2016年10月03日

ドイツの生命保険会社の状況(3)-IMFによるFSAPの報告書 「保険部門の監督」-

中村 亮一

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1―はじめに

前々回のレポートでは、BaFin1の2015年Annual Report(年次報告書)に基づいて、(1)低金利環境下における生命保険会社の状況、(2)ソルベンシーIIの内部モデルの適用状況、等について報告した。

さらに、前回のレポートでは、BaFinが7月から8月にかけて公表した資料に基づいて、生命保険会社を中心としたソルベンシーII比率の状況について、報告した。

今回のレポートでは、IMF(国際通貨基金)がドイツの金融監督に対するFSAP(Financial Sector Assessment Program:金融セクター評価プログラム)2の結果を6月29日に公表しているので、そのうちの「保険部門の監督」に関する結果3について報告する。なお。IMFによるストレステストの結果については、次回のレポートで報告する。以下で、引用は全てIMFの資料からのものである。
 
1 BaFin(Bundesanstalt fur Finanzdienstleistungsaufsicht:連邦金融監督庁)はドイツの保険監督官庁である。
2 FSAPはIMF加盟国の金融システムの健全性につき評価を行う仕組みである。保険セクターについては、保険監督者国際機構(IAIS)が制定している「保険コア・プリンシプル(Insurance Core Principle 以下「ICP」)」の26項目について評価される。
3 FINANCIAL SECTOR ASSESSMENT PROGRAM INSURANCE SECTOR SUPERVISION—TECHNICAL NOTE
http://www.imf.org/external/pubs/ft/scr/2016/cr16192.pdf
 

2―FSAPの「保険部門の監督-テクニカルノート」

2―FSAPの「保険部門の監督-テクニカルノート」

IMFによるFSAPの報告書のうち、「INSURANCE SECTOR SUPERVISION—TECHNICAL NOTE(保険部門の監督-テクニカルノート)」の「エグゼクティブサマリー」と「主要な勧告」「ICP 14及び17に対する詳細な分析」について、報告する。

1|エグゼクティブサマリー
ドイツの保険会社及び保険監督の現状及びそれらに対する評価については、以下の通り要約されている。

・ドイツの保険会社は、低金利環境からの課題に直面している。

・ソルベンシーIIは、ドイツの保険会社が、フォワードルッキングな方法で、将来的に発生する負の圧力に対処することを要求している。

・当局は、生命保険会社への圧力を管理するためにマクロ・プルーデンスなアプローチを取っている。

・ソルベンシーIIまたは国のGAAP基準のいずれかに関して潜在的な緊張を受ける生命保険会社は、BaFinによって識別され、緊密な監督を受けることになる。

・BaFinが、新しい要件の影響を監視し、会社がそれらを満たす上で困難に直面する場合には、行動計画を要求し続けることを勧告する。

・保険に対するBaFinの規制・監督体制は、ソルベンシーIIの実施によって強化されている。

・ソルベンシーIIへの移行は、また監督者の広範な再訓練や、継続される必要がある監督アプローチやプロセスの再考を要求してきている。

・BaFinはまた、責任を有しているグローバルなシステム上重要な保険会社(G-SIIs)のためのIAISフレームワークを実施してきている。

今回のドイツに対するFSAPの結果公表は、同じく6月にFSAPの結果が公表された英国と併せて、ソルベンシーIIが2016年1月に導入されて以降、EUの加盟国を対象とした最初の評価結果報告書の公表となっている。その意味で、新しいソルベンシーII制度に対する評価を含めたIMFの考え方等が示された形になっているものと思われ、大変注目されるものとなっている。

これについて、今回のFSAPの報告書においては、ソルベンシーII制度やその実施に関連しての課題等についての指摘が数多く行われているが、IMFは、上記の要約の通り、基本的にはソルベンシーII制度を高く評価し、それによって、保険会社の規制・監督体制が強化された、としている。

なお、ドイツと英国の生命保険市場はある意味で好対照をなしている。市場整合的評価に基づく影響を最も受ける国として考えられているドイツのソルベンシーII制度を巡る監督体制に対する評価は、極めて興味深いものと考えられる。

EXECUTIVE SUMMARY(エグゼクティブサマリー)

ドイツの保険会社は、低金利環境からの課題に直面している。特に、生命保険では、長期の低金利が、期待リターンを提供する保険会社の能力そして潜在的には中期的に保証契約を履行する能力を蝕んでいる。健康、損害保険および再保険会社もまた、低金利環境の影響を受けているが、投資リターンへの低い依存性を反映して、程度は限られている。例えば、引受サイクルや再保険レートへの下方圧力からのその他のリスクは、事業構成の変化とアクティブな再価格設定を通じて管理されている。

ソルベンシーIIは、ドイツの保険会社が、フォワードルッキングな方法で、将来的に発生する負の圧力に対処することを要求している。多くの生命保険会社は、ここ数年でかなり財務力を進展させ、業績は健全なままであるが、ソルベンシーIIの実施は、バランスシートの現在の評価で、自らのコミットメントのコストをより一層認識することを、その要件に従う保険会社(殆どの保険会社)に要求している。ソルベンシーIの要件の下でさえ、生命保険会社は、将来の約束のために大幅に追加責任準備金(Zinszusatzreserve:ZZR)を構築することを2011年以来要求されている。保険契約者は配当割当の引き下げを経験してきた。低金利が持続する場合には、個々の会社、特に伝統的な生命保険の保険種類に集中しているビジネスを有する保険会社において、財務的緊張が考えられることになる。

