2016年08月29日

健康保険組合の役割の拡大-公平性の確保と、連帯意識の醸成を、どう両立させるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――被用者保険における公平性の確保と、連帯意識の醸成

被用者保険では、被保険者は保険者を、保険者は被保険者を、相互に選択できない。また、保険料は、被保険者と事業主が折半して負担する、という特徴がある7。これらの特徴が、事業運営に、どのような影響を及ぼしているかを、見ていくこととしたい。

1被保険者と保険者に相互に選択をさせないことで、リスク選別の発生を防止している
公的医療保険制度では、対象者全員が、所定の保険制度に加入する。被保険者個々のリスクの大きさは、保険料に反映されない。この条件の下で、被用者保険では、原則として、被保険者と保険者は相互に選択できないこととされている。

仮に、自由な選択を許せば、リスクの低い被保険者は、今よりも安い保険料を提示する保険制度に加入できる。一方、リスクの高い被保険者は、高額の保険料の保険制度にしか加入できなくなる。そして、もし保険料が負担できなければ、保険非加入状態となる。これは、リスクに応じた保険料の負担という公平性を高める一方で、国民皆保険が揺らぐことに、つながりかねない。

このように、現在の制度では、被保険者は保険者を、保険者は被保険者を、相互に選択できないようにすることで、リスク選別の発生を防止している、と見ることができる。

2保険料の事業主負担を通じて、事業主の健康保険事業への関与を求め、医療費の増加を抑止している
被用者保険では、保険料を労使で折半して負担している。事業主負担には、事業主を保険事業に関与させるという意味合いがある。仮に、これを廃止した場合、事業主にとって、健康保険事業は、コスト削減の対象ではなくなり、その効率化には、関心が向かなくなるであろう。そうなれば、医療制度において、医療サービスを提供する側の声が強まり、医療費は高騰する可能性が高い。即ち、現在の制度は、保険料の事業主負担を通じて、事業主の健康保険事業への関与を求め、医療費の増加を抑止している、と見ることができる。

3日本の被用者保険では、職域連帯が実現しており、適度な公平性との両立が図られている
こうして見ていくと、被用者保険の目指すものは何か、ということに考えが至る。一般に、公的医療保険制度では、国民皆保険の前提のもとで、加入者の公平性の確保と、連帯意識の醸成を、両立させることが図られている。

被用者保険の場合、職域連帯を維持しながら、適度な公平性を実現していくことになる。仮に、被保険者のリスクを反映して保険料率を設定すれば、公平性は、現在よりも高まるだろう。しかし、その一方で、被保険者の職域連帯の意識は、薄れてしまう。そうなれば、社会全体としての医療費の高騰、個人の財力に応じた医療格差の助長など、多くの課題が生じる可能性がある8
 
 
7 規約により、事業主負担割合を、加重することができる。
8 これに関して、ドイツの医療保険制度のように、被保険者による保険者の選択を認めたうえで、事後的に保険者間のリスク調整を行えばよい、という考え方があるかもしれない。保険者間のリスク調整を突き詰めていけば、実質的に、保険制度を一元化することにつながっていく。これは、職域から、リスク調整を行った保険制度全体に、連帯の範囲が広がることを意味する。一般に、連帯の範囲が広がれば、そこに含まれる被保険者や事業主の連帯意識は希薄となる。このため、コスト削減の取り組みは、疎かになるものと考えられる。
 

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

これまで、被用者保険は、医療制度のファイナンスを担う仕組みとして、国民健康保険とともに、中心的な役割を果たしてきた。しかし、少子高齢化を受けて、現在の財政は逼迫している。更に高齢化が進んでいけば、その厳しさは、増していくものと考えられる。今後、医療費を削減するために、予防医療を充実させることは、避けては通れないであろう。そのために、まず、事務体制の強化や、ガバナンスの充実など、保険者の体制の整備を進めることが、必要と考えられる。また、併せて、被保険者の連帯意識の向上を図ることで、予防医療の効果が高まるものと期待される。

今後も、被用者保険を含む、公的医療保険制度の動向に、引き続き、留意が必要と思われる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2016年08月29日「基礎研レター」)

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