2016年09月23日

中国経済:過剰債務問題の本質と展望

三尾 幸吉郎

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3――中国の場合と中国政府の対応

1中国でも債務が巨大化するとともに投資も巨大化
中国の場合も前述4ヵ国と同様に、非金融企業の債務残高が巨大化した背景には長期に渡り高水準の投資が続いたことがある。非金融企業は設備などに投資するため金融セクターから資金を借り入れ、貸借対照表(バランスシート)の両サイドを同時に拡大させてきたからである。GDPに占める総固定資本形成比率の推移を見ると、改革開放が始まった直後の1980年代に30%前後で推移した後、1989年の天安門事件後には低下し1992年に鄧小平が改革開放の加速を呼びかけた南巡講話後には急上昇するなど山谷はあったものの右肩上がりで上昇、リーマンショックで大型景気対策が打たれた2009年以降は45%前後で推移している(図表-12)。これを国際比較して見ると、主要先進国(G7)の比率を20ポイント程度上回っており、経済発展が遅れたインドやインドネシアに比べても10ポイント程度上回るなど中国は突出して大きい(図表-13)。一方、非金融企業が投資する上で必要となった資金の多くは、金融セクターからの借り入れで賄われたため、非金融企業の債務残高は右肩上がりで増加、国際的に見ても世界で突出することとなった。
(図表-12)中国の投資比率と債務残高の推移/(図表-12)総固定資本形成の国際比較(2014年)
2限界に達した従来の成長モデルと過剰生産能力の発生
そして現在、中国経済を「世界の工場」に導いた従来の成長モデルが限界に達したことで2、長年に渡る高水準の投資で積み上げられた生産設備が十分に稼動しなくなってきた。歴史を振り返って見ると、文化大革命を終えて改革開放に乗り出した中国は、まずは第1次産業(農業)の改革に着手、それが成功すると第2次産業(工業)の改革に乗り出した。外国資本の導入を積極化して工業生産を伸ばし、その輸出で外貨を稼いだ。稼いだ外貨は主に生産効率改善に資するインフラ整備に回され、中国は世界でも有数の生産環境を整えた。この優れた生産環境と安価な労働力を求めて、工場が世界から集まって中国は「世界の工場」と呼ばれるようになった。こうして高成長を遂げた中国だが、経済発展とともに賃金も上昇、また中国の通貨(人民元)が上昇したこともあって製造コストは急上昇した。中国に集まっていた工場はより安く生産できる製造拠点を求めて後発新興国へと流出し始めるとともに輸出が鈍化、国内では工場の設備稼働率が低下した。そして、中国政府は鉄鋼・石炭を手始めに過剰生産能力の解消に向けた取り組みを本格化させている。
 
3新たな成長モデルが成功のカギを握る
こうして過剰投資・過剰債務が問題になると、中国政府は過剰生産能力の淘汰に取り組むとともに、その経済に与える負のインパクトを和らげようと、新たな成長モデルを構築するための構造改革を進め始めた。具体的には、需要面では外需依存から内需主導(特に消費)への構造転換、供給面では製造大国から製造強国への構造転換、同じく供給面では第2次産業から第3次産業への構造転換の3点である3。そして、過剰生産能力淘汰のスピードは新たな成長モデルの進捗次第となるだろう。過剰生産能力の淘汰に伴って雇用が流動化しても、第3次産業や製造強国を牽引する戦略的新興産業で新たな雇用機会が生まれれば、それを吸収できるからである。中国政府が最も恐れるのは社会不安を引き起こしかねない雇用問題だけに、過剰投資・過剰債務問題を円滑に乗り切るための成功のカギは新たな成長モデルが握っているといえるだろう。
 
2 従来の成長モデルの限界の詳細に関しては「中国経済 静かに進む“抜本的改革”」ニッセイ基礎研所報Vol.60(2016年6月)を参照 
3 新たな成長モデル構築のための構造改革の詳細に関しては「中国経済 静かに進む“抜本的改革”」ニッセイ基礎研所報Vol.60(2016年6月)を参照
 

4――今後の展望

4――今後の展望

以上のように中国の非金融企業が抱える債務残高は対GDP比170.8%と世界でも突出して高い水準に積み上がっており、その背景には長年に渡る高水準の投資の蓄積で生産能力が過剰になったことがある。また、過剰債務・過剰投資問題を抱えたのは中国が初めてではなく、日本、韓国、タイ、マレーシアといった工業化の道を歩んだ国々にも共通している。こうした国々の先行事例を見ると、一時的ながらマイナス成長に陥っており、しかも調整後の経済成長率は調整前の半分程度に減速している。そして、これら4ヵ国の当時の経済環境と現在の中国経済に多くの類似点があることを踏まえれば、過剰投資・過剰債務を調整した後の経済成長率は調整前の半分程度、即ち5%前後に減速する可能性が高いだろう。
(図表-14)一般政府の債務残高(対GDP比、2015年12月末) 一方、過剰投資・過剰債務の調整過程でマイナス成長に陥るか否かに関しては、回避できる可能性が高いと見ている。第一の理由は、海外資本が債権を一気に引き上げるという形での調整が起こり難い点である。中国の対外債務は対GDP比1割前後に過ぎず、当時の韓国、タイ、マレーシアに比べると極めて小さい。海外資本が債権を一気に引き上げる事態に到ったとしても、その影響は相対的に小さいだろう。第二の理由としては政府に債務を増やす余地が残っている点である。前述のとおり非金融企業の債務残高(対GDP比)は世界でも突出して高いが、政府の債務残高(対GDP比)はG20平均を下回っている(図表-14)。非金融企業が債務残高を減らす過程において、景気が過度に落ち込むようなら、中国政府は債務を増やして景気を支えることが可能だと思われる。第三の理由としては、国家資本主義のメリットが生かせるという点である。国家資本主義の中国では、過剰投資・過剰債務を抱える非金融企業も、そこに資金を供給している金融セクターも国家の支配下にある企業が多い。従って、新しい成長モデル構築の進捗に合わせて、従来の成長モデルの調整ペースを決めるなどコントロールすることがある程度可能だと思われる。

但し、国家資本主義には情報統制が厳しくなりすぎるというデメリットもある。前述のとおり過剰投資・過剰債務を調整した後の経済成長率は5%前後と見ているが、厳しい情報統制が中国国民のイノベーションの障害になるようだと、調整後の経済成長率は更に低下する恐れがあるだろう。
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(2016年09月23日「基礎研レポート」)

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【中国経済:過剰債務問題の本質と展望】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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