2016年08月05日

インドで膨張する不良債権と問題克服に向けた取組み

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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インド政府による公的資金注入(計画) (増資による自己資本の充実化)
商業銀行は19年3月末までには現行より厳しい自己資本の新国際基準(バーゼルⅢ)を満たす必要がある。各行は利鞘確保で収益力を高めているものの、不良債権が増大して十分な引当が計上できておらず、政府は昨年7月に公営銀行は1.8兆ルピー11 の資本増強額が必要との試算を示した。

このうち7,000億ルピーは、4年間で公的資金を注入するとした(図表11)。なお、15年度分(2,500億ルピー)の公的資金注入は実施済み、16年度分(2,500億ルピー)についても7月に政府が国営銀行13行に対して2,292億ルピーを注入すると発表しており、達成目前である。

残りの1.1兆ルピーは、各行が市場で資金調達して資本増強を図るとしている。そのためにも銀行のバランスシートを透明化させ、投資家の不安を和げる必要があるだろう。

なお、政府試算の必要資本増強額(1.8兆ルピー)には、景気回復による銀行収益からの充当分が入っていないことには注意が必要だ。政府は16~18年度の貸出残高増加率を12~15%増と、高めの伸びを見込んでおり、期待通りに業績が伸びなければ資本増強の必要額が更に増えることになる。
 
3-4銀行と企業双方の収益力強化
不良債権問題の克服に向けては、銀行と企業の収益力を強化することが必要だ。インド政府は、公営銀行に対して増資を梃子に(1)ガバナンスの改善、(2)再編・民営化を通じた業務効率化といった改革を進め、また企業に対して不況産業の梃入れ策といった収益力強化に向けた取組みを打ち出している。
 
(公営銀行のガバナンス改善)
公営銀行のガバナンスの改善に向けた政策の目玉としては、銀行委員会(BBB: Banks Board Bureau)の設立(今年4月に活動開始)がある。BBBは政府やRBIの7名からなるメンバーで組織され、公営銀行の経営者と役員を任命する権限を持つ。政府はBBBに任命される専門性の高い役員に判断を任せることにより、リスク管理が強化されると見ている。政府は各行の事業上の決定事項については介入しないと保証しているが、公営銀行の独立性はこれまで以上に制限されそうだ。

このほか、欧米のガバナンス体制に倣い、最高経営責任者・取締役社長と取締役会長のポストを分ける点12も大きな見直しとなった。「経営の執行」と「監督機能」の分離を目的としており、取締役会長は経営の執行にかかわっていない者が就くことになっている。昨年8月には大手5行(バローダ銀行、インド銀行、カナラ銀行、IDBI銀行、パンジャブ国立銀行)の経営トップのポストの分離が公表されている。
 
(銀行再編・民営化を通じた効率化)
不良債権が公営銀行中心に増加したことを契機に、政府は公的資金注入を通じて経営と財務の両面で公営銀行に改革を迫るなか、16年度予算案(16年2月公表)では公営銀行再編と政府保有株比率の50%未満への引下げが盛り込まれた。

公営銀行再編については、16年6月に最大手インドステート銀行(SBI)がその関連5行と国営銀行バラティヤ・マヒラ・バンク(BMB)を合わせた6行を吸収合併することが決まり、16年度内に統合手続きが完了する見込みである。その他については現在調整が進められており、現在の27行が最終的に4~5行に集約される方針となっている。合併によってメガバンク誕生ともなれば、規模の経済や範囲の経済が働いて経営が効率化するほか、金融サービスの提供能力の向上も期待できる。

政府保有株比率の50%未満への引下げについては、19年3月までに市場から1.1兆ルピーを調達する過程で進めていくと考えられる。政府が公営銀行に対する関与を弱めるなか、先進技術の導入など民間の活力を吸収できれば、経営の効率化が更に進む可能性がある。
 
