2016年09月23日

【アジア・新興国】東南アジア・インドの経済見通し~当面は消費主導の成長、輸出はL字型の緩やかな回復へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側) 2-1.マレーシア
マレーシアの16年4-6月期の実質GDP成長率は前年同期比4.0%増と、前期の同4.2%増から一段と低下し、2009年以来の低水準となった。昨年4月に導入した物品・サービス税(GST)の悪影響の剥落によって1-3月期に景気が底打ちしたかと思われたが、4-6月期は積みあがった在庫の取り崩しによって成長率が更に低下した。もっとも民間・公共部門共に消費と投資は上昇しており、輸出も海外経済の停滞とリンギ安の恩恵が剥落するなかでも小幅に増加するなど、景気の実態は成長率が示すほど悪くはない。

16年後半は、景気が底打ちして緩やかな回復基調に転じると予想する。景気の牽引役は民間消費だ。足元では干ばつの悪影響が和らいでインフレ圧力が後退し、失業率の上昇傾向も収まりつつある。また政府による従業員積立基金の徴収率の引下げや低所得者向けの一時金支給策の継続、そして7月以降の最低賃金の引上げと公務員給与の見直しといった政府の景気刺激策も家計の購買力の向上に繋がり、民間消費は堅調に推移するだろう。また投資は引き続き大型のインフラ整備事業によって建設投資が堅調に推移し、設備投資も消費需要の増加を受けて底堅い推移を見込む。さらに輸出はパーム油や天然ゴムといった生産が回復する農産物が持ち直して増加傾向を維持すると予想する。なお、中央銀行は7 月にインフレ見通しを下方修正し、政策金利を0.25%引き下げている上、11月の金融政策会合でも追加利下げの可能性がある。今後は金融政策も消費・投資の追い風となるだろう。

17年も緩やかな景気回復が続きそうだ。米国を中心とする海外経済の回復を受けて、輸出は増加傾向が続くだろう。また原油価格がの緩やかな上昇を受けて民間投資が加速するなか、雇用・所得環境が改善して民間消費も堅調を維持するだろう。もっとも政府の資源関連収入が乏しい状況は変わらず、追加的な景気刺激策は期待できないだろう。

結果、16年の成長率は前年比4.1%増と減速し、17年は同4.5%増の緩やかな回復を予想する(図表5)。

リスクは引き続き政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)を舞台とするナジブ首相の資金流用疑惑の動向であろう。国内では反政府デモや与党を離脱したマハティール元首相らよる野党連合の結成、米国政府による1MDB提訴など政情の不安定化に繋がる火種は燻っている。同国は経常収支の赤字化が目前で周辺国に対して相対的に通貨が売られやすい状況にあるなか、原油価格が再び下落に転じたり、国際金融市場が混乱する事態が到来すればリンギ安の進む展開が予想される。この場合、通貨安による輸入インフレを通じて実質所得が目減りして消費が冷え込み、景気の停滞が続く恐れがある。
(図表6)タイの実質GDP成長率(需要側) 2-2.タイ
タイは14年5月の軍事クーデター後に政治が安定していくなか、景気の回復基調が続いている。16年4-6月期の成長率は前年同期比3.5%増と、過去3年間で最も高い成長率を記録した。個人消費は、農産物価格の上昇による農業所得の増加や政府がタイ正月(ソンクラーン)期間に実施した消費刺激策1、そして年初に実施された物品税改正の影響が和らぎ新車販売が増加に転じたことが消費を押上げた。また外国人観光客数の増加によって二桁成長が続くサービス輸出も引き続き景気の牽引役となった。一方、これまで景気を牽引していた公共投資は大型インフラ整備事業の進展による大幅上昇が一服した。また財輸出の減少と不動産市場刺激策の効果剥落を受けて民間投資も停滞しており、自律的回復の動きは見られない。

16年後半は、成長率が3%程度までやや低下すると予想する。農産物価格の反発や干ばつ被害の収束によって農業所得の増加が続くものの、物価上昇と高水準の家計債務、そして政府の景気刺激策の効果が剥落することから、民間消費はやや鈍化すると見込む。また輸出は底打ちに向かうものの、企業の投資意欲の回復は遅れて民間投資も低調に推移すると予想する。もっともサービス輸出は8月のタイ南部の連続爆発事件の影響が限定的で高い伸びを続けると共に、公共投資も中長期の大型インフラ整備事業の着工が増えて勢いが強まるだろう。

2017年は、成長率が3%前半まで小幅に上昇すると予想する。海外経済の緩やかな回復によって輸出が拡大するなか、企業収益が改善して設備投資マインドが回復するだろう。また、これまでの投資優遇策も奏功して民間投資がプラスに転じると見込む。また個人消費は引き続き物価上昇と高水準の家計債務が消費の重石となるも、雇用・所得環境の改善やファーストカー減税(2012 年導入)で定められた5年間の車両保有義務期間の満了による新車販売の回復によって底堅く推移しよう。このほか、財政余力のあるタイ政府の拡張的な財政運営によって政府支出は拡大基調を続けるほか、サービス輸出も外国人観光客数が堅調に増加し、引き続き景気の押上げ要因となるだろう。

金融政策は、昨年4月に政策金利を引き下げて以降、政策金利が据え置かれている。景気の回復基調が続くなか、中央銀行は過去最低水準の政策金利の更なる引き下げに対して消極的姿勢をとっている。しかし、先行きは物価が上昇するも低水準に止まること、また8月の国民投票における新憲法草案の可決によって民政移管に目処が付き、足元では海外から資金流入が増加してバーツ高が進んでいることから、景気の下振れリスクが高まる局面では昨年4月以来となる金融緩和に踏み切るものと予想する。

結果、成長率は16年が前年比3.2%増、17年は同3.3%増と概ね横ばいを予想する(図表6)。
 
1 政府は4月のソンクラーン(4月13~15日)に伴う9日間の休暇中の飲食費と旅行関連費用を対象とした所得控除策(上限は1万5,000バーツ)を実施した。政府は同様の消費刺激策を12月25-31日にも実施している。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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