2016年10月20日

「家派」女性の虚弱化予防~60代女性の「健康行動の始動・継続」に関する調査研究から

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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1――はじめに~女性のより豊かな長寿の実現のために

近年、一億総活躍社会の実現に向けて女性の活躍が期待されるなど、何かと「女性」に社会的な注目が寄せられている。実は、筆者が専攻するジェロントロジー(高齢社会総合研究)においても、研究活動の中で「女性」はとても注目される。なぜならば、65歳以上の高齢者の多くは女性だからである。高齢者の年代別の男女比は、65歳以上だと「43:57」であるが、75歳以上だと「39:61」、さらに85歳以上になると「30:70」まで男女比は拡大する1。周知のとおり、女性のほうが男性よりも平均寿命が長く、長生きの人が多いからである。人口減少局面下にある日本の中で今後も高齢者は増え続けていくが、特に増えるのは高齢の女性なのである。高齢社会は“お祖母ちゃんの社会”とも言われることもあるが、一人ひとりの女性がどのように高齢期を過ごしていけるか、元気に清々と暮らしていける人が多いか、そうでないか、個人の人生課題であると同時に、未来社会のあり様を左右する社会的にも注目すべきことと言えよう。

勿論、男性を無視するということではないが、高齢者の多数を占める女性が80歳、90歳になっても活き活きと自立した生活を営めることが本人にとっても社会にとっても望ましい。しかし、要介護者の男女比が「30:70」と女性のほうが圧倒的に多いように2、女性は長生きできる可能性が高いと同時に要介護状態になるリスクも高い。当然、長生きをすれば、いつかは要介護の状態になることは避けられないことではあるが、できるだけ自立した生活期間を延ばしていきたいものである。何歳になっても自由に行動でき、生活できる期間を延ばすことが、“より良い”長寿の実現にもつながることである。女性にとって“自立生活期間の最大化”は意識すべき一つの人生課題と言える。

そのためには、要介護状態に至る過程にある「虚弱化(フレイル)」をできるだけ若い段階から予防していくことが必要である。虚弱化は、骨格筋が弱まる「加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)」や「骨粗鬆症」等の影響から、移動能力をはじめとする身体機能が低下する現象である。女性は男性よりも相対的に骨や筋力が弱いため、男性以上に虚弱化予防を心掛けることが必要である。

虚弱化を予防するには、身体を鍛える、つまり“運動”すること(運動習慣を身につけること)が必要になる。しかし、運動を続けることは、男性も同様ではあるが、できる人とできない人とに分かれやすい。とかく女性は“運動は苦手、嫌い”と思われている人が多いように想像する。そのような女性に、どうすれば運動を始めてもらえるようになるか、続けてもらえるか、非常に難しいテーマである。

そこで、筆者が所属する東京大学高齢社会総合研究機構では、その解を追究すべく「高齢者の健康行動の始動・継続に関する研究」と題した調査研究を行った3。本稿では、当調査研究の概要と結果を紹介しつつ、最後に女性の虚弱化予防に向けた社会的取組みについて考察を行うこととしたい。
 
1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」の出生中位・死亡中位仮定による推計結果
2 厚生労働省「介護給付費実態調査月報」(平成27年1月審査分)より介護保険サービスの受給者総数(男性142万人(29%)、女性346万人(71%))
3 (株)地球快適化インスティテュート・東京大学高齢社会総合研究機構による共同研究「高齢者の健康行動の始動・継続に関する研究」(2012-13年度)
 

2――「高齢者の健康行動の始動・継続に関する研究」の概要

2――「高齢者の健康行動の始動・継続に関する研究」の概要

1|本調査研究の目的と特徴
行った調査研究は、虚弱化予防の必要性(重要性)がある「60代」の女性に対して、「どうすれば運動を始めたいと思うか、継続したいと思うか」、いくつかの「モチベーションの要素(以下、ドライバ)」を提示し、その「選好度」を調べたのである(定性・定量調査の実施)。調査結果は後述するが、調査研究の設計上での特徴を挙げると次の2点がある。

一点目は、60代女性を普段のライフスタイルや志向性を踏まえて、「家派」と「外派」に分けて調査および分析した点である。分類の定義は後述するが、大まかに言えば、家で過ごすことを好む人を「家派」、外で過ごすことを好む人を「外派」とした。虚弱化リスクを考えると、普段、外で活動的な生活を送っている外派の人は比較的“安心”と考えられる一方で、家を中心に行動範囲も狭く、普段の活動量も少ないと思われる家派の人は“心配”である。社会として何か手を差し出すべき対象としては後者の「家派」として考え、当該層へどのようなアプローチをはかっていくのが効果的なのか、そのことを主眼に分析を行っている。

二点目は、前述したように、「モチベーション」に着眼していることである。モチベーションとは、「やる気”を起こさせる内的な心の動き(動機づけ)」である。人の行動変容に関する先行研究及び理論は数多く確認できるのだが、モチベーションまでを含めてその変容のプロセスを解明した研究は見当たらない。勉強をする、しないも同様のことであるが、すべての生活行動の起点は、本人の“やる気”に委ねられる。いくら他人が何を言っても、本人がやる気を起こさなければ、始めることも続けることもできない。本調査研究では、モチベーションの要素である「ドライバ」を独自に整理した上で、運動を“始める”ためのドライバ(以下、始動ドライバ)と、運動を“続ける”ためのドライバ(以下、継続ドライバ)について、60代女性の「家派」「外派」にその選好度を聞いている。

このように「家派」「外派」に分け、モチベーションの要素の「ドライバ」をもとに、運動の始動・継続に関わるメカニズムの解明を試みようとする本調査研究は、他の先行研究には見られない新規性の高いユニークなものであったと言える。
 
2|本調査研究の設計と検証ポイント
さて、本調査研究は約2年(2012-13年)をかけて、綿密かつ徹底した研究を行ってきた。まず、健康行動、虚弱化、モチベーションに関する先行研究の把握と理解からはじめ、健康行動範囲の特定、調査対象者の選定(家派・外派の定義の検討)、モチベーションの要素であるドライバの洗い出しと選定、さらに家派・外派とドライバとの関係に関する仮説を構築した上で、60代女性に対するフォーカス・グループ・インタビュー調査(定性調査)を行い、その結果を踏まえた形で、60代女性約3000名を対象としたWEBアンケート調査を行ってきた。分析にあたっては、家派・外派の比較検証(単純集計・仮説検証)から、態度や行動指標によるタイプ分類した上でのクラスター分析、外向性と運動態度によるタイプ分類した上でのタイプ分析、ドライバ選好度によるタイプ分類した上でのタイプ分析、さらに虚弱化予防に関する市場規模の推定までを行った。
図表1:本調査研究の全体概要
多くの知見が得られたが、本稿では主な検証ポイントである次の2点についてのみ紹介したい。
一つは、「家派」「外派」の出現状況とそれぞれの実態についてである。仮説段階では、60代女性の多くは「家」を好む生活を志向していると考えたが、実態はどうなのか。また家派の女性(また外派の女性)はどのような特徴があるのか。それを明らかにすることである。もう一つは「家派」「外派」のタイプに分けた上で、それぞれがどのドライバに関心を寄せるか、その選好度を明らかにすることである。この2点に焦点をあてて、WEBによるアンケート調査結果、及び家派・外派の比較検証結果を以下に概説する。
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

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