2016年10月21日

ESG投資と統合思考のために-「サステナビリティのメガトレンド」を背景にビジネス・パラダイムの大転換

川村 雅彦

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1――2015年のパラダイム大転換にかかわる動き

12015年のサステナビリティにかかわる主要な世界の動き
本節では、2015年のパラダイム大転換を牽引した世界の六つの動きの概要と意義を述べる。

まず、(1)2030年を目標年次とする「SDGs (持続可能な開発目標) 」、(2)気候変動防止に関する「パリ協定」、さらに(3)FSBによる「TCFD(気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォース)」の設置を取り上げる。次いで、(4)サプライチェーンを対象とする「現代奴隷法」、(5)ローマ教皇が地球保全を呼びかけた回勅「ラウダート・シ」、そして(6)年金運用の受託者責任の解釈を変えた「エリサ法」である。

(1)2030年の持続可能な地球社会をめざす「SDGs」
2015年9月、国連本部において「国連持続可能な開発サミット」が開催され、150を超える加盟国首脳が参集して、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が全会一致で採択された。この世界共通のアジェンダでは人間、地球および繁栄のための行動計画として、宣言と目標がかかげられた。

この目標が「SDGs (持続可能な開発目標)」であり、17目標(図表3)と169ターゲットから構成され、2000年から2015年までの「MDGs(ミレニアム開発目標)」の後継と位置づけられる。SDGs は2030年に向けた世界的な優先課題と世界のありたい姿を明らかにしたもので、貧困や飢餓、エネルギー、気候変動、平和的社会など、世界を持続可能な軌道に乗せるための具体的な機会を提供するものである。

SDGsはMDGsと異なり、政府だけでなく企業を含むあらゆる主体の積極的な取組が期待されている。特に、SDGsによる企業活動への影響を解説し、サステナビリティを企業戦略の中核に据えるためのツールを提供することを目的に、企業の実践指南書ともいえる「SDGsコンパス」も発行された。
図表3:2030年に向けた17目標を示すSDGs
(2)CO2削減の超長期目標に合意した「パリ協定」
2015年12月、パリで開催されたCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締約国会議)にて、2020年以降の気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」が正式に採択された。この協定は、京都議定書と同様に法的拘束力を持ち、歴史的な国際合意の第1歩と位置づけられる。その要諦は、世界全体で今世紀後半には人間活動によるCO2を始めとする温室効果ガス排出量を実質的にゼロ(人為排出と森林吸収の相殺)にすることを明確に打ち出したことにある。

その実現に向け、全ての国に排出量削減目標を作り、その達成のための国内対策も義務付けられた。それは異常気象、洪水、旱魃、熱波、寒波、海面上昇あるいは生物種絶滅や感染症拡大など、気候変動による被害が世界中で確実に広がっているからである。最初に被害を受けるのは標高の低い島嶼国や貧困層を抱える途上国だが、日本も決して例外ではなく、農林水産業への影響や甚大な風水害を始めとしてその被害は次第に顕在化してきている。

人類文明の創造的破壊への扉を開いた「パリ協定」の概要は以下のとおり。

気温:世界共通の長期目標として、産業革命前からの地球平均気温上昇を2℃未満に設定。脆弱国への配慮から1.5℃抑制の努力にも言及
排出量:21世紀後半に人為起源の温室効果ガス排出量の正味ゼロの実現をめざす。
各国の責任:すべての国が2025年/2030年に向けて削減目標(約束)を5年ごとに見直し・公表(前期より進展した目標設定、次回の約束草案は2020年提出)、イノベーションを重視した対策の実施
・日本提案の二国間クレジット制度(JCM)も含めた市場メカニズムの活用
・気候変動適応能力の拡充、各国の適応計画の実施、適応報告書の提出
・気候変動の影響で「損失と被害」が発生した国々に対する国際的な救済の仕組みの構築
・先進国が資金支援の提供を継続するだけでなく、途上国も自主的な資金の提供
・5年ごとに世界全体の進捗状況を確認する仕組み(グローバル・ストックテイク)の構築
・協定の発効要件は55カ国以上の批准・受諾および全排出量の55%以上の占有(※)

