験効果があるのではないかと期待される。
女性よりも男性の方が赤ちゃんとの触れ合いによる気づきの変化が大きく、結婚というライフコースへの希望がより生まれるのではないだろうか(あわせて脚注viiのデータを再度参照されたい)。「(異性を)性的な対象であるだけではない」というイマジネーションをもって見られるようになることは、その人のライフデザイン構築上、非常に大きな意味を持つ。

赤ちゃんとのふれあい体験は、一方的な異性への好意や支配の感情、欲望等で相手に対して暴走する行動にブレーキをかけるための大切な気づきのひとつとなるかもしれない。

少子化社会において、赤ちゃんとのふれあい経験がこどもの視野から消えてゆくことは好ましいこととは思えない。
少子化は、
「この人にもこんな無力でか弱い赤ちゃんの時期があったのだ」
「その赤ちゃんを大切にここまで大きく育てた人がいるのだ」
というイマジネーションを子どもたちの成長過程の気づきから遠ざける大きな要因であり、このことは大変に危険な社会環境にもつながりかねないと筆者は感じている。
 
 
5 「平成23年度 全国母子世帯等調査結果の概要」によれば、母子世帯の平均年間収入(平成22年)は291万円(同 213 万円)。この数字は、国民生活基礎調査による児童のいる世帯の平均所得を100として比較すると、 44.2となっており母子世帯が経済的に苦戦していることが示されている。母子家庭となった理由の8割が離別であり、そのうち養育費の取り決めが行われているケースは4割に満たない。取り決めをしていない理由は、「相手に支払う意思や能力がないと思った」が 48.6 %(同47.0 %)、「相手と関わりたくない」が 23.1% (同 23.7 %)。
6 図表7は、
ストーカー規制法が施行された2000年の翌年からのストーカー相談受理数
配偶者暴力防止法の施行された2001年の翌年以降の配偶者からの暴力事案の相談受理数
をそれぞれ示したものである。
7 ちなみにストーカー加害者の89%が男性であり、年齢別では20代35.1%、30代26.5%、40代18%と結婚適齢期の男性が大半である。配偶者へのDVも加害者の88%が男性となっている。
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生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

経歴
  • プロフィール
    1995年:日本生命保険相互会社 入社
    1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向

    ・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
    ・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
    ※都道府県委員職は就任順
    ・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
    ・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
    ・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年~)
    ・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
    ・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年~)
    ・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
    ・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
    ・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
    ・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
    ・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
    ・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
    ・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
    ・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
    ・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
    ・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータアドバイザー会議委員(2020年度~)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータ活用研究会委員(2016年度~2019年度)
    ・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)

    日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
    日本労務学会 会員
    日本性差医学・医療学会 会員
    日本保険学会 会員
    性差医療情報ネットワーク 会員
    JADPメンタル心理カウンセラー
    JADP上級心理カウンセラー

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