2016年11月17日

再び注目される副業-人事実務からみた課題と方向性

松浦 民恵

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3――副業の課題と方向性

1副業の容認・推奨は「緩やかな運用」が認められないと難しい面も
勤務先の労働時間以外の時間は従業員の私生活であり、その時間に何をしようと基本的には従業員の自由である。ただし、副業を行うことが本業に何らかの悪影響を及ぼす場合には、本業の勤務先が何らかの対応をとらざるを得なくなる。具体的には、副業が深夜、長時間もしくは重労働等であれば、疲労により本業の生産性に支障をきたすだけでなく、労働安全の管理や配慮上の問題も生じる。競合企業で副業すること、もしくは本来は本業のなかでやるべき仕事を個人として請け負うことは、機密漏洩のリスクが大きいだけでなく、本業の経営の競争力を低下させる事態につながる。副業の勤務先や内容に、コンプライアンス上の問題があれば、本業の企業の対外的信用を傷つける懸念が大きい。

このように、従業員の私生活上の自由と、企業の人事実務上の責任・権限の間で、どこに最適着地点を見つけるかによって、副業を禁止するか、あるいは容認・推奨するかといった判断は分かれてくる。ただ、企業としては副業による本業への悪影響を回避する手立てを持っておく必要があることから、ほとんどの企業が副業禁止規定を設けている。労務行政研究所(2015)「緊急調査 企業のマイナンバー対応状況アンケート」によると、就業規則に副業禁止規定を有している企業は83.5%を占める。

同じ調査で副業禁止規定のある企業に対して、副業発覚時の対処についてたずねた結果をみると、「極端な事案にだけ対処する」(35.3%)、「副業を禁止している以上、厳格に対処する」(32.2%)が上位2位で拮抗している。また、規模1000人以上の企業では「分からない」(24.3%)も4社に1社にのぼる。

企業が副業を容認・推奨するにあたって、副業を許可制にしたとすると、副業先の就業形態を把握したうえで、雇用関係の場合には労働時間の通算を行う必要性が確実に出てくる。たとえば、労働時間管理が難しいからといって、自営業主としての副業に限って許可するということも考えられるが、従業員にとって自営という働き方がベストかどうかは状況によるし、このような理由で従業員の私生活領域である副業を制限することが、裁判等で認められるかどうかははっきりしない。

現状において、企業が労働時間管理を始めとする人事実務上のネックを回避しながら副業を容認・推奨するためには、本業に悪影響を及ぼすケース等を列挙した限定的な副業禁止規定を設け、それ以外の副業については関知せず、自己責任に委ねるという選択肢も考えられる。ただ、マイナンバーの導入に伴い、従業員の賃金以外の収入の存在を企業が把握しやすくなるなかで、従業員の副業に関知しないという「緩やかな運用」がどこまで世の中に許容されるかというリスクは残るだろう。

今後の方向として、労働時間管理に対して、柔軟な実務対応が制度的に認められるようになれば、副業がしやすくなるのはないかという見方があるかもしれない。2015年4月には「労働基準法等の一部を改正する法律案」が第189回国会に提出された。この法案は継続審議となっているが、企画業務型裁量労働制の対象業務の追加(課題解決型提案営業、裁量的にPDCAを回す業務)、一定以上の年収(平均給与の3倍を相当程度上回る水準として省令で定める額以上)で高度な専門的知識を必要とする「高度プロフェッショナル」に対する労働時間規制の適用除外等が盛り込まれている。

裁量労働制については、実労働時間による労働時間の算定は免除されているものの、現状においても健康福祉確保措置が求められている。「高度プロフェッショナル」については、裁量労働制には適用されている深夜割増賃金も含めて労働時間規制が適用除外となるが、新設される「健康確保規制」のなかで、「事業場内にいた時間」と「事業上外における労働した時間」(事業場外に限って自己申告が認められる)との合計時間(健康管理時間)を把握することが求められている。また、「健康確保規制」の選択的措置として、(1)勤務間インターバルを設け、かつ深夜労働の回数を制限すること、(2)健康管理時間を一定以内に制限すること、(3)一定の日数の休日を確保すること、のいずれかを講じる必要がある。

