2016年08月09日

IAIS(保険監督者国際機構)によるICS(保険資本基準)について-公表された市中協議文書の概要と関係団体からの初期反応等-

中村 亮一

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6―ICSを巡る動向と今後の議論について

以上、2016 ICS CDの概要とそれに対する関係団体からの初期反応等について報告してきた。
ここでは、ICSを巡る全体的な動向について触れるともに、筆者の見解等について述べておく。

1|保険負債評価手法についての2つの方式の並存
最大の争点である保険負債の評価手法については、これまでも常に欧州と米国の方式の間で議論が行われてきた。今回のICS Version 1.0に関する限り、結局は、EUのソルベンシーIIに対応した手法である「市場価値調整ベース(MAV)」、と米国にとってより望まれる手法である「GAAP調整アプローチ(GAAP+)」、の2つの評価方式が並存して、これらの両方式を認める形となっている。

ICS Version 2.0においては、比較可能性をより向上させることを目指しているが、欧米の関係団体等によるそれぞれの手法への強い拘りが示されている状況下で、2019年というスケジュール感の中で、どの程度評価手法の収斂が図られて、比較可能性が高められていくのかについては、不透明な要素が高いと言わざるをえないように思われる。

2|EUのソルベンシーIIを巡る動き
この背景には、EUのソルベンシーII自体が本当にうまくワークしていくのか、という点に対する十分な信頼感が欠如していることが大きく影響しているように思われる。EUのソルベンシーIIは、導入に至るまで、長年をかけて多くの議論や影響調査等が行われてきたが、最終的には政治的な決着が図られた内容も含まれる形で、2016年からスタートしている。

欧州の保険会社も、ソルベンシーII導入に至るまでは、多くの課題指摘等を行ってきたが、ソルベンシーIIが導入された今となっては、ICSでそれとは異なる新たな資本基準を課せられる形になることはとても容認できない、というスタンスである。

ただし、ソルベンシーII自体は、2018年にはレビューが計画されており、より洗練された制度に向けて、今後さらなる議論を通じた見直しが行われていくことになる。その意味で、現在のソルベンシーII自体は、各種の経過措置の存在や内部モデルの取扱い、各国監督当局間の実際の規制内容の不統一等の課題を抱えて、いまだ発展途上にある制度である。

従って、こうしたソルベンシーIIに類似した「市場価値調整ベース」に基づくMAVによるソルベンシー規制の考え方について、米国等が十分に信頼することができないでいるのも理解できるものと思われる。

3|米国における保険資本規制を巡る動き
(1)連邦による保険資本規制を巡る動き7
米国においては、6月3日に、FRBより、連邦による監督下にある保険会社に対するグループ資本規制に対するアプローチ等の提案が公開された。その中では、2016年に導入されたばかりでその制度の実効性が十分に確認されていない「EUのソルベンシーIIのアプローチ」に対する強い問題意識と、いまだ開発途上にある「IAISのICSでのアプローチ」に対する課題意識が示されている。一方で、これまで長期間にわたって運営されてきた「米国の監督規制のアプローチ」をベースに今後の検討を進めることへの強い志向が示されている。

(2)州ベースの保険資本規制を巡る動き
米国における単体の保険会社に対する資本規制については、州ベースのRBC制度があるが、その基礎となる保険負債評価については、2017年1月から、PBR(プリンシプル・ベースの責任準備金評価)制度がスタートすることになっている8。PBRでは、これまでの伝統的なロックインでの標準責任準備金評価方式から、より直近の状況を反映した前提に基づいた責任準備金評価方式へと移行していくことになる。ただし、PBRが導入されるのは今後の新契約からのみであり、さらには現行方式との大小チェックも残る等、新たな方式は時間をかけて段階的に導入されていく形になっている。

4|市場価値調整ベース(MAV)について
これまでのICSの検討過程をみると、IAISにおいては「市場価値調整ベース(MAV)」に志向した検討が行われてきたように思われる。

「完全な市場価値に基づく方式」が実態的に大きな課題を抱えることになることについては、これまでの経験や議論を通じて、多くの関係者の間での共通の認識となったものと思われる。

一方で、「市場価値調整方式」についても、「EUのソルベンシーIIを含めて、伝統的な長期の生命保険商品を中心に販売してきた市場において、実証的に問題なく機能してきた、という証左はない。」ように思われる。その意味では、今回、IAISが提唱している「市場価値調整方式」であるMAVについては、実際に運営可能な方式がうまくまとまっていくのかについては、大変興味深いものがある。

「どのような調整をどの程度行うのか」について、これまでも検討・議論が行われてきたが、今回のCDに対するコメントやフィールドテストでのデータ収集等を踏まえて、MAVの課題点を可能な限り認識し、さらなる検討・議論が深められていくことになる。

いずれにしても、MAVについては、GAAPベースとは異なり、実際の場面ではテストされていないものであることから、今後のEUソルベンシーIIでの実際の経験等も踏まえて、ソルベンシーIIと同様に、定期的な見直しを行うことで段階的に実施していくプロセスを慎重に進めていくことが望まれる。

さらには、MAVを実際の行政介入等の要件の基準として採択していく場合には、その「調整」等の内容について、対外的に十分な説明を行うことで、投資家や消費者等の理解を得ていくことが重要になってくる。

5|GAAP調整アプローチ(GAAP+)について
一方で、GAAP調整アプローチ(GAAP+)については、GAAPないしはSAPという、少なくともこれまで各国の監督・規制制度の中で実際にワークしてきた制度がベースになっている。ただし、GAAP自体が各国間で多くのパターンがある中で、各国のGAAP+の間の比較可能性を高め、MAVとの同等性も高めていくために、必要な調整が具体的にどのような形で行われていくことになるのかについては、必ずしも明確でないように思われる。

調整の性質及び規模については各国間でかなり異なる可能性があることから、各国間の比較可能性を確保していくためには、今後これらのGAAP+方式に基づく数値が開示されていく場合には、GAAPへの「調整」の内容についても、十分に説明し、開示していくことが求められてくることになる。

6|ICSの最終目標
こうした中で、ICSの最終目標について、今回のCDでは、以下のように述べられている。

「IAISの最終的な目標は、まだ決定されていない日付までに、1 つのICSが、管轄区域全体に、比較可能な、すなわち実質的に同じ、結果を達成する、共通の方法論を含む単一のICS(を作成すること)である。」

このIAISの最終目標については、ここまで述べてきた状況を踏まえると、かなり高い目標のように思われるが、望まれる方向性であることは誰も否定できない。今後、十分な時間をかけて、有効性・実効性を確認していくプロセスを段階的に実施していくことを通じて、最終目標の達成を目指していく必要があるものと考えられる。

7|最後に
IAIGsについては、日本の大手の保険会社も含まれていくことが想定されていることから、ICSを巡る動きについては、多くの人が極めて高い関心を寄せている。その内容が、日本のソルベンシー規制を始めとして、欧州のソルベンシーIIや米国のFRBによる資本規制、RBC制度等にも大きな影響を与えていくことが想定されることから、監督当局や大手の保険会社にとどまらずに、全ての保険会社等の関係者が、その動向を注意深く見守っている。

ICSを巡る動きについては、今後も引き続き注視し、適宜フォローしていくこととしたい。
 
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中村 亮一

研究・専門分野

(2016年08月09日「基礎研レポート」)

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