2016年08月31日

日本の潜在成長率は本当にゼロ%台前半なのか

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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3――潜在成長率の先行き試算

最後に、先行きの成長率によって将来、過去の潜在成長率がどのように変化するかを、ニッセイ基礎研究所の潜在成長率の推計方法を用いてミュレーションした。前提としては、15歳以上人口、労働力率、総労働時間、資本ストックなどを先延ばし9した上で、2018年度末まで(2016年7-9月期~2019年1-3月期)の約3年間の成長率が3%、2%、1%、0%(いずれも四半期毎の前期比年率)の場合の潜在成長率を算出した。

3%成長、2%成長の場合、2018年度末にかけて潜在成長率は上昇を続け、2018年度下期の潜在成長率の水準は3%成長の場合が1.6%、2%成長の場合が1.1%となる(図表10)。1%成長の場合には潜在成長率はほぼ横ばいで推移し2018年度下期の水準は0.5%、0%成長の場合には潜在成長率は足もとの水準からさらに低下し2018年度下期には0.0%となる。

また、1%成長以上のケースでは足もと(2015年度下期)の潜在成長率の水準が直近の推計値よりも高くなる。2015年度下期の潜在成長率は、現時点の0.3%から3%成長で1.0%、2%成長で0.8%、1%成長で0.5%となる。1%成長以上の場合には足もとの潜在成長率が高まった上で先行きが横ばいという形となる。
図表10 先行きの成長率別・潜在成長率の試算
潜在成長率のシミュレーション結果を資本投入、労働投入、TFPに寄与度分解すると(図表11-1~4)、潜在成長率の変化に最も大きく寄与しているのはTFP上昇率の変動である。今回のシミュレーションでは、資本投入量、労働投入量は足もとから大きく変わらないことを想定しているため、現実のGDP成長率の変化の相当部分が現実のGDPと資本投入量、労働投入量の残差として算出されるTFP上昇率の変化となって表れることになる10

たとえば、3%成長が継続した場合、2018年度下期のTFP上昇率は足もとのほぼゼロ%から1.2%まで高まる。このケースでは、先行きだけでなく足もと(2015年度下期)の潜在成長率も0.7%(0.3%→1.0%)高まるが、このうち0.6%がTFP上昇率の変化(▲0.1%→0.5%)によるものとなっている。

このことは、資本投入量、労働投入量の伸びが現在とそれほど変わらなくても現実の経済成長率が高まれば、結果的にTFP上昇率が上がることで潜在成長率が高まる可能性があることを示唆している。
図表11-1 潜在成長率の寄与度分解(3%成長継続のケース)/図表11-2 潜在成長率の寄与度分解(2%成長継続のケース)/図表11-3 潜在成長率の寄与度分解(1%成長継続のケース)/図表11-4 潜在成長率の寄与度分解(0%成長継続のケース)
 
9 成長率毎に異なる想定を置いている。
10 潜在労働投入量を求める際に用いられるHPフィルターによるトレンドも先行きの動きによって過去に遡って改定されるが、今回のシミュレーションでは足もとのトレンドから大きく変わらないことを想定しているため、労働投入の改定幅は小さい。
 

4――おわりに

4――おわりに

ここまで見てきたように、潜在成長率は推計方法や推計に用いるデータによって推計結果が変わるだけでなく、実績値の改定や先行きの成長率の動きなどによって過去に遡って推計値が改定されるという特徴がある。特に、直近の推計結果については不確実性が高いため、ゼロ%台前半とされる足もとの潜在成長率はかなりの幅をもってみる必要がある。

潜在成長率は日本経済の実力とも言われ、中長期的な経済成長率を予測する際のベースとして用いられることも多いが、本稿のシミュレーションで示されたように、今後の成長率次第で先行きの潜在成長率が変わるだけでなく、足もとの潜在成長率も大きく変わりうる。もちろん、現実の成長率を引き上げることは容易なことではないが、潜在成長率が大きく低下しているという認識が広く浸透していることが企業の期待成長率の低下、設備投資の抑制をもたらしているとすれば、こうした悲観論を払拭することも現実の経済成長率の引き上げに一定程度貢献する可能性がある。

ゼロ%台前半とされている現在の潜在成長率はあくまでも過去の日本経済を現時点で定量的に捉えたものであり、将来の経済成長を決めるものではない。少なくとも現時点の潜在成長率を所与のものとして日本経済の将来を考える必要はないだろう。
<参考文献>
一上響、代田豊一郎、関根敏隆、笛木琢治、福永一郎(2009)「潜在成長率の各種推計法と留意点」日銀レビュー,2009-J-13
 
伊藤智、猪又祐輔、川本卓司、黒住卓司、高川泉、原尚子、平形尚久、峯岸誠(2006)「GDPギャップと潜在成長率の新推計」日銀レビュー,2006-J-8
 
荻島駿、笠原滝平(2015)「GDPギャップの推計方法の改定について」今週の指標 No1114 <http://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2015/0212/1114.html>
 
亀田制作(2009)「わが国の生産性を巡る論点~2000年以降の生産性動向をどのように評価するか~」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ,No.09-J-11
 
酒巻哲朗(2009)「1980年代以降のGDPギャップと潜在成長率について」、慶應義塾大学出版会「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」第1巻『マクロ経済と産業構造』p.3-32.
 
内閣府「経済財政白書」(各年版)
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斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2016年08月31日「基礎研レポート」)

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