2016年07月22日

英国のEU離脱の影響-米実体経済への影響は限定的とみられるも、現状では未だ不透明な部分が多い

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

EU離脱を問う英国民投票の前に行われた6月FOMC会合では、政策金利の据え置きが決定された。同会合では、5月雇用統計の予想外の悪化を受けて労働市場の回復持続性について検討されたほか、英国がEUから離脱するBREXITが米経済のリスク要因として議論された。

6月下旬の英国民投票では、事前の予想に反しEU離脱支持が残留支持を120万票以上上回り、52%と過半数を獲得した。このため、リスク要因であったBREXITが現実化する可能性が非常に高くなった。金融市場は国民投票の結果を受けて株式市場が世界的に急落するなど不安的な動きとなった。

英国ではキャメロン首相が辞任するなど、政治が混乱していたが、当初予定より早いタイミングでメイ氏が新首相に就任したため、政治的な混乱状態から脱しつつある。もっとも、EU離脱に向けた手続きの開始時期さえ決まっておらず、EU離脱に伴う英国経済や世界経済への影響については、現段階では非常に不透明な状況となっている。

本稿では、米国経済への影響をみる上で直接的な影響として貿易面や、直接投資、米企業進出状況、米銀の与信残高の状況などについて英国との関係を確認する。さらに、間接的な影響として資本市場の状況についても確認する。

現段階では非常に不透明な部分が多いものの、結論から言えば、直接的な影響については米金融業界では戦略の見直し等が必要になるものの、貿易面などを通じた米実体経済への影響は限定的とみられることである。さらに、間接的な影響についても、足元は株式市場が安定する中で長期金利が低下しており、金利低下が米経済を下支えする効果が期待できる状況である。もっとも、当面EU離脱を巡る不透明感が持続するため、米経済への影響を今後も見極める必要があり、FRBは慎重な金融政策運営を行うことが予想される。このため、追加利上げは12月まで先送りすることが見込まれる。
 

2.米国と英国経済の経済関係

2.米国と英国経済の経済関係

(1)財・サービス収支:英国向け財・サービス輸出額はGDP比1%未満と限定的

 米国から英国向けの財・サービス輸出は15年通年で1,235億ドルと第4位の金額である(図表2)。輸出額を経済規模(名目GDP)と比較すると、GDPの0.7%程度に留まっており経済規模と比べた金額は大きくない。このため、英国向け輸出は、今後予想される英経済の落ち込みや英ポンド安の影響を受けるとみられるものの、輸出減少による米経済への影響は限定的とみられる。

一方、財・サービス輸出を仔細にみると、財輸出は565億ドルと第5位であり、上位3カ国と比べ金額が小額に留まる一方、サービス輸出は669億ドルと第1位となっているほか、金額で財輸出を上回っているなど、他の上位輸出国に比べサービス輸出の比重が大きくなっているところに特徴がある。さらに、英国向け財・サービス輸出を主要な品目別にみると、自動車を除く資本財の金額がもっとも多くなっているが、金融サービスも143億ドルと輸出全体の11.6%を占め上位に入っている。他の輸出上位国では、金融サービスが品目別の上位5位に入っておらず、英国向け輸出における金融サービスの重要性が際立っている(図表3)。

ちなみに、BREXITによって大きく影響を受けることが予想されるEU向けの財・サービス輸出額は5,007億ドル(GDP比2.8%)となっており、米経済規模と比べてこちらも限定的である。
(図表2)米国からの財・サービス輸出(2015年)/(図表3)主要品目別輸出額(2015年)
(図表4)英ポンドおよび米ドル実効レート 一方、欧州以外も含め米国からの輸出は、米ドルレートや世界経済の動向に影響される。米ドルは、英国民投票の結果を受けて、対英ポンドでは国民投票前の水準から足元(7月15日)まで10%超の大幅なドル高水準となっている(図表4)。しかし、より広範な通貨に対する動きを示す米ドル実効レートは、国民投票前に比べてドル高となっているものの、年初からはドル安水準に留まっており、顕著なドル高となっていない。

さらに、BREXITの世界経済への影響については、不確定な要素が大きく未だ評価が困難であるものの、7月19日に公表されたIMFの世界経済見通しによれば、BREXITの影響を考慮し、16年、17年ともに世界経済の成長率は下方修正されたものの、修正幅はいずれも0.1%と小幅な修正に留まっており、成長率低下による米輸出への影響は限定的だろう。
参考までに英国から米国への財・サービス輸入額をみると、1,115億ドルと第6位となっている(図表5)。輸入についても、財輸入で上位国と金額の開きがある一方、サービス輸入が第1位となっており、輸出と同様の傾向がみられる。主要品目別輸入額では、金融サービスが輸入の8.3%のシェアを占めている(図表6)。
(図表5)米国への財・サービス輸入(2015年)/(図表6)主要品目別輸入額(2015年)
(2)直接投資、米多国籍企業進出状況

(直接投資):英国向け投資は金融、持株会社の比重が高い
米国から英国への対外直接投資額(14年)は、5,879億ドルとオランダに次ぐ第2位となっており、対外直接投資額全体の11.9%を占めている(図表7)。業種別には金融業が28.9%と高くなっているほか、持株会社(銀行以外)が42.2%と最も高いシェアとなっている。持株会社は英国以外の国に投資するための基金などが主なものとなっており、英国の法人税率が米国に比べて低いことや、税優遇策により、米国の高い法人税率を回避する所謂タックス・インバージョンの動きと考えられる。実際、持株会社残高の推移をみると、英国が00年代半ばの30%から15年の20%に段階的に法人税率を引き下げたことや、09年に外国子会社配当免税制度を導入した動きと符号するように残高やシェアが増加していることが分かる(図表8)。
(図表7)対外直接投資残高(米国→英国)/(図表8)持株会社残高(英国向け)
持株会社の動向は、英国の税制や米国のタックス・インバージョン抑止策の影響を受けるため、英国のEU離脱による直接的な影響は受け難いとみられる。英国ではオズボーン前財務相が法人税率の一段の引き下げを示唆したこともあり、英国の税優遇先は今後も継続されるとみられる。

一方、直接投資のうち、金融業に対する投資についてはEU離脱に伴い英国の金融センターとしての地位が低下が見込まれるため、新規投資が抑制されるとみられるほか、投資残高が減少する可能性をみておく必要があるだろう。
(図表9)対内直接投資(英国→米国) ちなみに、英国から米国に対する対内直接投資をみると、4,485億ドルと第1位となっており、対内直接投資額全体の15.5%を占めている(図表9)。業種別には製造業が37.3%と最も高いシェアとなっており、金融業が25.3%とそれに続いている。製造業では、化学のシェアが13.4%と高くなっている。EU離脱に伴う英国企業の業績悪化などから米国向け直接投資方針が変更される可能性は否定できないが、英国企業要因による変更の可能性は低いだろう。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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