2016年08月05日

原油相場は危険な時間帯へ~金融市場の動き(8月号)

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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(再び世界的な株安・円高に繋がる恐れも)
年初に原油価格の下落が、産油国経済の悪化懸念や産油国政府系ファンドによる株売り、米エネルギー産業への打撃懸念などを通じて世界的な株安に繋がったことは記憶に新しい。

一方、今回の原油価格下落は今のところ世界的な株安には繋がっていない。米ダウ平均株価は直近やや軟調ではあるが今のところ高値を維持しており、米株式市場の警戒感を示すVIX指数(恐怖指数)も低位で推移している。最近は米企業決算や先進国の金融政策など市場の材料が多く、投資家の関心が分散しがちであるほか、原油価格も下がったとはいえ40ドル付近と、年初に比べれば高い水準にあることがその理由と考えられる。
WTI先物とダウ平均株価/WTI先物とVIX指数
WTI先物とVIX指数の相関係数 ただし、今後さらに原油価格が下落していく場合は楽観できない。

原油価格とVIX指数の間の相関関係を見ると、原油価格もVIX指数も下落してきたことで、現在は正の相関関係にあるが、近年の両者は負の相関関係にあることが一般的であった。

原油価格が40ドルを大きく割り込んだ場合、従来の負の相関関係(原油価格下落→VIX指数上昇)が復活し、世界的な株安が再発する恐れがある。その際は、同時に為替市場においてリスク回避の円買いが活発化し、円高が進行することになるはずだ。
 
原油価格が今後下落を続けるのか?それとも持ちこたえるのか?は、引き続き金融市場の行方を左右する重要なテーマと言える。
 

2.日銀金融政策(7月):ETF買入れ増額、次回の総括的検証を決定

2.日銀金融政策(7月):ETF買入れ増額、次回の総括的検証を決定

(日銀)追加緩和
日銀は、7月28~29日に開催した金融政策決定会合において追加緩和を決定した。ETFの買入れペースを年間約3.3兆円増から6兆円増へと拡大する。また、ドル調達コストが上昇していることへの対応として、金融機関への成長支援資金供給の米ドル特則枠を倍増(120億ドル→240億ドル)、米ドル資金供給オペの担保となる国債を日銀が貸し付ける制度の新設も決めた。一方、マネタリーベースの増加ペース(年80兆円増)、長期国債買入れペース(同)、日銀当座預金の一部に対する▲0.1%のマイナス金利適用などについては変更なしであった。

声明文では、政府の経済対策に言及したうえで、日銀の金融緩和は「政府の取組みと相乗的な効果を発揮するもの」との文言を新たに付け加えている。

さらに、次回9月の決定会合において、現行金融緩和のもとでの「経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこと」を明記した。

市場では、事前の緩和期待が大きく織り込まれていただけに、ETF増額に留まったことで失望の円買いと長期金利の上昇が起きた。
 
同時に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を、「基調としては緩やかな回復を続けている」とし、前月から据え置いた。

政策委員の大勢見通しでは、前回4月公表分と比べて、16年度と18年度の実質GDP成長率を小幅に下方修正したが、17年度の成長率については、消費税率引き上げ延期と経済対策による押し上げ効果を織り込む形で大幅に上方修正している。コアCPI上昇率については、足下の16年度については前回から下方修正したが、17年度と18年度については据え置き、2%の物価目標達成時期も「17年度中」との見方を維持した。これ以上の達成時期の後ろ倒しは、黒田総裁の任期を越えてしまうため、容易ではないという点も影響した可能性がある。
 
その後に行われた総裁会見では、追加緩和がETF増額に留まったことに関して、黒田総裁は「マイナス金利あるいは量的緩和の拡大が限界にきているとは全く思っていない」と発言。

次回会合での総括的検証に対しても質問が集中したが、総裁はその目的について、「海外経済・国際金融市場を巡る不透明感などを背景に、特に物価見通しに関する不確実性が高まっている状況を踏まえて、2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現する観点から行う」「物価の面ではまだ道半ばであることから検証する」と説明。検証結果を受けた金融政策変更については、「総括的な検証を行う前なので特定の方向性を言うのは適切ではない」としつつも、「2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するために何が必要かという観点から検証を行う」と幾度も強調し、「さらに何か必要があれば当然金融政策についても考えていくことになる」と追加緩和へ含みも残した。検証を受けた緩和規模縮小の可能性を問われた場面では、「「量」の面も非常に重要である」「「量」を軽視することになるとは思っていない」と否定的な見解を示したほか、物価目標に関しても、「2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するという方針に変化はないし、今後もそれを変更する考えはない」と存置を示唆した(「2年程度」については敢えて言及しなかった可能性大)。

また、今回の会見では、政府の経済対策について「非常に時宜を得たもの」と前向きに評価、財政政策と金融緩和を政策連携させる「ポリシー・ミックス」の効果を幾度も強調している点が特徴的であった。政府との協調を強調することで、期待に働きかける効果を狙ったものとみられる。

今後の金融政策に関しては、次回9月決定会合での総括的検証が山場になる。総裁は「検証のうえ考える」とのスタンスを表明したが、これを鵜呑みにする市場参加者は殆どいないだろう。既に次回会合での政策変更の方向性を巡って市場では思惑が交錯している。
 
次回会合でのポイントは、「物価目標を変更するか?否か?」、「追加緩和なのか?緩和の縮小方向への調整なのか?」、「(評判の悪い)マイナス金利をどうするか?」などになりそうだ。

与えられたヒントがかなり少ないため正直予想が難しいが、検証結果は、「緩和の効果は明確だが、硬直的な運用が市場の不安定化に繋がっている」と位置付け、短期決戦型で限界が意識されている現行の枠組みを長期対応型に変更すると、筆者は予想している。

具体的には、「物価目標の柔軟化」(「2年程度」を削除のうえ、達成期限に柔軟性を持たせる)と「国債買入れペースの柔軟化(買入れ額に幅を持たせる)」を予想。ただし、これだけでは後退姿勢が際立ち、市場の失望を招く恐れが極めて高いため、質的緩和のメニュー拡大や超長期国債の買入れ増額(ヘリマネっぽさを匂わす)、政府との共同声明の強化など、「緩和の強化」を演出する内容も同時に決定される可能性が高い。ちなみに、マイナス金利については、導入後わずか半年であり、総裁は実体経済への効果が出ているとの言及を最近行っているだけに、撤廃は見込みがたい。とりあえず現状のまま存置し、将来の拡大を視野にタイミングを待つと予想している。
 
展望レポート( 1 6年7月)政策委員の大勢見通し(中央値)/展望レポート( 1 6年7月)政策委員のリスク評価(コアCPI )
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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