2016年11月16日

大学卒女性の働き方別生涯所得の推計-標準労働者は育休・時短でも2億円超、出産退職は△2億円。

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

文字サイズ

1――はじめに

「女性の活躍促進」政策により、仕事と子育ての両立環境の整備が進められている。しかし、依然として、女性が働き続けることは容易ではない。都市部では保育園待機児童解消の目処が立たず、預け先に困る家庭が多い。また、保育園を確保できたとしても、認可外では保育料が月10万円を超えることも多く負担が大きい。さらに、子どもが風邪を引いて病児保育などを利用すると、給与がほとんど消えてしまい何のために働いているのか疑問に感じる、という声も聞く。加えて日本では、依然として夫婦の家事・育児分担が妻に偏る家庭が多く、両立の困難さに悩む女性は多い。

よくこういった女性の就業継続の話題が出ると、経済的にも身体的にも厳しくても、いったん離職すると2億円の機会損失になってしまう、という話が出る。この2億円には、内閣府「平成17年国民生活白書」における大卒女性標準労働者1の生涯所得推計値が引用されることが多い。しかし、これは約10年前の値であり、時代の変化を追えていない。

本稿では、大学卒女性の生涯所得について、最新の賃金等の統計データを利用するとともに、女性の働き方が多様化2する現状に対応するよう複数ケースを設定して推計を行う。
 
1 学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者。
「改正育児・介護休業法」にて、例えば、育児休業制度は、2016年より正社員以外の利用条件が緩和。短時間勤務制度は、2012年より従業員規模によらず3歳未満児養育中の労働者(正社員以外でも条件により利用可能)に対して義務化。また、子の看護休暇取得条件の緩和、マタハラ防止措置などもある。
 

はじめに

2――近年の女性の就労状況

まず、生涯所得推計の前提として、近年の女性の就労状況について、詳しく見ていきたい。
 
1女性の労働力率の変化~既婚女性の労働力率上昇と未婚女性の増加でM字カーブは解消傾向

総務省「労働力調査」によると、15歳以上の女性の労働力率は、2005年から2015年にかけて、48.4%から49.6%(+1.2%pt)へとわずかな上昇にとどまる。労働力率の比較的高い若年層の人口が、少子化で減少しているため、女性全体では大きな変化はないようだ。しかし、年代別に見ると、30代を中心に上昇しており、M字カーブは解消傾向にある(図表1)。この背景には、出産・子育て期の有配偶女性の労働力率が上昇していることと(詳しくは後述)、もともと労働力率の高い未婚女性が増えていることがある。
図表1 女性の労働力率の変化
2女性雇用者の雇用形態別割合~女性全体の6割が非正規、高年齢層ほど多い。

女性の労働力率は、30代を中心に上昇しているが、その多くは非正規雇用者である。総務省「労働力調査」によると、女性雇用者に占める非正規雇用者の割合は、1990年代以降、いずれの年代でも上昇傾向にあり、特に若年層における上昇幅が大きい(図表2)。若年層では、バブル崩壊後の景気低迷の影響を受け、新卒時に正規雇用の職に就けずに非正規雇用者として働く者が増えている。一方、35歳以上では、昔から、出産・子育てでいったん離職してパート等で再就職する女性が多いため、非正規雇用者率は高水準で推移している。なお、2015年の女性雇用者に占める非正規雇用者の割合は、全体では56.3%である(図表3)。35歳未満では正規雇用者の方が多いが、35歳以上では非正規雇用者の方が多くなり、年齢が高いほどその割合は高まる。
図表2 女性雇用者に占める非正規雇用者の割合の推移/図表3 女性雇用者における雇用形態別割合(2015年)
3結婚・出産後の妻の就業継続状況~寿退社2割、出産後も過半数が就業継続、育休利用は4割。ただし、出産後の就業継続状況は就業形態で大きな差。

先に、30代を中心に既婚女性の労働力率が上昇していると述べた。ここでは、結婚・出産後の女性の就業継続状況を詳しく見ていく。

国立社会保障人口問題研究所「出生動向基本調査」によると、結婚後、及び第1子出産後の妻の就業継続率は上昇している(図表4)。結婚後に就業継続した妻の割合は、結婚年が1985~89年では56.6%だが、2010~14年では72.7%(+16.0%pt)である。また、第1子出産後に就業継続した妻の割合は、第1子出産年が1985~89年では24.1%だが、2010~14年では38.3%(+14.2%pt)である。

なお、結婚・出産前就業者に絞って計算し直すと、結婚後に就業継続した妻の割合は、結婚年が1985~89年では60.3%だが、2010~14年では81.0%(+20.7%pt)である。また、第1子出産後は、第1子出生年が1985~89年では39.2%だが、2010~14年では53.1%(+13.8%pt)である。

また、育児休業利用率も上昇している。第1子出産年が1985~89年では5.7%(出産前就業者の9.2%)だが、2010~14年では28.3%(+22.6%、出産前就業者の39.2%で+29.9%)へと上昇している。

しかし、育休利用率は、妻の就業形態により差がある。第1子出生年が2010~14年では、正規の職員が59.0%、パート・派遣が10.6%、自営業等は8.7%であり、いずれも過去と比べると上昇しているが、正規の職員とそれ以外では6倍前後もの差がある(図表5)。さらに、就業継続者に占める育休利用割合を計算し直すと、正規の職員では85.5%である一方、パート・派遣では41.8%、自営業等では11.8%にとどまる。また、パート・派遣では、出産後の就業継続率も低い(25.2%)。
 
図表4 結婚・出産前後の妻の就業状況の変化/図表5 第1子出産前就業者に占めるの妻の就業継続者の割合、及び育児休業取得者の割合(%)
つまり、現在、女性全体では、寿退社は2割と少数派になり、結婚後も仕事を続ける女性が多数派となっている。また、出産後も働き続ける女性が過半数を超え、育休取得率も上昇している。しかし、出産後の就業継続環境は就業形態によって大きく異なる。育休利用の多い正規の職員では出産後も働き続ける女性が約7割だが、育休利用の少ないパート・派遣では約25%である。そして、現在、このパート・派遣など非正規雇用者として働く女性が増えている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【大学卒女性の働き方別生涯所得の推計-標準労働者は育休・時短でも2億円超、出産退職は△2億円。】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

大学卒女性の働き方別生涯所得の推計-標準労働者は育休・時短でも2億円超、出産退職は△2億円。のレポート Topへ