2016年08月19日

人は時に合理的である-ふるさと納税シリーズ(3)ふるさと納税の変遷が教えてくれる

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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4――自治体の合理的行動

(1) 平成27年度制度改正
平成27年度にふるさと納税制度が改正された。改正点は2つある。まず、2章で説明の通り、特例分が2倍に拡充され、ふるさと納税上限額(実質負担額が自己負担下限額にとどまる寄附額上限)も2倍になった。これにより、ふるさと納税上限額が6万円を超える納税者が増えた。ふるさと納税上限額が6万円を超えるのに必要な年収の目安が、独身者やDINKSなど扶養家族がいない場合は、750万程度から500万円程度に、専業主婦と大学生と高校生の子供がいる場合なら900万円程度から675万円程度に引き下がったからだ。これは、返礼品目当ての寄附者にとって、より多くの返礼品を受け取ることが可能になったと言い換えられる。自己負担下限額は変わらず2,000円なので返礼品目当ての寄附の利点が大きくなったのだ。次に、手続きが簡素化された。従来は確定申告が不要な給与所得者であっても、ふるさと納税の寄附金控除を受けるには確定申告が必要であった。平成27年度以降は、確定申告を行わなくても、寄附する自治体にワンストップ特例申請書を提出すれば、ふるさと納税の寄附金控除が受けられるようになったのだ(ふるさと納税ワンストップ特例制度)。ただし、この制度を利用するには寄附先自治体を5自治体以下に抑える必要がある。
(2)送付方針異常あり
3章で返礼品目当ての寄附者にとって、特産品に手が届く最小限(1万円が一般的)に留め、ふるさと納税上限額の範囲内でより多くの自治体に寄附することが合理的だと述べた。特例分の拡充により、ふるさと納税上限額が6万円を超える寄附者が増えたが、より多くの返礼品を得るために、この戦略の実行を試みる寄附者は、平成27年度の制度改正により二者択一を迫られることになる。彼らには、従来の寄附先を6自治体以上に分散するか、ふるさと納税ワンストップ納税特例制度を利用するために寄附先自治体を5自治体以下に抑えるか選択する必要が生じたのだ。

それに対して、自治体の反応は早かった。ほとんどの自治体が、寄附金額毎(例えば、1万円刻み)に返礼品の質を変える、もしくは寄付金額に応じて返礼品を多く送付する方針に転換したのだ。これにより、一つの自治体に対する寄付金額を、特産品に手が届く最小限(1万円が一般的)に留める必要性がなくなった。つまり、返礼品目当てで、かつふるさと納税ワンストップ特例制度の利用を希望するふるさと納税上限額が6万円を超える寄附者は、上記の二者択一から解放されたことを意味する。自治体にとっても一件当たり寄附額アップが期待できる。事実、平成27年度の一件当たり寄附額は2.3万円(寄付総額1,653億円、受入件数726万件)に反転した(図表5)。このように、寄附者のみならず、自治体も合理的に対応している。
図表5:一件当たり寄附額の推移
(3)5自治体以下に抑えるのは何故?
そもそも、ふるさと納税ワンストップ特例制度を利用するには、寄附先自治体を5自治体以下に抑える必要性はどこにあるのだろうか。総務省のふるさと納税ポータルサイトにおいて、ふるさと納税創設時の検討資料(ふるさと納税研究会(平成19年6月1日~平成19年10月5日))を含め、ふるさと納税に関する情報が広く公表されている。しかし、ふるさと納税ワンストップ特例制度創設時の検討資料は掲載されておらず、検索エンジンの力を借りても寄附先自治体を5自治体以下に抑える理由は見つけられなかった。筆者は「より多くの返礼品を手に入れるための寄附先分散」を抑制する目的であったのではないかと推測している。根拠は、「平成27年度税制改正大綱(平成26年12月30日 自由民主党 公明党)」において、平成27年度制度改正とあわせて、「地方公共団体に対し、返礼品等の送付について、寄附金控除の趣旨を踏まえた良識ある対応を要請する」という記載があることだ。より数多くの返礼品を手に入れることを目的とした納税者の行動を良しとしない考えがあったと推測できる。仮に、筆者の推測が正しければ、寄附先分散を抑制する効果はあったかもしれないが、自治体の合理的行動によって、「より数多くの返礼品を手に入れるための行動」自体は抑制できなかったことになる。別の理由として、寄附者が居住する自治体の事務負荷を考慮し、寄附先自治体を5自治体以下に抑えた可能性もある。しかし、平成28年以降、ふるさと納税ワンストップ特例制度を利用する際にはマイナンバーが必要となり、事務負荷が大幅に軽減されるはずにも関わらず、自治体数の上限が緩和されていない。それどころか、ふるさと納税ワンストップ特例制度は自治体の負担が大きく、自治体数に上限を設けたことで、更に寄附者が居住する自治体の事務負荷を大きくしている面すらある5
 
5 ふるさと納税シリーズ(4)にて執筆予定
 

5――まとめ

5――まとめ

冒頭で、人が合理的に行動しているとは考えられない事例が多いと書いた。しかし、人が合理的に行動できないのは、心理的混乱状態にある場合や、何が合理的行動か判断できるほど問題が難解な場合等に限られる。幸い、ふるさと納税制度に対する人々の行動はかなり合理的だ。こうした人々の合理的行動を踏まえ、制度を再設計するべきではないだろうか。寄附金控除の趣旨がいかに崇高であっても、人々の合理的行動を踏まえた設計でなければ帰結が歪むだけでなく、無駄な事務負担を招くのだから。
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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2016年08月19日「基礎研レター」)

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