2016年11月30日

【アジア・新興国】韓国政府が個人年金法の制定案を立法予告-個人年金は今後普及するだろうか?-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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2――2016年11月8日、韓国政府が個人年金法の制定案を立法予告4

上記で説明した理由等で老後の所得保障に関する関心が高まるにつれて、韓国における個人年金の積立金は2015年末現在292.1兆ウォン5まで増加する等、量的な成長が目立っている。しかしながら個人年金は税法と銀行法、そして資本市場法と保険業法等の規制が行われており、年金加入者の間では法律が複雑で、年金資産を効率的に管理することが難しいという不満の声が高まった。また、税制の変化6等により新しい年金商品が開発されることにより、旧商品よりも新商品に力を入れるあまり、中途解約率7が高くなり、個人年金が年金としての長期的役割を十分に果たしていないという指摘もあった。そこで、金融委員会と金融監督院は、消費者が年金資産をより効率的に管理できるように、これまで分散していた個人年金関連法を一つにまとめて、個人年金法を制定する方針を固めた。

金融委員会は、今年の5月31日に「個人年金法の制定方向」を発表し、11月8日に「個人年金法」を制定する趣旨と主要内容を国民に知らせ、国民の意見を聞くために個人年金法の制定案を立法予告した。個人年金法の制定案は、12月19日まで公布され、その後国会で成立すると1年後に公表・施行される。個人年金法の制定案の主な内容は次の通りである。
 
(1)個人年金商品の範囲を拡大
・現在、韓国の税法上で認めている個人年金商品(保険、信託、ファンド)に投資一任型年金商品を追加することを認める。

・個人が金融機関から専門的な年金資産の管理サービスが受けられるようにモデル・ポートフォリオ8、デフォルト・オプション9等を導入する根拠を用意する。

・年金の受取開始年齢は50歳以降で、5年以上に分割して受領することを条件として販売することを求める。
 
(2)個人年金口座の導入
・個人年金を販売する金融機関は、加入者が年金資産のポートフォリオ、収益率及び費用、老後にもらえる年金の受給額を一律的に確認・管理できるように個人年金(税制適格年金10、非適格年金保険、個人型退職年金口座(IRP))を契約する際に「個人年金口座」11を開設する義務がある。

・個人年金を販売する金融機関は、加入者が個人年金口座の年金資産を確認し、資産管理ができるように必要な情報を提供する(定期的に保険料の納付状況、年金資産の評価額、年金商品の内訳、手数料の支払い等)。

・金融機関は急激な株価や金利の変動など金融市場に大きな変化がある時には加入者に連絡をする必要がある。
 
(3)個人年金を販売する金融機関の登録・業務・義務
・個人年金を販売する銀行、保険会社、証券会社等の金融機関は自己資本比率、専門人材、電算設備等の要件を揃えてから金融委員会に「年金事業者」として登録をする必要がある。

・個人年金を販売する金融機関は、個人年金口座の開設及び管理、保険料の受領、年金資産の運用状況の記録・保管・通知、年金の支給等の業務を担当する。

・個人年金を販売する金融機関は、年金資産の安定的な管理のために、業務を遂行するのにおいて忠実義務や善管注意義務12(善良な管理者としての注意義務)等を徹底する。
 
(4)年金加入者の保護
・個人年金の加入者が加入してから一定期間以内に解約を希望する場合、違約金なしで解約の申し入れをすることができる。

・個人年金の受給権を保護するために個人年金資産に対する差し押さえを一定部分制限する。

・多様な年金商品を比較・選択できるように収益率及び手数料等を標準化する。

(5)国の責務等
・国民に対して総合的な年金情報を提供する。

・年金政策を総括的に調整・協議する「年金政策協議会」で調整・協議された事項を推進する「年金実務委員会」の運用根拠を規定する。
 
今回の個人年金法の制定案の中で最も目立つのは「投資一任型商品」の導入である。今まで、韓国で個人年金は高齢者の老後所得に直接的な影響を与えるということで、収益性よりは安全性が重視されてきた。しかしながら「投資一任型商品」は、加入者から投資に関するすべての権限が委任された金融機関が加入者の投資性向に合わせて年金資産を運用する商品である。期待リターンが高いがそれだけリスクも高い。「投資一任型商品」が個人年金として許容されると、「投資一任型商品」に強い証券会社は多様な商品を市場に提供することにより、より多くの加入者を獲得すると見通される。一方、現行法上、「投資一任型商品」を扱うことができない銀行は、このままだと多くの顧客を失うと判断し、「投資一任型商品」関連商品が販売できるように「特例」の設定等、政府に対して法律の改正を求めている。
 
4 立法予告とは、行政手続法の規定に基づき、法律を制定、改正又は廃止する際に、官報、広報、インターネット、新聞等を通じて法案に対する意見を募集する制度である。
5 税制適格108.7兆ウォン(保険81.1兆ウォン、信託15.3兆ウォン、ファンド8.8兆ウォン)と税制非適格183.5兆ウォンの合計。
6 旧個人年金貯蓄(1994.06~2000.12、納入額の40%が所得控除)→年金貯蓄(2001.01~2013.02、400万ウォンの所得控除)→新年金貯蓄(2013.03~現在、400万円の税額控除)
7 経過年度別年金解約率:1年目の解約率11.4%、3年目の解約率24.5%、10年目の解約率43.5%。
8 投資信託の販売用資料において、投資家の判断材料として、実際の運用前に組入資産の国別比率や通貨別配分比率、さらに上位組入銘柄などを示したものである。
9 年金加入者が加入時に運用方式を指定しなくても、金融機関が構成した投資のポートフォリオに基いて年金が運用されるシステム。
10 所得税法上、保険料に対する税額控除等が適用される年金商品。
11 個人年金口座は仮想口座であり、実際の年金資産は年金商品(保険、信託、ファンド、一任)の契約によって管理。
12 業務を委任された人の職業や専門家としての能力、社会的地位などから考えて通常期待される注意義務のこと。
 

3――おわりに

3――おわりに

韓国の老人貧困率は49.6%でOECD加盟国の中で最も高く、高齢者の所得保障政策は急務である。しかしながら、韓国政府は公的年金の持続可能性を高めるために、1998年の年金改正で60歳であった国民年金の支給開始年齢を2013年から5年ごとに1歳ずつ引き上げ、2033年以後は65歳にすることを決めた。また、2008年に50%であった国民年金の所得代替率は毎年0.5ポイントずつ引き下げており、2028年の所得代替率は40%(40年間保険料を納めた時の所得代替率)まで低下する。

公的年金の支給開始年齢が引き上げられる一方、所得代替率が引き下げられると、退職年金や個人年金等の私的年金に頼る部分がより大きくなる。しかしながら、韓国における私的年金は他の国に比べてまだ普及していない。保険開発院の調査結果によると、韓国の対GDP比私的年金資産の割合は7.3%(2014年基準)で、OECD加盟国の平均37.2%を大きく下回っている。公的年金と私的年金を合わせても老後所得が保障されない高齢者が多いと言える。このような韓国の状況を考えると、韓国政府は、個人年金法の制定により私的年金の活性化や普及を目指すだけではなく、財源を確保し、公的年金の所得保障もより充実させる必要がある。まずは、個人年金法の制定が個人年金の普及にどのくらい貢献できるのか関心を持って見守りたい。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2016年11月30日「保険・年金フォーカス」)

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