2016年12月30日

【インド】紙幣刷新で景気下振れも、政治的には成功か

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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紙幣刷新のメリットは長期に渡って続く

来年以降は紙幣刷新によるメリットが期待できる。1つは、本来の目的であるブラックマネー対策だ。政府は旧紙幣の預金口座への入金に対する監視の目を光らせている。不正所得が捕捉されることで一時的に税収が増加し、インフラ整備事業や財政再建への追い風となると見込まれる。長期的にも犯罪・テロの抑制が社会の安定化に、また汚職是正が不公平感の解消やビジネス環境の改善にも繋がるものとみられる。

もう1つのメリットは現金文化からの脱却である。使用不能となった旧紙幣の預け入れにより、現在商業銀行では預金が急増した(図表5)。これは不正蓄財のみならず、これまで金融サービスを利用しなかった層(国民の預金比率は約5割)のタンス預金が銀行に流れ込んだためだ。もっとも新たに流入した資金が新紙幣で引き出しされれば預金の減少となるが、全額引き出されるとは考えにくく、ネットで見れば預金は増加すると思われる。インドの商業銀行は不良債権処理に窮しており、昨年から続く中央銀行の金融緩和が貸出金利に十分に波及してこなかったが、今回の預金の急増を受けて商業銀行は資金運用の3分の2を占める貸出にも徐々に積極的になるとみられ、冷え込んだ民間投資の追い風になることが期待される。

また現金不足が電子決済の普及を後押しし、キャッシュレス社会の到来が一層早まるともみられている。地場の電子決済サービス大手Paytmでは紙幣刷新から1ヵ月余りの間に新規利用者数が2千万人増加(利用者合計1億7千万人)した。電子マネーやオンラインバンキングなどの電子決済は慣れない人にとってはハードルがあるものの、今回のように半強制的にでも人々がその利便性に気付くことで電子決済が浸透していくだろう。今後は決済インフラの投資拡大も見込まれ、長期的に生産性の向上に寄与していくとみられる。

以上のとおり、今回の紙幣刷新による経済的影響は、短期的には景気の下振れに繋がるものの、その後は長期に渡ってプラスの影響が上回ると考えられる。
 

国民の反応は良好、政治的には成功か

国民の反応は良好、政治的には成功か

紙幣刷新の手法を経済的な面だけで考えると、今回のように景気の下振れを伴ってまでブラックマネーの対策を主眼に置いて唐突に実施するよりも、計画的に廃貨を進めることで景気の下振れをなくしつつ、現金文化からの脱却をターゲットにした方が良かったように思える。恒常的にインフレ率の高いインドにおいて不正資金を現金のまま寝かせておくのは不利なので、大半が既にマネーロンダリングで不動産や宝飾品などに換えられているほか、保有する旧紙幣も仲介人を使って新紙幣に交換する動きもあり、本来の地下経済対策の効果は限定的ではないだろうか。

このように考えれば国民の不満は高まりそうだが、実際には今回の紙幣刷新に対する国民の評価は高い。支持率が80%を超えるモディ政権に対する国民の信頼が厚いこともあるが、何より自身の経済的困窮よりも不正所得で潤ってきた悪人に大打撃を与えたという痛快さが上回ったためであろう。現在のところ唐突の紙幣刷新の判断は政治的に成功していると言える。

来春にはウッタルプラデシュ州(5月)やパンジャブ州(3月)など5州で州議会選挙が実施される。与党が少数派である連邦議会の上院の議席数を増やす上で負けられない選挙である。今回の突然の紙幣刷新が野党の資金源を封じ込めたとも指摘されており、このまま高い支持率が続けば与党が勝利する可能性は高いだろう。ねじれ議会を解消してモディ改革を加速できれば、2019年の総選挙で勝利し、長期政権が見えてくる。しかし、一ヵ月程度の現金不足に国民感情が耐えたとしても、現在拡がっている経済への悪影響が認識されるなかで支持率が低下する可能性もある。紙幣刷新に対する国民感情がどう変化するかは注目すべきポイントだ。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2016年12月30日「基礎研レター」)

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