2016年07月28日

救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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5――メディカルコントロール体制

救急救命士制度は、医師による管理の下で救急救命処置を行うことで、その品質を保持する必要がある。本章では、その内容を見ていこう。

1|メディカルコントロール体制の意義
通常、救急救命士の行う救急救命処置は、医師のいない状況下で、現場もしくは、患者を医療機関に搬送する途中の救急車内等で行われる。これは、病院に搬送する前の救護という意味で、「プレホスピタルケア」と呼ばれている。プレホスピタルケアは、救急医療を行うための初期の処置であり、患者の容態が不安定な中で行われることが多い。救急救命士は、医師が不在の中で、気管の挿入や、医薬品の投与といった重大な判断が求められることもある。そのため、救急救命士の行う救急救命処置は、その後に行われる救急医療の結果を、大きく左右しかねない。

そこで、メディカルコントロール(MC)の考え方が重要となる。MCとは、プレホスピタルケアで行われる種々の行為について、医学的見地から、その品質を保証するための仕組みを指す。近年、救急救命処置の範囲が拡大する中で、その品質を担保する制度として、MC体制を整備することの重要性が認識されつつある。

2|メディカルコントロール体制は、救急搬送時だけではなく平時からも行われる
MC体制として、主に、3つのものが挙げられる。

(1)医師の指示、指導・助言を受ける体制
医師の直接の指導があるMCを指す。例えば、傷病者の搬送過程において、現場や救急車内等で、電話や無線などにより、医師から直接、指示や指導・助言を受けることを指す。これは、直接の指導を受けるという意味で、「オンラインMC体制」と呼ばれている。

(2)救急救命処置を事後検証する体制
救急患者を受け入れる際、受け入れ先の医療機関の医師は、救急救命処置の適切性を点検する。救急救命処置は、検証票による検証に付され、問題事例等はフィードバック等の評価が行われる。これらの実務を通じて、救急救命士の資質向上が図られている。

(3)教育研修体制
平時において、定期的に研修を行い、救急救命士の資質を維持・向上させる。具体的には、MCに関わる医療機関において、2年間に128時間以上の病院実習を行うことが推奨されている。また、日々の業務に向けた自己研鑽のための教材として、医師が業務マニュアルを作成することも行われている。

このうち、(2)と(3)は、救急救命士の業務を間接的に管理するものであり、「オフラインMC体制」と呼ばれている。

3|全国で、メディカルコントロール協議会が設置されているが、運用は区々となっている
MC体制は、各地域のメディカルコントロール協議会(MC協議会)により、運営されている。MC協議会には、都道府県単位のものと、医療圏単位のものがある。都道府県単位のMC協議会は、MC体制に関する枠組みを定める。その上で、医療圏単位のMC協議会は、実際のMC体制の運用について、協議を行うこととされている。2015年10月現在、全国で251のMC協議会がある。

MC協議会の運営の状況は、地域ごとに大きく異なっている。都道府県によっては、ほとんどMC協議会が開催されていない地域もある。また、消防本部への調査によると、消防機関以外に所属する救急救命士がMC協議会に参加する際には、関係者の理解が進んでいない、救急救命士の所属する機関の信頼性が乏しい、費用面の負担が大きい、等の課題があるとされている。このように、MC協議会を通じたMC体制は、現在のところ、整備が不十分であり、検討すべき課題は多い。このままでは、MC体制の不備のために、いざというときの救急救命処置の質が、確保できない地域が出現する懸念がある。
図表23. 地域MC協議会への参画にあたっての課題

6――心肺停止と心肺蘇生法

6――心肺停止と心肺蘇生法

救急医療は、端的に言えば、救命を目指している。そのためには、心肺をいかに蘇生させるか、が主要なテーマとなる。本章では、心肺停止と、その蘇生法について、見ていくこととしたい。25

1|心停止と呼吸停止は連鎖して、心肺停止に至る
救急医療において、人が死に至る前の段階として、心肺停止がある。心肺停止とは、心停止と呼吸停止が、同時に生じている状態を指す。これに対し、心停止と呼吸停止のどちらかが生じている状態を心肺機能停止状態という。次の通り、心肺機能停止状態は、やがて心肺停止に至る、とされている。

 - 心停止が起きると、脳への血流が止まり、15秒程度で意識が消失する。その際、脳の延髄にある呼吸中枢も機能停止するため、1分で呼吸停止に至る。

 - 逆に、呼吸停止が起きると、肺への酸素の流入がストップする。すると、心臓から肺への血流の循環(肺循環)を通じた血液への酸素の取り込みができなくなる。その結果、心臓から全身への血流の循環(体循環)を通じた、全身への酸素の供給が止まり、身体にある酸素が徐々に減少する。呼吸停止が、5~12分続くと、心停止となる。

