2016年07月22日

英国のEU離脱の影響-米実体経済への影響は限定的とみられるも、現状では未だ不透明な部分が多い

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(米多国籍企業進出状況):資産ベースでは金融・保険業への集中が顕著
米国企業の英国進出状況(2013年)をみると、従業員数、売上高、当期利益などは、多国籍企業全体の1割程度に過ぎないのに対し、資産残高は2割強と他の項目に比べてシェアが大きいことが分かる(図表10)。これを業種毎にみると、米金融・保険業の資産残高シェアが英進出企業の7割弱を占めており、ここでも英国の金融センターとしての地位が重要な役割を担っているとみられる。BREXITによって英国の金融センターの役割がどのように変貌するのかは依然として不透明な状況であるが、報道など1によれば米大手金融機関のJPモルガンが英国内の従業員1万6,000人のうち4分の1を欧州大陸に異動させる方針が既に示されているほか、他金融機関についても英国から他国へシフトする方針が示されており、米金融機関は英国戦略の見直しを迫られている。
(図表10)米企業の英国進出状況(2013年)
(図表11)英国居住者向け与信残高(国別残高) (3)米銀の対英国与信:与信残高シェアは第1位も、総資産に対する比率は低い
最後に米銀の英国向け与信残高(最終リスクベース2)をみると、15年末時点で4,239億ドルと世界の英国向け与信残高シェアの17.8%を占め第1位となっている(図表11)。もっとも、米商業銀行の総資産(15,6兆ドル)に対する比率は2.7%程度に留まっており、米銀への影響は限定的である。

一方、米銀の融資先は、非銀行金融機関が英国向け与信残高全体の5割弱を占めており、高くなっている。英国非銀行金融機関の海外からの融資額4,216億ドルのうち、米銀からの調達分が5割弱と、英金融機関にとって重要な資金調達先になっていることが分かる。
 
2 与信の所在地ではなく、与信の最終的なリスクの所在を基準に集計されたベース。与信先が英国以外であったも、英国金融機関の信用保証が付されている場合には、英国向けとして集計。
 

3.資本市場の動向

3.資本市場の動向

(1)株式市場:一時的に下落もその後は持ち直し

株式市場は、S&P500株価指数が英国民投票の結果が判明する直前(6月23日)から、予想外の国民投票結果を受けて、6月27日には▲5%超の下落となり、年初の水準も一時的に割り込んだ。しかし、その後は持ち直し、直近(7月15日)では年初来7%超の上昇となっている(図表12)。足元株価指数は史上最高値圏まで上昇しており、国民投票後の混乱は限定的となっている。さらに、EU離脱の影響を顕著に受けるとみられる金融業種の株価指数も、国民投票結果後に8%弱の下落と、総合指数より落ち込み幅が大きくなったものの、こちらも持ち直しており、直近はほぼ年初の水準まで戻している。このため、金融業種の株価についても現状で大きな影響はみられない。
(図表12)S&P500業種別指数/(図表13)恐怖指数(VIX指数)
さらに、株式市場の変動性を基に算出され、投資家の先行き不透明感の高まりを示す恐怖指数(VIX指数)は、国民投票結果判明後に上昇し不安心理の高まりを示したものの、上昇幅は世界的に株価が下落した昨年夏を下回っており、これまでの株式市場の反応は落ち着いたものと言える(図表13)。
(図表14)米10年金利および米社債スプレッド (2)長期金利、社債市場:長期金利は低下、社債スプレッドも安定

債券市場は、米10年国債金利が国民投票の結果が判明する直前の1.7%台から、7月上旬にかけて1.3%台の史上最低水準に低下した(図表14)。長期金利はその後反発したものの、直近(7月15日)でも1.5%台までしか戻っておらず、依然として低水準に留まっている。

一方、米社債スプレッドをみると、16年2月に原油価格が30ドルを割れ、シェール関連企業の信用リスクが懸念される中で高金利社債スプレッドが拡大した局面とは異なり、足元では社債スプレッドに縮小する動きがみられるなど、信用リスクは高まっていない。このように、信用リスクが高まっていない中で長期金利は低下しており、金融環境は緩和していると判断でき、米経済の下支え効果が期待できる状況となっている。

もっとも、足元で資本市場は安定しているものの、BREXITに関して未だ不確定な要素が多く、資本市場の動向は依然予断を許さない。今後、英国や欧州の資本市場でリスクプレミアムの上昇などの金融ショックが発生した場合には、米経済への悪影響が懸念される。OECDは、ユーロ圏の経済危機に伴い11~12年にみられた金融環境の引締りを参考に、英国が19年にEUから離脱する前提で、金融ショックによる各国経済への影響を試算3した。これによれば、ポンド安も含めた英国の金融市場ショックにより、18年までに米国の成長率は▲0.19%押下げられるほか、スイスを含む欧州全体の金融市場ショックによって追加的に▲0.05%押下げられる結果、合計の押下げ幅は▲0.24%となることが示されている。これは、英国(▲1.35%)、アイルランド、オランダ(▲1.16%)、ドイツ、フランス(▲1.07%)などの欧州諸国より大幅に低いほか、日本(▲0.46%)と比べても限定的な水準に留まっている。
 
3 OECD Economic Outlook (June 2016) p.31 Box 1.1. Financial shocks from Brexit
 

4.今後の金融政策に対するインプリケーション

4.今後の金融政策に対するインプリケーション

(図表15)金融市場が織込む0.25%利上げ確率 米経済は、足元で個人消費の回復が続いており、今月末発表予定の4-6月期実質GDP成長率(前期比年率)は、前期(+1.1%)から加速することが確実である。さらに、6月FOMC会合で懸念されていた労働市場の悪化懸念も、6月雇用統計の結果が大幅な雇用拡大を示す内容であったことから、一旦後退しており、米経済は内需主導の底堅い景気回復が持続していると考えられる。このような状況を反映し、金融市場が織込む追加利上げ確率は、国民投票後に急落したものの、足元(7月15日)では9月会合が2割程度、12月会合では4割弱まで回復してきた(図表15)。

英国のEU離脱に伴う米実体経済への影響については、景気の下振れ要因であるものの、現段階では貿易面などの直接的な影響、資本市場を通じた間接的な影響双方ともに限定的とみられる。

もっとも、BREXITについては未だ具体的なスケジュールや手続きが決まっておらず、BREXITが、英国や世界経済に与える影響については不透明感が強い。このため、FRBは当面、国内経済の強い経済指標がでたとしても、BREXITリスクを見極めるために、慎重な金融政策を継続するとみられる。当研究所は、国民投票前の時点で追加利上げ時期を9月と予想していたが、FRBの慎重な金融政策運営を反映し12月に変更した。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2016年07月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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