2016年12月30日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(前編)-エレクトロニクス系高度部材産業の現状と目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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3世界的な顧客企業の信頼を勝ち得るサポーティングインダストリー

 (1)燕市の東陽理化学研究所および金属研磨職人の事例

オンリーワンのものづくり基盤技術を有する匠の中小企業の中には、世界の大手メーカーからの発注が舞い込む事例もある。例えば、米アップルの携帯音楽プレーヤー「iPod」(2001年11月発売)10の背面のステンレス製ボディー(筐体、外装)の鏡面仕上げを支えたのは、新潟県燕市の地場の金属研磨職人の卓越した研磨技術であったことは有名な話である。この事例を少し詳細に見てみよう。

当時アップルから筐体製造の発注を受けたのは、同市に本社を置く中小企業、東陽理化学研究所(以下、東陽社)だった。1950年に国内初のステンレス電解研磨専門企業として発足した同社は、非鉄金属加工において世界トップレベルの優れた表面加飾技術とハイレベルな品質管理を有し、金型設計からプレス、溶接、組立、表面処理、完成品までを一貫生産ラインによって製造する金属加工の総合メーカーであり、アップルの有力なサプライヤーの1社としての地位を確保し続けている。

東陽社は、自社でプレス加工と付属品のスポット溶接によりiPodの筐体を形づくり、燕研磨工業会に所属する磨き職人が下請けとしてそれを一つ一つ手作業で磨き上げる分業体制を01年に構築したという11。iPodは言うまでもなく大ヒットし、この分業体制では人手不足となり、東陽社は05年に中国に新工場を立ち上げ、ステンレス筐体の生産を本社工場から移管し、労働集約型の研磨工程も約2年をかけてすべて中国に移管されたという12

東陽社のアップルとの最初の取引は、前述のiPodの筐体供給ではなく、ノートPC「PowerBook G4」(2001年1月発表)のチタン製外装の供給だった。アップルが当時開発中のPowerBook G4の厚さを1インチ(25.4ミリ)に抑えるために、薄い金属を加工できる会社を世界中で探し求めていた中、当時のインダストリアルデザイン担当上級副社長のジョナサン・アイブ氏13(現Chief Design Officer(CDO、最高デザイン責任者))の目に留まったのが、自らが愛用していたカメラのチタン外装だったという14。アップルは、その製造元を求めて世界中を探し回り、当時内外のほぼすべてのカメラメーカーからチタン外装を請け負っていた東陽社にたどり着き、98年頃に担当役員が開発中のノートPCの設計図を携えて東陽社を訪れたという15

東陽社は、アップルからの厳しい要求にきっちりと応えて、PowerBook G4のチタン製外装を供給したことを契機に、アップルからの信頼を勝ち取り、前述のiPodの筐体などその後の大口受注につながっていった。PowerBook G4に関わる取引のきっかけ、すわなち東陽社のアップルとの出会いは、まさにセレンディピティ(serendipity)であったと言えよう。

その後、日本有数のアルミ総合メーカーである日本軽金属が、2013年に東陽社の23.6%の株式取得により、同社に資本参加したのに続き、15年には28%の株式買い増しにより、同社を子会社化した。日本軽金属による東陽社の買収は、サプライヤーとしての東陽社に対するアップルからの高い評価、すなわちアップルのサプライヤーに対する目利き力の的確さの一端を証明していると見ることもできるだろう。

(2)日本の中小企業の技術を探し当てるアップルの目利き力と気概
アップルは、部品調達や生産委託を行う主要な取引先を「サプライヤーリスト(Supplier List)」16として2012年から毎年公表しているが、その2016年版(15年実績、16年2月発表)を見ると、日本企業が41社掲載されており、そのうち4社が中小企業である。その4社とは、前述の東陽理化学研究所17の他、熱対策ソリューションや防水・複合成形商品(コネクタ、ユーザー・インターフェース等)を手掛けるポリマテック・ジャパン(本社所在地:埼玉県さいたま市)、液晶パネルやLEDなどに用いられる各種光学フィルムを手掛けるツジデン(同:東京都杉並区)、アルミニウム展伸材のプレスなどを手掛ける錢屋アルミニウム製作所(同:大阪府池田市)である。

