2016年10月21日

ESG投資と統合思考のために-「サステナビリティのメガトレンド」を背景にビジネス・パラダイムの大転換

川村 雅彦

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2――ESG投資は「統合思考」を求める

1SRIからESG投資への進化
近年、気候変動やサプライチェーンの人権・労働問題に対する関心が世界的に広がり、経営課題としてCSR活動に取り組む企業が増える中で、投資家サイドでも欧米を中心に投資判断において投資対象企業の環境的・社会的側面を考慮するESG投資(あるいはサステナブル投資)が広がっている。

GSIA1 の報告書「2014 Global Sustainable Investment Review」によれば、世界全体のESG投資の資産規模は2012年の13兆ドル(約1,200兆円)から2014年には21 兆ドル(約2,200兆円)に達し、2年間で6割を超す増加となった。また、機関投資家や運用会社などプロによって運用される全金融資産に占めるESG投資の割合は全地域で上昇し、全体では21.5%から30.2%に上昇した(図表6)。

このESG投資は、これまで長らくSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)と呼ばれてきた投資手法の進化型と言ってよいだろう。そこで、1920年代のSRIの発生から現在のESG投資やインパクト投資に至る変遷を簡単に振り返ってみたい(図表7)。
図表6:機関投資家などプロの運用資産に占める「ESG投資」の割合(地域別)/図表7:初期のSRIからESG投資への歴史的変遷
 
1 Global Sustainable Investment Alliance。米国、欧州、アジアなどの責任投資を推進する団体の協働組織。
(1)1920年代の初期の倫理投資
欧米のSRIには100年の歴史があるが、初期のSRIは宗教上の倫理的動機から始まったとされる。つまり、米国で1920 年代にキリスト教のある宗派が教会への寄付金を運用する際に、教義上容認できないアルコール・たばこ・ギャンブルなどの業種(いわゆるATG)を投資対象から外したのがSRIの端緒と言われる。宗教的倫理感に基づく運用ゆえ「Ethical Investment(倫理投資)」と称される。排除型手法の意味で「ネガティブ・スクリーニング」と呼ばれ、欧米では現在も採用されている。

米国で投資信託の投資銘柄選定において最初に社会的配慮を加えたのは、1929年設定のパイオニア・ファンドである。その後SRIは少しずつ拡大したが、1990年代後半からは大手機関投資家(カルパースのような年金基金など)が参入したことにより資産規模が急増した。英国においても、1920年代から教会によるATGや武器に関連する企業への投資回避が始まっている。その後、投資基準に社会面が付加され、1984年に始めて社会面に配慮した投資信託(倫理ファンド)が発売された。なお、英米国において環境面を含むSRIが広く普及したのは1990年代後半以降である。

(2)1960年代の社会運動としてのSRI
1960 年代に入ると、米国では公民権運動や反アパルトヘイト運動、反戦運動などの社会運動が盛り上がり、その推進手段として「株主行動」が注目された。1969 年にはベトナム戦争で使用されたナパーム弾を製造した米国化学メーカーに対して、製造中止を求める株主提案が行われた。消費者運動で有名なラルフ・ネーダーが活躍したのもこの時期である。

企業の意思決定や事業活動に影響を与える株主行動はその後も継承され、現在では「エンゲージメント」と呼ばれる。つまり、株主提案をするだけでなく、経営層と直接コミュニケーションを図ることで企業行動を変えるこの手法は、現在でも欧米の公的年金基金を中心に広く活用されている。

(3)1990年代から財務・非財務の両面評価
1990年代になると、企業評価に際して非財務要素(今でいうESG要素)が注目されるようになった。1996年にISO14001(環境マネジメントシステムの仕様規格) が発行されたことを契機に、企業の環境経営が急速に普及した。それまでは公害対策は余分なコストのかかる“必要悪”と一般に認識されていた。しかし、企業の環境経営はCO2や廃棄物、有害物質などの環境負荷の削減だけでなく、省エネや省資源による原材料のコスト削減、さらに操業生産性の向上にもつながることがわかってきた。現在では、省エネや環境配慮は製品・サービスの競争力の源泉である。

一方、投資家の立場からみると、経営者の環境経営へのコミットメントは長期的視点から経営戦略を判断する材料になってきた。2000年頃からは環境問題だけでなく、食品の原産地偽装、食品の安全性問題、内部告発による不祥事発覚、あるいは途上国の下請工場での児童労働・強制労働など様々なCSRに関わる問題が、企業の事業継続やブランド価値に影響を及ぼすことが理解されるようになった。このような非財務情報(ESG情報)を企業評価に積極的に組み込む手法は「ポジティブ・スクリーニング」と呼ばれるが、ESG評価と財務評価をそれぞれ別に行ったうえで、両者を合体させて優れた銘柄を選ぶ手法である。この手法は日本のSRIファンド(投資信託)でよく用いられた。

これに対して、2000年代中葉から注目されだした手法が「インテグレーション」である。これは企業のESG問題への対応とその財務的な影響を統合して評価する方法で、欧州の年金基金などで採用されている。投資家が企業のESG要素を評価すれば、企業のCSR戦略と実践を促進し、社会の持続可能性を高めることにつながると考えられるからである。

(4)2010年代には投資自体の環境的・社会的影響にも配慮
2008年のリーマン・ショックを経験した長期投資家は、投資家の社会的責任の観点から投資先企業のESG要素に着目するだけでなく、その投資自体が環境や社会に与える影響(インパクト)にも注目するようになった。これは「インパクト投資」と呼ばれ、世界銀行など公的金融機関が、その資金使途を温暖化対策や途上国の貧困撲滅など特定の社会的課題の解決のために発行する債券(例えば、コラム4のグリーンボンド)の事例が多い。

株式投資では企業のESGの取組を評価しても、その投資資金が直接的に企業のCSR活動に使われることの保証はない。インパクト投資であれば、アフリカの子どもたちへのワクチン提供(ワクチン債)や水問題に取り組むプロジェクト支援(ウォーター・ボンド)、再生可能エネルギー発電(グリーンボンド)など、特定のプロジェクトに投資資金が使われる。それゆえ自分の投資を通じて社会的課題の解決に貢献したいと考える投資家や社会貢献型財団などから支持されるようになってきた。
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川村 雅彦

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