2017年01月23日

長期少子化社会に潜む負のループ「赤ちゃんを知らない」子どもたち-未婚化・少子化社会データ検証:「イマジネーション力欠如」への挑戦-

生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子

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2|結婚というライフコース決定への影響

赤ちゃんとのふれあい体験が結婚意欲や子どもをもつ意欲にプラスの影響を与えることを述べた。しかしながら、意欲が高まったからといってそれだけで結婚したり子どもを持てたりするわけではない。何かを希望することだけならば一般的にはそれほど難しいことではないからである。意欲をもち、それを実行に移すにはそれなりのパワーが必要となる。

結婚意欲をもつだけでなく、実際に結婚を実行に移す原動力と赤ちゃんとのふれあいの関係性について考えるため、2016年に興味深いデータがやはり国の機関から発表されているのでそれを紹介したい。
図表6は小学校までの「体験」を6分類18項目とし、その体験のうちいくつを経験したかという体験数と20代・30代における未婚既婚の状況をみたものである。「体験」の6分類とは、「自然体験」「動植物とのかかわり」「友だちとの遊び」「家族行事」「地域活動」「家事手伝い」となっている。
【図表6】小学生までの体験の多さと既婚者の割合
図表6からは、小学校までに多くの種類の体験をした回答者ほど、結婚している割合が高いことが見て取れる。小学校までの体験がのちの「結婚」に対する実行上の障壁を低くしているようである。

図表5や図表6をあわせて考察すると、小学生くらいまでの体験の中での赤ちゃんとの触れ合いは、結婚というライフコースの選択をする意欲を高め、なおかつ結婚に踏み切る行動力をも高める可能性をもっていることが示唆されているといえるだろう。

なぜ赤ちゃんとのふれあいが結婚というライフコースの選択につながるのか。これについて、ここで、人間の不安と行動の関係性を指摘しておきたい。
3|経験は不安緩和の良薬

人間の不安と行動の関係性を指摘した研究に関して、ウィスコンシン大学から興味深い研究成果が発表されている。
同大の研究チームによる1946名の献血者に対する調査’Addiction to altruism? Opponent-process theory and habitual blood donation.’4において、献血初心者は不安や緊張がとても高いが、その回数が2回、3回と増えると不安や緊張の度合いが減少していく、という結果が得られた。血液を提供する、といったかなり心身の負担を伴う行動でさえも、慣れてしまえば不安や緊張感はそれほどでもなくなる、という結論である。
別の言い方をするならば、人間は未経験のことには相当の不安や緊張を抱えるものであり、ゆえに、経験があるということがその後の不安を取り除く大きな要因となる、ということである。

そうであるならば、未知のものへのバイアスのまだあまりない子どもの頃に、赤ちゃんと身近にふれあう時間を持つことは「赤ちゃんをもつこと」への不安や緊張をその人間からかなり取り除いてくれることになる。ゆえに図表5のように、赤ちゃんとのふれあい経験の多い人の方が結婚意欲も子どもを持つ意欲も未知との遭遇にならない分、より高くもつことができ、結果として結婚につながるのではないだろうか。

日本は婚外子比率が2%前後で推移している国である。そのため、結婚に関しては漠然とした希望であっても、赤ちゃんを持ちたい、という気持ちはそのまま結婚願望に非常につながりやすい国でもあることも指摘しておきたい。

以上からは、赤ちゃんとのふれあいは「未婚化や少子化を阻止する体験」である可能性が指摘され、また、赤ちゃんとのふれあいが激減する少子化社会がさらに未婚化や少子化を生み出す、という少子化のループが指摘出来るだろう。
 
4 Piliavin, Jane A.; Callero, Peter L.; Evans, Dorcas E,’ Addiction to altruism? Opponent-process theory and habitual blood donation.’,Journal of Personality and Social Psychology, Vol 43(6), Dec 1982, 1200-1213.
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生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

経歴
  • プロフィール
    1995年:日本生命保険相互会社 入社
    1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向

    ・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
    ・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
    ※都道府県委員職は就任順
    ・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
    ・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
    ・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年~)
    ・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
    ・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年~)
    ・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
    ・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
    ・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
    ・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
    ・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
    ・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
    ・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
    ・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
    ・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
    ・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータアドバイザー会議委員(2020年度~)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータ活用研究会委員(2016年度~2019年度)
    ・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)

    日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
    日本労務学会 会員
    日本性差医学・医療学会 会員
    日本保険学会 会員
    性差医療情報ネットワーク 会員
    JADPメンタル心理カウンセラー
    JADP上級心理カウンセラー

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