2|心肺蘇生法を施すことで、救命率は大きく向上する
心肺停止は、死に至るため、救命のために、できるだけ早く心肺蘇生法を行うことが必要となる。蘇生ガイドライン26によれば、心肺蘇生法は、AEDを用いた除細動や、窒息をきたしている気道異物の除去とともに、一次救命処置(BLS27)の1つとされている。BLSは、現場に居合わせた人(バイスタンダー)も行う、基本的な心肺蘇生法である。心肺停止の傷病者にBLSを行い、病院での二次救命措置(ALS)や、心拍再開後の集中治療につなげる必要がある。BLSは、胸骨圧迫(心臓マッサージ)、気道確保、人工呼吸からなる28。以下、注記25の文献を参考に、それぞれの処置の内容を、簡単に見ていこう。

(1)胸骨圧迫(Chest compression)
成人の場合、胸骨圧迫は、手掌基部(手の根元)で、胸の中央部を5~6 cm沈むように圧迫する29。胸骨圧迫は、1分間に100~120回のテンポで行う。胸骨圧迫を行う度に胸を元の位置に戻し、圧迫と圧迫との間で力を入れたり、もたれかかったりしないことが、ポイントとされている。AEDによる電気ショックとあわせて、心臓の機能を維持するための重要な方法となる。

(2)気道確保(Airway)
気道確保は、意識障害に伴う舌根沈下のケースで行われることが多い。餅などを喉に詰まらせたり、アナフィラキシーショックでの喉頭浮腫などでも見られる。通常、腹部突き上げ法(ハイムリック法)、胸部突き上げ法、背部叩打(こうだ)法といった各種の方法が、組み合わせて行われる、とされている。

(3)人工呼吸(Breathing)
人工呼吸は、呼気を口に吹き込む口対口人工呼吸や、鼻に吹き込む口対鼻人工呼吸が行われる。感染症の防止のために、直接口が接触することを避けるためのフェイスシールドがあり、徐々に普及している。なお、人工呼吸時などの、胸骨圧迫の中断時間は、10秒を超えないことが求められる。

心肺蘇生法は、胸骨圧迫30回と、人工呼吸2回を組み合わせて、繰り返し行う。AEDが到着すれば、ただちに装着して、機器の音声指示に従う。AEDの電気ショックが行われた場合や、電気ショックが必要でなかった場合には、その後ただちに胸骨圧迫から再開する。心肺蘇生法は、救急隊に引き継ぐか、もしくは、傷病者に普段どおりの呼吸や、目的のある仕草が認められるまで続ける必要がある。

心停止かどうか判断に迷う場合、自信が持てない場合であっても、心停止でなかった場合を恐れずに、直ちに心肺蘇生法とAEDの使用を開始することが重要とされる。これらを普及させるため、一般市民向けに、消防署等で救命講習が開催されている。そこでは、心肺蘇生法やAEDを用いた除細動などの実技講習が行われている。累計受講者数は、東京都の場合、2010年までに21.9万人となっている30。心肺蘇生法等について、一般市民への更なる普及が望まれる状況と言える。

次の図表に示すように、バイスタンダーによるBLSがなされた場合は、なされなかった場合に比べて、救命率が2倍以上高い、との海外の研究結果もある。
図表24. 救命曲線 (イメージ)
 
25 本章の記述にあたり、「好きになる救急医学 第3版」小林國男(講談社, 2016年)の第4章、第5章を参考にしている。
26 一般社団法人 日本蘇生協議会が公表しているガイドラインを指す。5年ごとに更新されており、2015年に「JRC 蘇生ガイドライン2015 オンライン版」が公表された。2016年には、その最終版が公開された。
27 BLSは、Basic Life Supportの略で、一般市民が器具を用いずに行う心肺蘇生法を指す。ALSは、Advanced Life Supportの略で、医師が器具や医薬品を用いて行う心肺蘇生法を指す。(本稿は、ALSについては詳述しない。興味のある読者は、「好きになる救急医学 第3版」小林國男(講談社, 2016年)などを、参照いただきたい。)
28 それぞれの英語の頭文字をとって、C-A-Bとも呼ばれる。
29 1歳未満の乳児の場合、指2本で、胸の厚さの約1/3まで沈むように圧迫する。1歳以上16歳未満の小児の場合、体格により、胸の厚さの約1/3または5~6 cm沈むように圧迫する。
30 「東京消防庁救急業務懇話会答申書」(第31期東京消防庁救急業務懇話会, 平成24年3月) の、「全救命講習受講者数」。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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