つまり、裁量労働制や「高度プロフェッショナル」においても、従業員が副業をする場合に、健康確保等に係る規制の責任を本業の勤務先、副業の勤務先のどちらが担うかを、まずは明確にする必要がある。ただし、本業の勤務先がこれらの責任を担うことになったとしても、従業員の健康を確保するために、副業先の労働に、どの程度の権限をもって具体的な影響を及ぼし得るかは微妙な部分がある。また、「高度プロフェッショナル」についても、労働時間管理は免除されるが、「健康管理時間」の管理は求められている。ここまでみていくと、現在進行中の労働基準法改正の動きも、企業による副業の容認・推奨の普及に必ずしも直結しない可能性が高い。
 
図表3:就業規則における副業禁止規定の有無
図表4:副業禁止規定のある企業における副業発覚時の対処
2非正社員の副業に対する政策的対応
非正社員の副業については、厚生労働省(2004)が指摘する「本人が望まないにもかかわらず所得を確保するためやむを得ず選択する場合」に該当する可能性が高いと推測される。また、正社員に比べれば本業の労働時間が相対的に短い可能性が高いとはいえ、副業先の労働時間如何では過重労働となる懸念はぬぐえず、副業が複数に及べばその懸念はより大きくなっていく。

非正社員の副業については、現実的な所得確保の必要性が存在すること、本業での役割がもともとは制約的であったこともあり、正社員ほどには厳しく制限されてこなかったと推測される。最近みられるようになった一部企業での副業の容認・推奨の動きも、政策面での副業への期待も、どちらかといえば正社員の副業を念頭に置いているようにもみえる。

ただし、非正社員の副業については、労働者保護、社会保険の適正な適用の面で、むしろ正社員の副業以上に、政策的な支援が求められている。正社員を希望しているにもかかわらず、やむを得ず非正社員になっているケースについては、もちろん正社員転換に向けたキャリア形成支援も重要であるが、現実的に副業が必要な非正社員に対して、どのような形で労働者保護や社会保険の適正な適用を図っていくかという観点からの、中長期を見据えた議論も求められるところである。
【主な参考文献】
 
大木栄一(1997)「マルチプルジョブホルダーの労働市場-雇用労働者の副業実態」『日本労働研究雑誌』No.441、pp.34-40。
小倉一哉・藤本隆史(2006)「サラリーマンの副業-その全体像」『日本労働研究雑誌』No.552、pp.4-14。
株式会社リクルートキャリア(2015)『平成26年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業報告書』中小企業庁委託事業・経済産業省発表。
國武英生(2015)「農業と労働法-農業就業者の労働法の適用と労基法の適用除外に着目して」『日本労働研究雑誌』No.675、pp.69-77。
倉田賀世(2016)「マルチジョブホルダーをめぐる社会保障の課題-とりわけ被用者保険制度を対象とする比較法的検討」『日本労働研究雑誌』No.676、pp.69-77。
厚生労働省(2001)『ワークシェアリングに関する調査研究報告書』。
厚生労働省(2004)『仕事と生活の調和に関する検討会議報告書』。
厚生労働省労働基準局(2014)『労働基準法解釈総覧 改訂15版』労働調査会。
紺屋博昭(2016)「兼業・副業をめぐる労働法の問題点と今後の課題」『日本労働研究雑誌』No.676、pp.59-68。
社団法人情報サービス産業協会(2005)『情報サービス産業における多様就業型ワークシェアリングの実践-平成16年度多様就業型ワークシェアリング業種別制度導入事業-』厚生労働省委託事業。
日本労働研究機構(1995)『マルチプルジョブホルダーの就業実態と労働法制上の課題』資料シリーズ1995、No.55。
日本労働研究機構(1996)『マルチプルジョブホルダーの就業実態と労働法制上の課題Ⅱ』資料シリーズ1996、No.67。
根本到(2006)「副業をめぐる法的規制と労働者の私生活の自由-ドイツとの比較から考える」『日本労働研究雑誌』No.552、pp.15-25。
荻原牧子・戸田淳仁(2016)「『複業』の実態と企業が認めるようになった背景」『日本労働研究雑誌』No.676、pp.46-58。
働き方改革実現会議「第2回議事録」 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai2/gijiroku.pdf 。
労働政策研究・研修機構(2005)『雇用者の副業に関する調査研究』労働政策研究報告書No.41。
労働政策研究・研修機構(2009)『副業者の就労に関する調査』JILPT調査シリーズNo.55。
労務行政研究所(2015)「緊急調査 企業のマイナンバー対応状況アンケート」『労政時報』第3901号、pp.34-54。
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松浦 民恵

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(2016年11月17日「基礎研レポート」)

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