2016年07月29日

英国のEU離脱選択の衝撃~難航が予想されるEUとの交渉。離脱ドミノのリスク、経済への影響は?

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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8月4日MPCでは新たな経済見通しを叩き台に追加緩和を決定へ

金融政策を決める金融政策委員会(MPC)は7月14日の会合では追加緩和を見送ったものの、声明文に「 殆どの委員は8月の金融緩和を予想している」との文言を挿入し、8月4日の次回MPCでの緩和を事実上予告した。

8月は四半期に1度の「インフレ報告」の見通し改定があり、カーニー総裁の会見も予定されている「スーパー・サーズデー」にあたる。前回5月の「インフレ報告」では、実質GDPは、16年2.0%、17年2.3%、18年2.3%と16年はやや足踏みした後、17~18年にかけ持ち直し、インフレ率は2年後には2%の目標に届くと予想していた。EU離脱という選択を織り込んで、どの程度の修正が行なわれるのか、どのような組み合わせで追加緩和を行なうのか注目される。

なお、BOEの金融政策は、これまでECBに比べて遥かに機動的に運営されてきた。世界金融危機後も大幅な利下げを実施、2009年3月から0.5%で据え置かれている(図表4)。資産買い入れによる量的緩和もECBよりも遥かに早い2009年3月に開始、その後6回にわたる買入れ枠の拡大の後、残高2012年11月以降、3750億ポンドで維持されている(図表5)。8月の追加緩和は、利下げのほか、量的緩和の再開、貸出促進のための枠組みの強化などが選択肢となる。
図表4 欧米英中銀の政策金利/図表5 BOEの資産買入れプログラムの残高

EU離脱選択の影響として不安視される離脱のドミノ

EU離脱選択の影響として不安視される離脱のドミノ

英国のEU離脱の選択がEUやユーロ圏への影響も気掛かりだ。最も心配されるのは、EUからの離脱国が相次ぐ、ドミノのような現象が起きることだろう。

今秋のイタリアの国民投票を皮切りに、来年春のオランダ総選挙、フランス大統領選挙、秋のドイツ総選挙とEUの創設メンバーである原加盟国で民意を問う機会が続く。加盟各国では民意を問うたびに、反EUや反ユーロを掲げる政治勢力への支持の広がり、EUを推進してきた中道左派・中道右派の主流派政治勢力への支持離れが確認されている(注3)。直ちに、EUやユーロ圏からの離脱につながることはないとしても、示された民意が世界の市場の緊張を高める要因となる場面が続くことを覚悟する必要がありそうだ。

(注3)政治情勢の概要については、Weeklyエコノミストレター2016-06-09「欧州経済見通し~緩やかな景気拡大、低インフレ、そして政治的な緊張も続く~」もご参照下さい。
 
反EU機運の高まりの背景には、欧州経済が長期停滞の様相を強め、格差の是正、失業の解消が進まず、貧困人口が増大していることがある。失業率はピークアウトこそしているが、改善のペースは鈍く、殆どの国で、世界金融危機前の2008年初の水準を上回っている(図表6)。EUは2010年に立ち上げた10カ年の成長戦略で「2020年までに貧困人口を2,000万人減らす」目標を掲げたが、実際には、2014年までにEU全体では472万人増えている。EUは、加盟国に対する様々な規制などの見返りとして暗黙に経済的な繁栄を約束していたはずだ。約束を果たせないEUに反発が広がることは、当然の結果とも言えるだろう。

EU加盟国の中で、オランダやドイツのように豊かで経済・雇用情勢が比較的安定している国でも、過剰債務国への支援負担の増大、さらに難民危機、テロへの不安などが高まっている。
図表6 EU加盟国の失業率の変化(2008年1月→16年5月)/図表7 EU加盟国の貧困人口の変化

英国は離脱に最も近い位置にいた加盟国。他国がただちに追随することは考え難い

英国は離脱に最も近い位置にいた加盟国。他国がただちに追随することは考え難い

他国が英国に続く可能性を考える場合、英国は、単一通貨ユーロや、ヒトの自由のために圏内の国境検問を廃止するシェンゲン協定に参加しない権利を確保するなど、離脱に最も近い位置にいたことを踏まえる必要がある。

ユーロの導入などで統合により深く組み込まれている国にとってはEU離脱のハードルは高く、コストも大きい。通貨主権をECBに委譲した国の中央銀行には、BOEが果たしたような役割を期待することはできない。英国は、統合の深化に参加しない権利を確保してきた見返りに、大国でありながらEUで主導権を握ることができず、周辺化していた。しかし、原加盟国、とりわけフランスは制度設計にも影響力を発揮し、EUから大きな利益を得てきた。中東欧の加盟国の場合は、EU離脱による立地の不利化を補う競争力がないことがハードルになる。さらに、EU東側の域外国境隣接国の場合、安全保障の観点から欧州とのより深い統合を必要とする側面がある。英国が、離脱後もEUの単一市場へのアクセスを望んでいるように、欧州にとってEUは必要とされている。EUの制度構造は直ちに崩壊するほど脆弱ではない。

統合に一定の距離を置き、強い中央銀行を擁するイギリスですら、離脱の選択で大きな先行き不透明感に覆われていることは、各国の有権者により慎重な選択を促す要因になるだろう。

ただ、英国の不安定化が、他国を思いとどまらせる効果には多くを期待すべきではない。EU、そしてEU加盟国は、選挙や国民投票で示された民意を重く受け止め、問題解決に取り組む必要がある。どのような対応が必要かについては、別稿にて改めて論じることにしたい。
 

経済面での影響は足もとでは英国に顕著、ユーロ圏にはマイルド。不安要素は銀行の脆弱性

経済面での影響は足もとでは英国に顕著、ユーロ圏にはマイルド。不安要素は銀行の脆弱性

欧州経済の見通しに関しても、英国の国民投票の結果を受けた不確実性の高まりを受けた修正が必要になっている。ただ、中期的な影響は、英国とEUの関係次第という面がある。短期的な影響に関しても、国民投票の結果を反映したサーベイ調査が出始めたばかりの現段階では判断材料に乏しい。

欧州委員会が作成する景況感指数(表紙図表参照)や、実質GDPと連動性が高いとされる総合購買担当者指数(PMI)を見る限り(図表8、図表9)、英国経済にはブレーキがかかる兆候が現れているが、ユーロ圏には顕著な変化は見られない。

しかし、英国の国民投票の結果判明後、ユーロ圏の脆弱な銀行システムへの不安が改めて高まっている。金融システムの安定維持が、ユーロ圏経済が急失速を回避する条件だ。7月29日発表予定のEBAの銀行ストレス・テストの結果及びこれを受けた当局の対応に注目したい。
図表8 英国の総合PMI/図表9 ユーロ圏の総合PMI
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2016年07月29日「Weekly エコノミスト・レター」)

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