(不況産業への梃入れ策)
政府は不況産業への梃入れ策を通じて不良債権の膨張に歯止めをかけようとしている。例えば、特に不良債権が増加した電力や交通などのインフラ、鉄鋼産業の事業者らと経営上の問題について意見交換し、昨年8月には(1)許認可の迅速化、(2)プロジェクト関連の政策決定の促進、(3)燃料の長期確保、(4)追加資本の投入、(5)輸入鋼材の関税引上げ(+2.5%増)などの対策を打ち出した。

また今年2月に公表された16年度予算では、インフラ投資を22%増やし、道路・鉄道整備に2兆1,800億ルピーを充てた。また単に資金を割り当てただけではなく、PPP事業の契約見直しガイドライン策定やインフラ事業の新しい格付けシステムの導入、公共事業の紛争解決法案の国会提出など、交通インフラ停滞を防ぐ体制作りも進めるとした。

鉄鋼産業に対しては、上述の輸入鋼材の関税引上げのほか、国内産業を保護する目的で手厚い対策が打ち出されている。今年2月からは安価な製品流入を防ぐために鉄鋼製品173品に対して最低輸入価格制度(MIP)を導入しており、3月には熱延鋼板のセーフガード(緊急輸入制限)を発動している。さらに8月には政府が反ダンピング調査を実施し、中国や日本、韓国など6カ国の一部の鉄鋼製品について反ダンピング税を課す見通しを示している。
 
11 1.8兆ルピーの必要増資額には内部留保からの充当額が除かれている。なお、政府はこの間の貸出残高増加率は15年度が12%増、16~18年度が12~15%増と、高めの伸びを想定している。
12 経営の執行は最高経営責任者を頂点として執行役らが担い、それを取締役が監督する。また取締役の過半数は独立取締役によって構成されるべきとされる。

4――不良債権問題の展望

4――不良債権問題の展望

インドの銀行部門は、不良債権の増加を背景に貸出姿勢を厳格化して貸出が伸び悩み、利鞘確保を優先しているために金融緩和の効果が十分に波及していない状況にある。

不良債権問題の克服に向けては、RBIと政府が協調して取組む総合的な対応策により、先行きは不良債権の増加ペースが頭打ちになり、減少に向かうと予想される。日本が経験した90年代の不良債権問題においては、バブル崩壊と産業構造の調整圧力による景気低迷と資産デフレが更なる不良債権の膨張を引き起こしたが、インドはポスト中国としての期待を背景に世界中から投資が流入しており、今後も高成長が続くと見込まれる。どちらも過去の過剰融資が問題であることには変わりないが、インドは堅調な景気と資産インフレが続くなかで企業業績が改善しやすく、銀行は不良債権処置を進めやすい環境にあると言える。

もっともRBIは17年3月までに適正な引当金を計上させることで膿を出し切ろうとしており、その後も19年3月までのバーゼルⅢの適合に向けて資本を積み上げていく必要があるため、銀行が利鞘を大きめに確保する方針は変わらないであろう。銀行の金融仲介機能の健全化には暫く時間がかかりそうだ。

また政策の継続性の面では疑問が残る。ラジャン総裁は9月4日をもって退任する予定だ。RBIは新たに就任する総裁のもと、これまでの不良債権処理に対する厳しい姿勢や物価安定重視の金融政策が変われば、今後のインド経済に対する見方も変わるだろう。さらに政府の公営銀行改革についても今後改革が頓挫する恐れがある。銀行の労働組合は従業員を扇動して頻繁にストライキを起こして抵抗する。与党・インド人民党は上院では少数派で「ねじれ議会」の解消が急務とされるだけに、こうした業界の抵抗は改革の妨げとなりかねない。
 

5――おわりに

5――おわりに

インドは経済水準に比して金融システムの発展が遅れている。金融システムは債券市場の規模が小さく、さらに不良債権問題によって銀行貸出が停滞しては株式市場頼みとなってしまい、より一層バランスを欠いた状態に陥る。成長に資するインフラ整備のような膨大な長期資金の調達ルートを構築するためには、債券市場の育成や銀行部門の健全化が必要だ。好景気を追い風に不良債権問題を早期に解消し、インドの大きな潜在力を引き出すことができるのか注目したい。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2016年08月05日「基礎研レポート」)

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