2016年11月18日

トランプ・ショックと欧州-現実味帯びるポピュリズム伝播、試金石として注目されるイタリア国民投票-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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現実味を帯びるポピュリズムの伝播懸念

欧州にとって、通商関係、安全保障などの面で対米関係に起こり得る変化や、市場のボラタイルな動き以上に悩ましいのは、英国発、米国経由で、欧州大陸にポピュリズムの伝播が広がることだろう。

英国のEU離脱、米国でトランプ大統領誕生を後押ししたのは、現状に強い不満を持つ有権者だった。英国、米国ともに、キャンペーン期間の勝者の主張は「いいところどり」で、そのままの形で公約を実現することは困難だ。ともに移民を多く受け入れてきた国でありながら、移民の差別を助長する面があり、国家の分裂を深めた。それでも、主流派による既存政治に不満を持ち、主流派寄りのメディアは嘘をついていると感じる有権者は、主流派の主張には耳を傾けず、変化を選んだ。

欧州大陸諸国は、国内格差という面では米英ほど顕著ではないが、高失業、財政緊縮、テロ、難民危機に悩まされてきたために、現状に不満を持つ有権者は多い。財政緊縮を求めるEU、ユーロは既存の体制の象徴として標的となりやすい。

しかも、12月4日のイタリアの上院の権限縮小のための憲法改正の是非を問う国民投票、オーストリアの大統領選挙を皮切りに、17年春はオランダで総選挙、フランスで大統領選挙、議会選挙、秋にはドイツで総選挙、18年春にイタリアの総選挙と民意を問う機会が続く。

17年選挙で台風の目と見なされるオランダの「自由党」のウィルダース党首、フランスの「国民戦線」のルペン党首、ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」のペトリー党首、イタリアの「五つ星運動」の指導者ベッペ・グリッロ氏らだ。

彼らは、揃って米国のトランプ大統領選出という選択を祝福し、自らの勝利につなげようとしている。
 

試金石として注目されるイタリアの12月4日の国民投票

試金石として注目されるイタリアの12月4日の国民投票

12月4日に予定されるイタリアの国民投票は、英国発、米国経由の欧州大陸へのポピュリズムの伝播の試金石として注目を集めやすくなっている。

レンツィ首相は、国民投票で、憲法改正案が否決された場合には辞任する方針を示して、有権者に「賛成」を呼びかけてきたが、世論調査では、「否決」が優勢を保っている。

実は、国民投票の否決自体は、現状を大きく変える訳ではない。仮に、首相が辞任した場合も、大統領が後継首相を指名し、早期選挙を回避する道が探ると考えられるからだ。

しかし、欧州大陸へのポピュリズムの伝播のリスクを意識する市場は、否決という結果に激しく反応する可能性はある。そもそも、上院の権限縮小は、下院と上院の権限が同等であるために法案の制定に時間が掛かり、法案が骨抜きにされるため、改革が進まない事態を打開する目的がある。国民投票の否決に続き、改革を推進してきたレンツィ首相が辞任すれば、改革停滞と政局の混乱というメッセージと受け止められるだろう。

国民投票を乗り切ったとしても、イタリアの政治リスクへの警戒は続く。18年4月までには、総選挙を実施しなければならないからだ。足もとの世論調査の政党支持率では、ユーロ離脱の国民投票を実施する方針を掲げる五つ星運動が、レンツィ首相率いる民主党と並ぶ。次期総選挙では第1党となる可能性がある。五つ星運動が、ユーロ離脱の是非を問う国民投票にまで踏み込まないにせよ、15年のギリシャのように、経験不足の政権による混乱が生じるおそれは十分にある。今年6月の地方選挙では五つ星運動がローマとトリノで勝利、ローマ市長にはビルジニア・ラッジ氏、トリノ市長にはキアラ・アペンディーノ氏が就任したが、ローマ市政には混乱が生じている。

足もとの長期金利は、最も信用力が高いドイツ国債でも上昇しており、リスク回避傾向の強まりを示すユーロ圏内の対ドイツ国債スプレッドの広がりは全体に抑えられている。そもそも、ECBが15年3月に国債の買入れを開始した後は、15年夏のギリシャの国民投票を巡る混乱や今年6月の英離脱選択というショックが起きても、スプレッドは拡大し難くなっている。

その中にあって、イタリアの広がり方はポルトガルに次いで大きい(図表4)。ポルトガルの場合は、主要な格付け会社4社のうち同国を投資適格としているのは1社だけで、同社が格下げすれば、現在の国債買い入れのルールを適用すれば、対象から外れるという段階にある。イタリアの格付けは、4社のうち1社は、投資適格の最低水準と評価しているが、他の3社は余裕がある。それでも、スプレッドが拡大しているのは、国民投票を控えた政治面での不透明感が嫌われているからだろう。
 

欧州委は17年度予算案の事前評価でイタリアの主張に理解。スペイン、ポルトガルも制裁せず

欧州委は17年度予算案の事前評価でイタリアの主張に理解。スペイン、ポルトガルも制裁せず

欧州委員会は11月16日に発表したユーロ参加国の17年度(1~12月)予算案の事前審査で、イタリアを含む6カ国(他にベルギー、キプロス、リトアニア、スロベニア、フィンランド)について、中期目標からの逸脱リスクがあると指摘した。うち、フィンランドとリトアニアは、構造改革や投資のための支出については乖離を認めるルールが適用されるとした。イタリアの難民危機や地震による支出増が目標からの逸脱の原因という主張についても一定の理解を示した。

財政赤字の名目GDP比が3%を超え、過剰な財政赤字是正手続き(EDP)の対象となっているフランス、スペイン、ポルトガルの3カ国のうち、スペインとポルトガルの取り組みは不十分としながらも、EU予算からの補助金の停止などの制裁の発動は求めない方針を示した。

欧州委員会の判断は、緊縮策を強いるEUへの反発を強める民意に配慮した面があると言われる。現下の判断としては、おそらく適切だろう。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2016年11月18日「Weekly エコノミスト・レター」)

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