2016年10月20日

社会保険料の帰着に関する先行研究や非正規雇用労働者の増加に関する考察

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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3――社会保険料の雇用への帰着に関する考察(労働の需要曲線と供給曲線を用いて)

ここでは社会保険料の帰着に関する理解を深めるために労働需要曲線と労働供給曲線を用いて社会保険料の増加が雇用に帰着する可能性について調べてみた。

Gruber and Krueger(1991)や大竹(1998)は、社会保険の企業負担分を企業が負担しているのか、労働者の賃金の中に含まれているのか、つまり労働者に社会保険料の事業主負担分が転嫁・帰着されているかを分析するために労働需要曲線と労働供給曲線を用いている。一般的に労働市場では賃金が上がれば働きたいという希望を持つ労働者が増え労働の供給量が増加する。一方、企業側は賃金が増加すると雇用を減らすので労働の需要量は減少する。その結果、賃金と雇用量は労働の需要曲線と労働の供給曲線の交点で決まる。

図表1のはそれぞれ企業負担の社会保険料が発生する前の労働需要曲線と労働供給曲線であり、市場での均衡賃金はで、雇用量はで決まる。ここに企業が負担する社会保険料が雇用者の賃金に対してt%追加されると、企業は既存の雇用量を維持するために、労働者に支払う賃金を下げることを考えるので、賃金はに調整され、企業の労働需要曲線はにシフトされる。この際、労働の供給曲線は変化しないので、市場の均衡点は既存のからに変わり、賃金はに、雇用量はになる。は、企業が支払う社会保険料が含まれた労働費用である。企業が結果的に、企業負担の社会保険料は、(1)労働者の賃金の低下(からへ)や(2)雇用量の低下(からへ)という形で労働者に転嫁されることになる。
図表1 企業負担の社会保険料導入が雇用量や賃金に与える影響
では、雇用形態により社会保険の適用条件が異なるとどうなるだろうか。例えば、正規労働者の場合は企業負担の社会保険料が発生するが、非正規雇用労働者の場合は、企業負担の社会保険料が発生しないケースを考えてみよう。企業は、社会保険料や賃金に対する企業負担を減らす目的で社会保険に対する適用義務が強制的ではない非正規雇用労働者の雇用により積極的な動きを見せるだろう。

図表2のは、それぞれ正規労働者の労働供給曲線や労働需要曲線を示しており、 は正規労働者の賃金()と雇用量()の均衡点である。一方、は、それぞれ非正規雇用労働者の労働供給曲線や労働需要曲線を示しており、は非正規雇用労働者の市場の均衡点であり、非正規雇用労働者の賃金()は正規労働者に比べて低い水準で決まる。
図表2 企業負担の社会保険料導入が雇用量や賃金に与える影響
次は、正規労働者の労働時間が賃金の変動に対して非弾力的であるケースを考えてみよう。つまり、労働者が社会保険料に対する負担分は将来の給付と等しいあるいはそれ以上の価値があると判断した場合は、労働供給曲線は社会保険料の増加により賃金が増加しても反応しない。図表3におけるは、正規労働者の労働供給曲線を示しており、大竹(1998)などを参考すると、正規労働者の場合は、賃金の変動に対して労働時間が硬直的であるため、企業負担の社会保険料が導入されても賃金がからに減少するだけで、雇用量はのまま変化しないことが分かる。この場合は企業の負担する社会保険料はすべて労働者に転嫁されることになる。一方、社会保険料が労働者に転嫁されることにより社会保険料に対する企業の負担が発生せず、雇用量も変化しない場合でも、労働市場に社会保険への加入義務がなく、社会保険料が転嫁された正規労働者の賃金()よりも安い賃金()の非正規雇用労働者(労働供給曲線は)が存在する場合、企業は人件費を節減し、より利益を得る目的で正規労働者の変わりに非正規雇用労働者の雇用を考慮することも考えられる。その場合、企業の労働需要曲線()は下方に位置する。
図表3 労働供給曲線が垂直な場合の社会保険料負担
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

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