2016年08月19日

欧州経済動向~緩やかな拡大持続も警戒は怠れない~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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4~6月期もユーロ圏の緩やかな拡大持続

8月12日に公表した4~6月期のユーロ圏実質GDP(速報値)は前期比0.3%、前期比年率1.1%だった(表紙図表参照)。天候などの特殊要因で押し上げられた1~3月期の同0.6%、同2.2%からは減速したが、緩やかな拡大は続いた。

速報値の段階であるため、需要項目別の内訳は未公表だが、過去2年余りの基調は変わらず、最大の需要項目である個人消費が主導したと思われる(図表1)。

個人消費の拡大の背景には雇用所得環境の改善がある。6月の失業率は10.1%と5月と同水準だったが、失業者数の減少傾向は続いている(図表2)。

エネルギー価格低下による低インフレによる実質所得押し上げ効果も個人消費を支えている。7月インフレ率は前年同月比0.2%とゼロ近辺での推移が続く。全体のおよそ2割の比重を占める食品価格が前月の前年同月比0.9%から同1.4%に上昇したが、エネルギー価格は同6.4%から同6.7%と下落幅が僅かに拡大した(図表3)。
図表1 ユーロ圏の実質GDP(需要別)/図表2 ユーロ圏失業率/図表3 ユーロ圏インフレ率/図表4 ユーロ圏、英国の総合PMI

英国のEU離脱選択後も急ブレーキが掛かる兆候はない

英国のEU離脱選択後も急ブレーキが掛かる兆候はない

英国がEUからの離脱を選択した影響が確認できる7月以降のデータは限られているが、現段階では、ユーロ圏経済に急ブレーキが掛かる兆候はない。

実質GDPと連動性が高いユーロ圏の総合PMI(購買担当者指数)は、7月(確報値)も53.2と生産の拡大と縮小の分かれ目となる50を上回る水準で僅かに改善した(図表4)。英国は6月の52.5から7月は47.4へと大きく悪化している。離脱選択の初期の影響は英国経済には大きかったが、ユーロ圏経済には軽微だった。

英国のEU離脱選択ショック後の動きは、世界的に矢継ぎ早に経済見通しの下方修正を迫られた2008年9月のリーマン・ショック後とは大きく違う。
 

リーマン・ショック後とは大きく異なる

リーマン・ショック後とは大きく異なる

リーマン・ショック後は、大手金融機関の破綻を引き金に取引相手の信用リスクへの不安が急激に高まり、銀行間の取引が消失するなど、短期金融市場が麻痺状態に陥ったため、世界経済に急ブレーキが掛かった。国際通貨基金(IMF)は、リーマン・ショックからおよそ2週間後の10月2日に公表した「世界経済見通し」で2009年の世界経済の成長率を前年比3%と、同年7月に公表した見通しから0.9%ポイント下方修正した。特に、危機の影響が大きかったユーロ圏の見通しは同0.2%と1.0%ポイントも大きく下方修正された。

さらに、IMFはおよそ1ヶ月後の同年11月6日に世界経済見通しを同2.2%、ユーロ圏の見通しは同マイナス0.5%へとさらに引き下げ、世界経済の回復のための財政出動と金融緩和による政策対応を呼びかけた。同年11月14~15日にはワシントンで世界金融危機への対応を協議するための主要20か国・地域首脳による初の会合(金融サミット)が開催、2009年4月にはロンドンで第2回会合が開催され、金融監督規制の強化とともに成長と雇用の回復のための措置をとることで合意した。それでも、2009年の世界経済の成長率はマイナス0.05%、ユーロ圏はマイナス4.5%に落ち込んだ。

IMFは、7 月 19 日に公表した「世界経済見通し(改定見通し)」で、英国のEU離脱という選択を反映した下方修正を行なったが、その幅は僅かだった。17年の世界経済の成長率は3.4%で4月の段階での見通しからの下方修正幅は0.1%ポイントだった。ユーロ圏は同1.4%で0.2%ポイントだった。その後の推移も、世界的に経済見通しの下方修正を矢継ぎ早に迫られた2008年9月のリーマン・ショック後とは大きく違う。

IMFは、2008年10月の見通しで、リーマン・ショックを「1930年代以降で最も深刻な成熟市場における金融ショックに直面し、世界経済は大幅な減速局面にさしかかっている」と位置づけたが、離脱ショックは「金融市場の反応は激しかったが、総じて秩序は保たれていた」と評価している。

リーマン・ショックは金融危機、離脱ショックはむしろ政治・地勢学リスクの顕現化であり、そもそも危機のタイプが違う。主要な中央銀行は、著しく緩和的な金融政策を維持しており、世界金融危機を教訓に必要に応じて流動性を供給する意志を表明した。金融規制・監督体制の改革の進展が金融市場のショックへの耐性を高めている。これらも、市場の秩序の維持に貢献したと思われる。
 

しかし警戒は怠れない

しかし警戒は怠れない

しかし、英国のEU離脱に関わる不確実性の解消には時間が掛かり、他方、現在の世界経済はリーマン・ショックとは異なる新たなタイプの危機のリスクがあることから、警戒は怠れない。潜在的なリスクとしては、超金融緩和策の長期化による金融機関の収益力の低下、金融緩和の恩恵を受けてきたセクター(エネルギー、新興国など)の債務問題、銀行への規制強化を背景とするファンドや投信などシャドー・バンキングの拡大などがある。著しい金融緩和や規制・監督体制強化の副作用という面もあり、慎重な政策対応が必要とされている。

欧州については政治リスクへの警戒も怠れない。欧州の統合を推進してきた中道右派・中道左派という主流派の政治勢力への支持が低下、英国のEU離脱という選択との共振が起きやすい地合いがある。向こう1年間、ユーロ圏の主要国で国民に信を問う機会が続き、結果に市場が一喜一憂することが繰り返されそうだ。

筆者は、主流派の支持低下という基調は短期的には変わりそうにないが、直ちに離脱ドミノに発展することはないと思っている。市場ユーロを導入している国々を中心に英国よりも深く統合に組み込まれていることや、ビジネス環境不利化の回避、安全保障面での必要性などから、離脱のコストがベネフィットを上回るという判断が働くと考えている。
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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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