2016年08月29日

資本市場から見た不動産価格に対する金利上昇インパクト~インプライド・キャップレートの金利感応度分析~

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1――好調な不動産投資市場を後押しする歴史的な超低金利

不動産投資市場は好調に推移し、投資利回りは低下(価格は上昇)している。日本不動産研究所が半年毎に実施している不動産投資家調査によると、東京都心一等地のオフィスビルの不動産投資利回り1は、2016年4月に3.70%と、同調査で過去最低を記録した(図表―1)。また不動産投資利回りは10年国債利回りと平行に低下している。両者の差を表すイールドギャップは、2016年4月に3.78%と、不動産投資利回りが低下し始めた2012年10月の3.72%とほぼ変わらない水準だ。ここから不動産投資市場が好調な要因の1つが、日本銀行の大胆な金融緩和を背景2とした金利低下であると推察される。
図表―1 不動産投資利回りと10年国債利回りの推移
不動産投資市場を後押ししてきた金利の先行きについては、日本銀行の超緩和的な金融政策が継続し、低位安定するとの見方が市場では一般的だ。一方、金利が金融政策により低く抑えられているため、金融緩和の出口が視野に入ってきた場合等、金利がいずれ急騰するとの懸念もある。金利が本格的に上昇すると、低金利の恩恵を被ってきた不動産投資市場も影響は避けられないであろう。

では、金利が上昇した場合、不動産投資市場はどれほどの影響を受けるのだろうか。不動産投資市場の取引データは少なく、即時性に劣ることも多いため、分析が容易ではない。そこで本稿では、J-REITのインプライド・キャップレートを用いて、資本市場から見た不動産の金利上昇リスクを分析した。

以下では、最初に、インプライド・キャップレートの概要を説明する。次に、インプライド・キャップレートの変動要因を分析し、インプライド・キャップレートの金利感応度を推計する。そして、市場がどのような金利上昇シナリオを予想しているかを確認し、その場合、インプライド・キャップレートがどれほど上昇すると予想されるかを試算する。最後に、本論で得られた結論をまとめる。
 
 
1 東京 丸の内・大手町のAクラスオフィスビルの期待利回り。
2 日本銀行は現在、長期国債の保有残高が年間約80兆円に相当するペースで増加するよう国債買入れを実施。償還する分を考慮すると、年間で約120兆円の国債を買入れることを意味する。これは財務省が2016年度に市中で発行を予定する122兆円の長期国債(カレンダーベース、国債全体から短期国債を除いたもの)に匹敵する金額である。さらに、2016年1月にはマイナス金利政策の導入を発表し、日本銀行当座預金の一部にマイナス金利を適用。発表後、年限の長い国債利回りも徐々にマイナスとなり、2016年7月には新発20年債利回りもマイナスを付けた。
 

2――インプライド・キャップレートの概要とキャップレートとの関係

2――インプライド・キャップレートの概要とキャップレートとの関係

本稿の分析の対象であるインプライド・キャップレートについて、キャップレートとの関係を確認しながら、説明する(図表―2)。
図表―2 インプライド・キャップレート、キャップレートと財務諸表の対応関係
インプライド・キャップレートは、予想NOI(Net Operation Income、純営業収益)3を資本市場で決定される企業価値により除することで決まる。同指標は、J-REITの利回り指標の一つで、運用する不動産に対して、資本市場が期待する利回りを示す。

NOIは不動産賃貸収入から、不動産賃貸事業費用(減価償却費を除く)を差し引いたものである。また企業価値は、時価総額にネット負債を加えたもので、ネット負債は有利子負債と敷金・保証金から現預金を差し引いたものである。

NOIやネット負債は、主にJ-REITの不動産運用や財務活動により形成され、一般的には安定的に推移する。一方、企業価値はJ-REITの投資口価格の動きにより変動するため、資本市場の影響を大きく受ける。従って、日々変動し、市場環境等によっては大きく変動することもある。インプライド・キャップレートの変動は、J-REITの投資口価格の動きに因るところが大きい。

キャップレートは、予想NOIを不動産投資市場で決定される不動産価格で除することで求まる。同指標は、還元利回りとも呼ばれるように、直接還元法で予想NOIから不動産価格を求める際に適用される利回りである。また運用する不動産に対して、不動産投資市場が期待する利回りを示す。

インプライド・キャップレートとキャップレートは、双方とも不動産に対する期待利回りであるという点では同じである。しかし、インプライド・キャップレートの分母が資本市場で決定される企業価値であるのに対して、キャップレートの分母は不動産投資市場で決定される不動産価格である。従って、前者は資本市場が示す不動産の期待利回り、後者は不動産投資市場が示す期待利回りであると言われている。

一般的には、資本市場は不動産投資市場と比較して、変動するタイミングが早く、またボラティリティも大きいことが多い。従って、インプライド・キャップレートもキャップレートと比較して、先行性を有し、また変動幅も大きいという特徴を有するとされる。

なお、インプライド・キャップレートは、下記数式の通り、リスクフリーレートとリスクプレミアム、期待NOI成長率(逆符号)に分解できる。
 
インプライド・キャップレート = リスクフリーレート + リスクプレミアム - 期待NOI成長率

リスクフリーレートは、10年国債利回りとされることが多く、金利変動の影響を直接受ける。一方、リスクプレミアム等にも、金利変動の間接的な影響が及ぶため、必ずしも金利とインプライド・キャップレートが平行に変動するわけではない。またインプライド・キャップレートの金利感応度は、経済状況や市場環境等、様々な要因により変動するため、統計的手法等を用いて推計する必要がある。
 
3 NOIではなく、NCF(Net Cash Flow、NCF = NOI-資本的支出)等が用いられることもある。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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