2016年12月27日

マレーシア・ジョホールバルの住宅市場~供給過剰のイスカンダル計画にさらなる巨大プロジェクトが追加~

増宮 守

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3.不動産投資ブームと需給懸念

リーマンショック以降の市況回復局面では、アジア全体で不動産投資ブームが盛り上がり、ジョホールバルでも大幅な不動産価格の上昇がみられた。個人投資家の主要な投資形態である住宅投資では、先行分譲時に権利を取得し、価格が上昇した後、完成前に売却してもかなりの売却益が得られた。物件の登記手続きが不要な完成前の売却では、代金の支払いも一部で済むなど、外国人投資家にも都合が良く、シンガポール人を中心に外国人投資家による投資が活発になった。

しかし、価格高騰が一巡した後は供給過剰が顕在化し、最近では、販売在庫の積み上がりから、一部で大幅な割引販売も実施されている。実際、マレーシア政府の統計によると、ジョホールバルの住宅販売額は2015年に前年比で32%縮小していた。
 
そもそもイスカンダル計画では、シンガポールおよび世界での注目度の高さから、当初から海外投資家の取得を見込んだ大規模な住宅プロジェクトが無数に進められてきた。現在、建設中および建設予定の住宅は、ジョホールバルで35万戸1にも及ぶとみられている。これは、全シンガポールの既存の民間住宅戸数を上回る規模である。

住宅開発の中心であるイスカンダル・プテリなどでは、投資家である外国人富裕層の嗜好に合わせた高級物件の開発がほとんどを占める。高層コンドミニアムや戸建て、セミデタッチハウスなどの高級物件では、分譲価格がマレーシア人中間層の取得可能な価格帯から乖離している。

また、そのような高級物件は、賃貸市場に出す際もマレーシア人入居者の確保が難しい。賃貸仲介業者のサイトをみると、イスカンダル・プテリではシングル用物件で月額1,500RM2~、2人以上用の物件で月額2,500RM~などの物件が並んでいる。一方、ジョホールバルでの平均的な収入(図表-3)をみると、一部の上級職者でなければこれらの高級物件の賃借は難しいことがわかる。さらに、持ち家比率が高く、上級職者の多くは既に自宅を保有していることから、賃貸住宅を利用するマレーシア人が高級物件を選ぶケースはほとんど期待できない。そのため、これらの高級物件が入居者を確保するには、高所得の在留外国人という非常に限られた層を狙う必要がある。
図表-3 ジョホールバルの平均月給
マレーシアでは外国人労働者が多く、国内労働人口における外国人比率は高い3。しかし、その多くはインドネシアなどの周辺国から出稼ぎに来た低賃金労働者である。そのため、高級物件の需要に関しては高所得の在留外国人に限ったデータを見る必要がある。そのようなデータは乏しいものの、一定以上の経済力がある外国人の受け入れ制度であるMM2H(Malaysia My Second Home4)がひとつの参考になる。しかし、当制度による在留外国人の増加ペースは、加速どころか2014年以降減速している(図表-4)。マレーシア全体で年間2,000人程度しか増えておらず、ジョホールバルの賃貸住宅需要を支える規模には全く届いていない。

また、ジョホールバルでは、引退者に加え、現役のシンガポール人が移住してシンガポールに通勤するケースの増加も期待されている。しかし、シンガポール国内で安価な公団(HDB)に居住しているシンガポール人にとって、ジョホールバルに移住するメリットは必ずしも高くない。むしろ、多くのシンガポール人は投資家としてジョホールバルの住宅を保有しており、入居者を探す立場にある。
図表-4 MM2H許可人数
また、日本人に着目すると、ジョホール州の在留邦人数は1千人強5でシンガポール在留の36,963人(2015年)に比べると桁違いに少ない。その上、在留邦人の多くはパシル・グダン(図表-2D)の石油化学関連企業などに勤務し、パルマスジャヤなどの東部エリアに居住している。新たな開発の中心であるイスカンダル・プテリなどに日本人の賃貸住宅需要はほとんどみられず、新設のインターナショナルスクールに通う家族のようなニッチなケースしかない。

日本人以外でも、ジョホールバルでの駐在員等の在留数はシンガポールでの在留数に対して圧倒的に少ない。そのため、高所得の在留外国人が増加するには、グローバル企業の進出が飛躍的に増える必要がある。実際、イスカンダル計画が進むにつれ、米系のチョコレートメーカーの工場や、英系の映画会社の撮影所、複数のインターナショナルスクールなどが進出してきた。このような動きは今後も期待できるものの、住宅市場については、概して賃貸住宅需要の成長に大きく先行した過剰な開発と先行分譲が進められてきたことが明白である。
 
1 マレーシアNational Property Information Centreによる。
2 2,000RM(マレーシアリンギット)=5万円強(2016/12/26時点、1RM=約26.2JPY)。
3 The Labour Force Survey Report, Malaysia, 2012によると外国人労働者の比率は13.5%で約170万人。ただし、それ以上の人数の非合法の外国人労働者がいるともいわれている。
4 最長10年の長期滞在ビザ(更新も可能)。主な条件は50万(50歳以上は35万)RM以上の財産証明と月額1万RM以上の収入証明、かつ30万(50歳以上は15万)RMをマレーシアの金融機関に定期預金する。50歳以上は定期預金に替えて毎月1万RM以上の年金受領証明でも可。今後、ビザ取得条件は厳格化する方向とみられる。
5 ジョホール州の在留邦人数は2014年10月時点で1,148人。2015年にジョホールバル出張駐在官事務所が閉鎖となり、以後の数値は非公表。
 

4.さらなる巨大プロジェクトの始動

4.さらなる巨大プロジェクトの始動

このように高級住宅の供給過剰が深刻な中、2016年にフォレストシティという新たな巨大プロジェクトが始動した。イスカンダル・プテリ南方のジョホール海峡に4つの人口島を造成し、その上に巨大な環境複合都市を開発するという前例をみないプロジェクトである(図表-5)。マレーシア政府は、フォレストシティにおける今後20年の総投資額は、当初のイスカンダル計画全体の約半分に相当する1,758億RMを見込んでいる。また、フォレストシティ内の人口は70万人に達すると予想されており、1戸に6人が居住するとしても新たに10万戸以上の住宅物件が供給されることになる。

フォレストシティは、先行する他のプロジェクトよりもシンガポールに近い地理的優位性や、新たな環境都市のコンセプトによって一層のブランド価値を形成しようとしている。セカンドリンクからの直結道路およびフォレストシティ内のCIQ6の建設を予定しており、特にシンガポールへのアクセスに優れたエリアになると見込まれる。また、行政面でも、免税商業区域や進出企業への優遇税制などを設定し、内外を問わず店舗および企業の誘致に積極的である。さらに、フォレストシティ内の不動産は、土地権利形態が所有権となっているが、マレーシアの不動産は99年やそれ未満の期限付き借地権が一般的なため、特別な不動産投資エリアになるといえる。
図表-5 フォレストシティプロジェクト
 
6 Customs税関、Immigration入国管理局、Quarantine検疫所・動物検疫所・植物防疫所の略称。
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増宮 守

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