アップルへの供給拠点としては、ポリマテック・ジャパンは中国・上海市に立地する事業所1か所、東陽理化学研究所は中国・江蘇省昆山市に立地する事業所4か所、ツジデンは長崎県に立地する事業所2か所、錢屋アルミニウム製作所は中国・広東省東莞市に立地する事業所3か所および同・深圳市に立地する事業所1か所が各々掲載されている(図表3)。

また、アップルは16年8月に発表した「日本におけるAppleの雇用創出」と題したリリース資料の中で、密接なパートナー関係を築いてきた日本のサプライヤー事例として4社を挙げており、大企業の京セラの他、スマートフォン用マイクロレンズユニットなどを手掛ける中堅企業のカンタツ(本社所在地:栃木県矢板市)、スマートフォンなどに使用されるタッチパネル用インキなど各種印刷用インキを手掛ける中小企業の帝国インキ製造(同:東京都荒川区)、自動車、デジタル家電、スマートフォンなどに用いられる合成樹脂塗料を手掛ける中小企業のカシュー(同:埼玉県さいたま市)を挙げている(中堅・中小企業3社はいずれも非上場)。
図表3 アップルの「サプライヤーリスト」2016年版に掲載された日本の中小企業の概要/図表4 アップルと密接なパートナー関係を築いてきた日本の中堅・中小企業の事例概要
アップルとのパートナー関係としては、カンタツについては、アップルがiPhone用の新しい光学テクノロジーの開発のために、13年より同社からカメラ部品を調達しており、同社が持つ技術的な専門知識と機敏さによりスピーディーな増産が可能になったという(図表4)。帝国インキ製造は、07年のiPhoneの登場以来、その製造に携わり続けており、液晶ディスプレイの額縁印刷に用いる同社の高隠蔽・高透明インクのコーティングは、力強く美しいディスプレイだけが見えるようにするための技術として極めて重要であるという(図表4)。また、同社がいち早く取り組んできた環境に配慮した水性インクの開発は、アップルの環境への取り組みを支えているという。カシューについては、アップルとの連携は10年以上にわたり、iPhoneには同社の環境配慮型で優れた耐久性を持つ革新的なコーティングが用いられており、iPhoneに傷が付きにくくする役割を担っているという(図表4)。

このように、アップルが世界中の数多くの企業の中からスクリーニングを行い、日本全国に所在する個別の中小企業が持つ技術をピンポイントで探し当てることに非常に驚かされるが、このことは、アップルが社外の技術知見・ノウハウに関して卓越した情報収集力・目利き力・探索力を有するとともに、製品開発に最適な技術を世界中から何としてでも掘り起こすという強い気概・情熱を持っていることを示していると思われる。

東陽理化学研究所の事例では、前述の通り、アイブ氏が愛用していたカメラが同社を探し当てた発端となっており、日々の偶然の出会いを大事にして、それを手掛かりに貪欲かつ愚直に情報収集・探索を行い、偶然の出会いから「製品開発のブレークスルー=イノベーション創出」にとって重要な情報を引き寄せるスタンス、いわばセレンディピティを実践するスタンスがうかがえる。
 
 
10 ここでのiPodは初代製品を指す。その後iPod miniやiPod nanoなど多くの派生製品が登場した際に「iPod classic」に名称変更されたもので、2014年に販売を終了している。
11 西川修一「快進撃・アップル社支える『日の丸工場』の底力(1)」『プレジデントオンライン』2012年2月13日を基に記述した。
12 脚注11と同様。
13 アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が同社の暫定CEOに復帰した1997年に、インダストリアルデザイン担当上級副社長に就任し、以来同部門を率い同社の主要製品のデザインを統括してきた。2013年にソフトウェア・ユーザーインターフェースを含むデザイン全般を担当するデザイン担当上級副社長に就任、15年に新設の役職CDOに就任した。
14 朝日新聞2005年5月19日「(にいがた経済50人:39)本合邦彦さん 東陽理化学研究所/新潟」等を基に記述した。
15 脚注14に記載した朝日新聞記事では、アップルの担当役員が東陽社を訪れた時期を「7年ほど前」と記載しているため、本稿では98年頃と推定・記載した。明記はないが、訪れた担当役員はアイブ氏であると思われる。
16 アップルの調達総額の97%を占める主要取引先を公表。13年版より取引先企業名とともに、企業毎にアップルへの供給拠点の所在地も公表している。14年版より「上位200社リスト」としている。
17 同社単体の企業規模は中小企業に区分されるが、15年に日本軽金属の子会社となったため、親会社ベースで見ると大企業グループと捉えられる。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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