(※)最大CO2排出国の中国と米国が早期批准したことから、2016年10月5日に要件を満たし、同11月4日に発効予定。
このような内容をもつ「パリ協定」には課題も指摘されているが、その意義をあげると、次の三点となろう。
  • 文明史的な大転換点であり、すべての国による世界的な気候変動対策の出発点
  • 2050年を視野に入れた超長期目標による脱炭素経済の実現に向けた世界的な戦略的合意
  • 国際的なCO2排出量削減のPDCAサイクルの確立 (各国の削減計画の着実な実施 ⇒国際的な報告・レビュー ⇒全体進捗の評価 ⇒目標の見直)
     
(3)FSB (金融安定理事会)が設置した「TCFD」
2015年4月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議声明は、付属文書でFSB(金融安定理事会)に対して「気候変動問題に対する金融セクターの配慮のあり方」に関するレビューを依頼した。これを受けてFSBでは気候変動と金融安定に関する検討が開始された。

同年9月にFSB議長(イングランド銀行総裁)がロイズ保険組合での講演で、化石燃料に関連する資産が座礁する可能性(筆者注:詳細は後述する)に言及するとともに、「気候変動が金融安定に対し明確な課題であると分かった時には、手遅れになる可能性がある」と述べている。また、同年10月のG20への議長レターでは、気候変動は「金融安定に影響を及ぼし得る新たなリスクの1つ」として取り上げられた。因みに、気候変動リスクは「物理リスク」「賠償責任リスク」「経済移行リスク」の3つに分類されている。

さらに同年12月のCOP21において、元ニューヨーク市長のブルームバーグ氏を座長とする「気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォース」(Task Force on Climate-related Financial Disclosure:略称TCFD)の設置が発表された。既に開示基準に関する中間資料も提出されているが、2016年中に検討成果を取りまとめる予定となっている。これにより金融安定と気候変動(リスク)の関係についての議論が世界的に高まることが予想される。

(4)サプライチェーンを対象とする「現代奴隷法」
2015年3月、英国で「現代奴隷法」が成立した。この法律は、企業に対して自社事業とサプライチェーン上の奴隷制を特定し、それを根絶する手順の報告を求めるものである。多くの企業は、奴隷制度は過去の歴史の話と思うかもしれない。しかし、英国では強制労働をはじめ人身売買や性的搾取などが現代型の奴隷制度として認識されていて、“人間の安全保障”とも言われる世界で初めて制定された法律である。なお、同法による現代奴隷の定義は、(1)奴隷・隷属・強制労働、(2)人身売買、(3)搾取(性的搾取、臓器提供の強制など)の3つである。

この現代奴隷法は、グローバル・サプライチェーンにおける人権侵害の有無やリスクを企業に確認させ、根絶することを目的とする。対象企業に対して、「奴隷と人身売買に関する声明」を毎年1回発行(ウェブ公開)することを求める。英国で事業する企業のなかで、世界での売上高が3,600万ポンド(約45億円)を超える企業が対象となり、英国内外の約12,000社が相当すると言われ、この中には英国法人を持つ多くの日本企業が含まれている。

なお、企業が奴隷と人身売買に関する内容を確認するステップを踏んでいない場合、その旨を声明に書かなければならない。さらに企業が法令を順守しなかった場合には、無制限の罰金が科せられるとしている。

現代奴隷法の要件に該当する企業は、声明に以下の内容を含むことが求められる。
 

構造:組織の構造と事業内容およびサプライチェーンの特徴
方針:奴隷と人身売買に関連する方針(既存の関連する方針も活用)
デュー・ディリジェンス:自社事業とサプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンス
リスク評価・管理:事業とサプライチェーンにおける奴隷と人身売買のリスクの有無、リスクに対する評価・管理のステップ
パフォーマンス指標:奴隷と人身売買が事業とサプライチェーンで起きていないことを確認する方法と有効性、その方法のパフォーマンス評価指標KPIによる測定(モニタリング)
研修:奴隷と人身売買に関する従業員研修

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川村 雅彦

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