当局は、生命保険会社への圧力を管理するためにマクロ・プルーデンスなアプローチを取っている。 ZZR要件は、以前のソルベンシーIのために使用された取得現価ベースの国のGAAPによって提供されるよりも、より市場整合的な基準で算出された積み増しされた責任準備金を通じて保険契約者の保護を改善するために、導入された。
2013年に設立された金融安定委員会(Ausschuss für Finanzstabilität:AFS)によって一部導かれて、当局は、消滅保険契約者に対する未実現投資利益の不均衡なシェアを分配する要件から、生命保険会社に救済を与えるために(2014年生命保険改革法において)法律の改正を行った。ソルベンシーIIの実施では、長期保証事業に対する調整措置及び経過措置(16年間で新しい要件を段階的に導入)は、BaFin、連邦政府保険監督当局の承認を条件として、フルで提供されている。これらの措置は、既契約に対する新たな市場整合的な評価基準による完全な影響を延期する。

ソルベンシーIIまたは国のGAAP基準のいずれかに関して潜在的な緊張を受ける生命保険会社は、BaFinによって識別され、緊密な監督を受けることになる。ソルベンシーIIの影響に関して、調査が行われており、BaFinは、経過措置の適用が有る場合と無い場合の会社のポジションを監視している。それにもかかわらず、財務健全度の手段の多様性が数字の解釈と理解を妨げる可能性があり、新たな要件に対する市場の反応についての不確実性が残っている。財務諸表が、ソルベンシーIIとは結びついていない国のGAAPに基づいて作成され続けているのに対して、ソルベンシーIIの数値は経過措置の有り無しで報告される。ドイツの生命保険の中心的な特徴である保険契約者への分配規定に関連しての国のGAAPの引き続きの重要性が、ドイツにおけるソルベンシーIIの実施を特に複雑にしている。

BaFinは、新しい要件の影響を監視し、会社がそれらを満たす上で困難に直面する場合には、行動計画を要求し続けることを勧告する。会社がそうするために経過措置に依存している場合は、BaFinは、彼らが16年間の経過期間末、可能であれば、より以前までに、完全に要件を満たすための堅牢で信頼できる計画を有していることを確認する必要がある。必要であれば、事業を制限したり、経過措置の承認を撤回する行動を取る必要がある。(監督報告のためには2016年から、公開のためには2017年から)利用できるようになるソルベンシー数値の多重性と高い透明性を考えると、異なる措置に対する高い程度の国民の理解を確保するための計画が採られるべきである。

保険に対するBaFinの規制・監督体制は、ソルベンシーIIの実施によって強化されている。リスクを評価して、資源を配分する、よりリスクベースのアプローチが取られてきている。規制上の、特に報告要件において、さらにはBaFinのリソースの配分と組織において、より増加する焦点がグループに置かれている。ソルベンシー目的のために内部モデルを評価し、承認するためのプロセスは、いくつかの他のEU諸国に比べてより少数のグループによる申請ではあるものの、技術的な専門知識と監督大学を通じての協調された国際的な枠組みでの作業という大きな経験を築いてきた。BaFinの保険監督リソースは、近年大幅に増加してきたが、新たな需要にとって適切であるようにみえる。

ソルベンシーIIへの移行は、また監督者の広範な再訓練や、継続される必要がある監督アプローチやプロセスの再考を要求してきている。新しい投資ルールがそうであるように、ガバナンスやリスク管理のような新たな枠組みの局面は、原則ベースとなっている。保険会社はソルベンシー計算に独自の仮定を使用する余地がある。より多くの判断は監督者に求められる。BaFinのアプローチの特徴は、比較的コンプライアンスベースのままであり、特にピアグループレビューにおいては、定性的な要件により焦点を当てる余地がある。また、BaFinが、例えば、リスク分類制度からの主要な結果のより多くを共有することによって、保険会社、特に大会社に対して、書面でその重要な懸念や監督の優先順位を伝える、ことを勧告する。BaFinはまた、ORSAのレビューに基づいて、保険会社に伝達される目標最小ソルベンシー要件と、資本増強の賦課のための政策枠組みを導入し、保険監督法でのその権限を利用することによって、その介入の枠組みを強化すべきである。

BaFinはまた、責任を有しているグローバルなシステム上重要な保険会社(G-SIIS)のためのIAISフレームワークを実施してきている。現時点ではドイツが好むようなこのための単一のEUの枠組みが存在しないものの、例えばIAISによって提案された追加的な損失吸収能力の要件を実施するために、国際的なワークが進行するにつれて、アプローチが開発される必要がある。世界規模での再保険業務を含む他の大手保険グループに対して、1つのドイツ国内のG-SIIに関するBaFinの要件を適用する余地がある。ドイツの再保険に適用される異なる監督目標や未解決の問題が、再保険のシステム上の重要性についてIAISによって検討されているにもかかわらず、BaFinは定期的なストレス・テストや再建・破綻処理計画を含む、元受保険会社の場合に使用されるマクロ・プルーデンスのツールの再保険会社への適用を検討することもできる。

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中村 亮一

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