コラム
2016年08月30日

GPIFによる保有銘柄公開で、年金運用への信頼性が高められるか?

北村 智紀

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厚生年金や国民年金の積立金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、保有する株式や債券の情報を公表した。株式については、銘柄名、株数、時価総額などについてである。2016年7月に公表されたのは、2015年3月末時点での保有銘柄等の情報であり、今後も定期的に開示を行うとしている。情報公開により透明性を高め、年金運用への信頼性を向上させることを目的としている。

しかし、資産運用に関して情報公開を進めることは、必ずしも人々の合理的な行動を促すわけではない。その理由の一つに「近視眼的損失回避(MLA:マイオピック・ロス・アバージョン)」の問題がある。MLAとは、投資の評価の頻度が高まると、株式等へのリスク資産への投資が低まるという投資家の非合理的な行動を説明する理論である。米国のBenartzi教授とThaler教授が提案した考え方である。

株式は長期的には高いリターンが期待できるが、短期的には値上がり、値下がりを繰り返す。それほど大きくない株価の下落だとしても、人間は損失を被ることを非常に嫌に思う。儲かったか、損したかを評価する頻度が高まれば、損失を認識する回数が増える。そうすると、他の条件は同じだとしても、長期的に投資の評価をする時と比較して、株式投資への投資量を減らしてしまうという非合理的な行動をとる。

GPIFが定期的に保有銘柄を公開すれば、その中には、損失を被っている銘柄も含まれているだろう。このようなことを毎年行っているうちに、多くの銘柄が繰り返し損失していることに対して批判が集まることになる。そうすると、このような批判を避けるために、短期的に値下がりしている銘柄を売却することや、株式への配分自体を引き下げる可能性もある。カナダのBellemare教授等の経済実験を利用した研究によれば、利益や損失に関する情報公開の頻度を単に高めただけで、投資家の行動が変わってしまうことが示されている。

もちろん、GPIF自身や、GPIFが運用を委託している運用会社は、資産運用の専門家の集まりである。短期的に株価は変動し得ることは知っているし、長期的な視点で運用戦略を考えているはずである。このようなMLAの問題は、個人投資家には起こり得るかもしれないが、運用の専門家には当てはまらないと多くの人は思うかもしれない。

しかし、米国のHaigh教授やList教授の経済実験を利用した研究によれば、MLAにより株式への投資量が減ってしまう現象は、投資の経験が少ない学生よりも、プロの方がより当てはまるとしている。プロの方が短期的な損失により批判されることをより避ける傾向があるからだと思われる。

年金運用は長期的な視点で行われるべきであり、短期的な株価の値下がりに大きく影響を受けることは避けるべきであろう。MLAなどの理由により、保有株式等の情報公開により透明性を高めることで、必ずしも信頼の向上につながるわけではない。情報公開には一定の副作用もあり、それがひどければ、本来あるべき運用ができず、かえって信頼性が損なわれることもあり得ることを認識しておく必要があろう。


参考文献
Benartzi S. and R. Thaler (1995) “Myopic Loss Aversion and the Equity Premium Puzzle,” Quarterly Journal of Economics CX, pp.73-92.

Bellemare C. M. Krausee, S. Krfgerf and C. Zhang (2005) “Myopic Loss Aversion: Information Feedback vs. Investment Flexibility,” Economics Letters 87, pp. 319–324.

Haigh M. and J. List (2006) “Do Professional Traders Exhibit Myopic Loss Aversion? An Experimental Analysis,” Journal of Finance LX(1), pp.521-534.
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北村 智紀

研究・専門分野

(2016年08月30日「研究員の眼」)

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