2017年01月18日

ますます巨大化する米国の大手医療保険会社~国民に医療保障を届ける唯一無二の存在へ-オバマケアの帰趨に左右されない強さ-

松岡 博司

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さいごに

ここまでの本レポートではオバマケアの中で、純然たる民間医療保険会社が純然たる民間商品でもって、公的な規制を課されるという不利益を甘受しつつ、米国民への医療保障の提供に取り組む姿を見てきたが、米国の大手医療保険会社は純然たる公的保険であったはずのメディケア、メディケイドの運営にも関与を強めつつある。グラフ7は医療保険会社の収入保険料をビジネスライン別に見たものである。メディケアの民間関与部分メディケアアドバンテージ、メディケイドの運営を請け負うメディケイドマネージドケア事業の収入保険料が、従来からの民間医療保険事業を上回る勢いで伸びていることが分かるだろう。

この部分では米国の民間医療保険会社は自らを「準公営企業化」するように見せつつ、公的保険の「民営化」を図っているようにも感じられる。このようにして、米国の医療保険会社は米国民への医療保障提供に強く係わり、米国で唯一無二と言い得るような立場を築き上げつつある。
グラフ7 医療保険会社のビジネスライン別収入保険料の推移
「はじめに」でも触れたが、国が補助金を出してまで民間の医療保険への加入を推し進める米国流の改革には違和感を禁じ得ない。公的医療保険のあり方を検討する時には、公的保険事業体と民間保険会社の関係を、わが国のような「民が官を補完する形態」、ドイツのような「一部で民と官が競合する形態」等に分類することが多い。これらと比較すると、米国の形態は「民が官の役割をどんどん代替し浸食していく形態」であり極めて異例である。「民にできることは民で」という考え方から見れば、米国のこうした自由競争と弱肉強食の世界は納得感があるものかも知れない。しかし個人的には、やはりそこは命に関わる医療のこと、100%を民間に任せ、自由競争と自己責任を唱える米国流のやり方には無理があるようにも感じる。ことに頑として民営化させようとしない米国の郵便事業との対比を見るとき、国民生活における重要性は郵便も医療もかわらないのにと感じるだけに不思議な感覚が残る。

実はオバマ大統領は就任当初、国民が加入できる公的保険プログラムを設立し、連邦政府が巨大な保険者として市場に介入し、医療プロバイダーに対しては強い交渉力を行使して医療費を引き下げ、医療保険会社に対しては公的プランをエクスチェンジに提供することでプライスリーダーとなって保険料を引き下げるというプランを持っていたという。これに対し、関連業界は猛反対、激しいロビー活動を繰り広げた。また共和党は大きな政府をもたらすものと大反発、民主党内からも異論が出て、現在の「改革」に落としどころを求めざるを得なかったという。こうした経緯からは従来からのしがらみを打破することができなかったということでしかないのかもしれないとも感じられる。

民間に公的医療保険の代替的な役割を求める場合に危険選択を禁止することは、ドイツにおける「基本タリフ」等でも見られるところである。しかし、上場している規模の大きな営利企業がそうした不利益を甘受しながら期待される役割を果たし続けることは、一定のリスク制御、収益確保の仕組みがないと難しいだろう。

なによりも既往症のある人を収益企業の保険プールに無制限に受け入れることは、健康な人の保険料を引き上げることにつながる。これは、本来、国のお金で行うべき福祉的な事業を健康な人からの利益補填に委ね、健康な人たちの財産を侵害しているということにもなる。

しがらみをいっさい考慮しなければ、弱者たる既往症のある無保険者の保険を引き受ける上では危険選択を行わず、そのことによる損失は官民で負担しあい、一般の人向けには民間が危険選択を行ってビジネスライクに対応するとすることが望ましいだろう。わが国の地震保険や自賠責保険におけるような民間と政府の協力関係も参考になるように思われる。

政府による関与やよけいな規制を嫌う共和党政権がいかなるオバマケア「代替案」を提示するのか、注目したい。

ともあれオバマケアの今後がどう帰着するかにかかわらず、大手医療保険会社は、大統領交代の機会を捉えて、膠着状態にある買収の完遂を求める等、したたかに厳しい環境を乗り切って行くだろう。

なお、もともと医療費の高い米国においても、医学の進歩による最先端医療の導入や画期的な新薬の開発によって医療費のさらなる高騰が続いている。進歩は喜ばしいことであるが、野放図な高騰が続けば、医療保障の根幹が持たないものになってしまう。そうした中、強力な交渉力を持った米国医療保険会社に、医療費の野放図な高騰に歯止めをかける立場を務めることを期待する向きもある。
 
今後とも、米国の医療保険改革の行く末と大手医療保険会社の動向につき、注視していきたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2017年01月18日「基礎研レポート」)

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