2016年08月29日

健康保険組合の役割の拡大-公平性の確保と、連帯意識の醸成を、どう両立させるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2――被用者保険の現状

まず、政府等が公表している統計をもとに、被用者保険の現状を見ることとしたい。

1加入者数は減少しつつも7,000万人以上を維持しているが、組合数は年々減少
近年、被用者保険の被保険者数は、4,000万人程度で微増している。一方、被扶養者数は、3,000万人台で徐々に減少している。この背景には、少子化や、専業主婦の減少があるものと見られる。
図表1. 公的医療保険の加入者数(年度末現在)推移
健康保険組合と協会けんぽに分けて見ると、被保険者数は、健康保険組合で横這い、協会けんぽで微増の傾向を示している。被扶養者数は、健康保険組合で減少、協会けんぽで横這いとなっている。また、健康保険組合の組合数は、年々減少して、2016年度始には、1,399組合となっている。
図表2. 被用者保険の加入者数(年度末現在)、および組合数(年度始現在)の推移
2保険財政は厳しい状態が続いており、保険料率が引き上げられてきている
次に、保険事業の財政状況を見てみよう。高齢者医療を支えるための支援金・納付金の負担は、健康保険組合、協会けんぽに対し、それぞれ毎年約3兆円の負担となっている。このため、健康保険組合では、2016年度に1,000億円以上の経常赤字が見通されている。協会けんぽは、毎年約1兆2,000億円の公費補助を受けている3。これにより、2016年度は4,000億円程度の黒字の見込みとなっている。
図表3. 健康保険組合と協会けんぽの収支 (年度別)
健康保険組合では、2016年度に経常収支が赤字となる組合が、901組合(組合全体の64%)に上る(予算早期集計ベース)。これまでに、厳しい収支状況を受けて、多くの組合が保険料率を引き上げてきた。保険料率の推移を見ると、健康保険組合の平均は年々上昇し、2016年度には、9.1%に達している。
図表4. 健康保険組合と協会けんぽの保険料率の推移
保険料率ごとの組合の分布は、高い保険料率にシフトしており、2016年度は、保険料率を9%台後半に設定している組合が、最も多くなっている。保険料率を、協会けんぽの全国平均料率である10%以上としている組合は、299組合(組合全体の2割超)となっている。一方で、保険料率を6%未満としている組合もあり、組合間の格差が拡大している4
図表5. 保険料率ごとの組合分布
2015年5月に「医療保険制度改革関連法」が成立し、高齢者医療への支援金を各保険制度間で分担する際の基準を、人数基準である加入者割から、所得基準である総報酬割に移行させることとなった。総報酬割部分の割合は、2015年度に2分の1、2016年度に3分の2に引き上げられ、2017年度には全面総報酬割となる予定である。これにより、協会けんぽや、低所得者の多い健康保険組合等では、負担が軽減する。一方、高所得者の多い健康保険組合等では、負担が高まり、財政は、更に厳しくなる可能性がある。
 
 
3 協会けんぽは、保険給付費等の16.4%分が、国から補助されている。
4 法律上、健康保険組合と協会けんぽの保険料率は、3~13%の範囲内で決定するものとされている(健康保険法 第160条 第1項および第13項)。範囲の上限は、2016年度に、それまでの12%から引き上げられた。
 

3――被用者保険の保険者の役割

3――被用者保険の保険者の役割

被用者保険の保険者の役割は、大きく2つに分けられる。それぞれについて、見てみよう。

1被用者保険には、事業主や被保険者に対する対内的機能と、医療機関等に対する対外的機能がある
保険事業の運営に関する、基本的な機能がいくつかある。主なものを、次表にまとめている。

まず、事業主や被保険者に対する機能として、加入管理や、保険料の徴収などがある。(1)~(4)は、保険給付事業、(5)は、保健事業と呼ばれることもある。一方、医療機関や支払基金に対する機能として、レセプトの審査や、診療報酬の払込みなどがある。(8)の診療報酬改定は、中央社会保険医療協議会(中医協)で行われる。被用者保険の保険者は、支払側委員の一角として、審議に加わっている5
図表6. 被用者保険の機能 (主なもの)
2対内的機能の実施や、予防医療等の新規事業を進めるために、実務の体制整備が重要
これまで、医療制度改革の検討において、被用者保険の対外的機能について、議論されることが多かった。例えば、被用者保険どうしの競争を促すことで、医療の効率性を高めて、医療費の削減を図るべきではないか、といったことが論じられてきた。しかし、保険者の根幹は、自立して、加入管理、給付額の見積り、保険料率の設定等を行うことであろう。近年は、医療費の削減とともに、加入者の健康を保持し、予防医療等の保健事業を展開することが、急務となってきている。

3被用者保険の事務体制は脆弱で改善の余地がある
被用者保険は、多くの重要な機能を担っているが、それを支える事務職員の規模を見てみよう。
図表7. 被用者保険の事務職員規模 (2015年3月末)
被用者保険1組合あたりの事務職員数は、平均6.4人。これは、被保険者1,733人に、1人の割合に相当している。また、被保険者が少ない組合の場合、事務職員の割合は、更に少ない模様である。
このように、現在の事務職員体制は、人員が限られている。このままでは、加入管理やレセプトの審査といった、従来の業務を進めることで手一杯なのではないかと考えられる。今後、健康保険組合は、事業主と協力して、従業員の健康に取り組む、コラボヘルス6の動きが進むと見られる。そのためには、事業主と連携を強化する必要がある。事務職員の拡充を含めた、体制の強化が必要であろう。
 
5 中医協は、支払側委員(健保組合の保険者・被保険者等)7人、診療側委員(医師等)7人、公益委員6人の、20人からなる。
6 一般に、従業員に、健康保険組合が個別にアプローチして保健指導を行うことには限界がある。通常、従業員に対する事業主の影響力は大きい。この影響力を、保健事業に活かして、予防医療等を推進しよう、とする動きが始まっている。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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