2016年07月19日

アジア生命保険市場の動向・展望と重要点

平賀 富一

文字サイズ

2――アジア生保市場の中長期展望

同地域において中長期的に一層の経済発展が見込まれる中、諸機関による予測でも一層の生保市場の拡大が見込まれている。この点に関し、2016年5月公表されたミュンヘン再保険の『Insurance Market Outlook』では、2016年から2025年までの予測が示されており、以下では、その要点を紹介する。

第一に、2016年から2025年の期間の生命保険料増収額の5割を新興国市場が占めるとされる。その太宗を占める新興アジアは、図表-2に示されるように、この期間の保険料増収率の年率平均(CAGR)が10.2%と最も高成長が見込まれている。国別の保険料増収率(年率平均)のランキングでは、中国が11.1%と全体のトップ、2位がインドネシア(10.1%)、さらに、フィリピン(8.3%)、インド(8.1%)、タイ(7.1%)、マレーシア(5.2%)、シンガポール(3.5%)とアジアから7か国がベストテン入りしている。
図表-2 2016-2025年の期間における生命保険料の増収率(年平均%)

3――アジア生保市場における重要点

3――アジア生保市場における重要点

(1)保険に関する意識・ニーズの高まり
上述のとおり、各国・地域における経済成長下での富裕層・中間層の増加と都市化の進行によって、生活水準が向上し、生活スタイルが変化・近代化することにより、保険に対する意識や関心とニーズがさらに高まるものと考えられる。その結果、生活防衛のための保障性商品へのニーズの増加、資産運用ニーズ対応としての貯蓄・投資型商品の重要度の双方の増加が予測される。特に、1) 高齢化への関心が高まる先進アジアとタイ・マレーシア、中国等では、年金など退職準備商品と医療・介護保険へのニーズが強まるものと予想される。2) 新興アジアにおいては、未だ低水準の保険普及率ゆえに今後の増収余地と可能性がより大きいと考えられる3
 
(2) 法規制の整備や監督水準の高度化
各国において法規制の整備や監督水準の高度化がさらに進行するものとみられる、保険会社の体力・体質の強化と消費者保護が重要なポイントになろうが、特に、先進アジアにおいてはリスク管理や欧米日とも整合した資本・ソルベンシー規制の整備、コーポレート・ガバナンスの強化、新興アジアでは、資本力の強化、商品・販売の適正化に関するものが中心となろう。後述のデジタル化に関連する個人情報データの保護は、先進アジア、新興アジアの双方にとって重要な事項になるだろう。
 
(3) M&Aも含めた市場への参入・事業の拡大等
各市場の拡大と、アセアン経済共同体(AEC)など市場統合の動きが進む中、M&A手法も含め、新規市場への参入や、既参入市場で事業規模の拡大を図る企業の増加が続く可能性が大きい。そこでは、欧米日の企業のみならず、自国市場で力をつけたアジアの有力保険企業の他市場への参入も増加するものと考えられる。その一方で、競争力や収益力が不十分な企業の撤退・淘汰や、収益期待がより大きい域内の他市場へ経営資源を移転・注力する動きも予測しうる。
 
(4) 保険産業全般に影響を与えるデジタル化の進展
最近の保険業界における最大の関心テーマは、保険テクノロジー(Insurtech)ともいわれるデジタル化であろう。保険業は、各産業界の中でもデジタル技術の活用が遅れている業界の一つとの評価4もある中、アジアの保険市場においても、IoT、Industry4.0といった進化の中で、IT技術、医療技術、AI(人口知能)、ビッグデータなどの有機的な活用が大きな話題となっている。デジタル技術の進化は、保険の引受、販売、商品、マーケティング、保険金の支払い、事務処理などの各プロセスと機能、顧客・消費者との関係性を含めた経営全般に大きな変化をもたらす可能性があるといわれている。

その中で、アジア地域においても生命保険会社で専任の部署を設け検討・対応を進める事例5が出ている(例えば、米MetLifeによるシンガポールのイノベーション・センターの開設)。また、中国では、最有力IT企業であるアリババグループなどによる保険業や健康産業への参入や保険・医療関連アプリの開発・提供の動きが始まっている(詳しくは、片山ゆき「Fintech(フィンテック)100、1位の衆安保険を知っていますか?」『保険・年金フォーカス』 2016年6月21日、ニッセイ基礎研究所を参照)。

さらに、時計や眼鏡といったウェラブル端末を活用した、顧客とのコミュニケーションの増加や、保険・医療に関する照会・応答、健康面のアドバイスや健診数値の改善による保険料の割引などに関するスマートフォンやパソコンのアプリの提供が行われる事例も増加している。また、新興国であるインドネシアで、人口2.5億人に対し6千万人もの人がフェイスブック(SNS)を利用している事例や、中国で、1999年創業のアリババグループの電子商取引企業(天猫)等が、実店舗の大手企業(国美電器・蘇寧電気など)の売上げを凌駕し、小売り業態の構造を革命的に変化させた事例6などは保険業界においても重要な参考になるものと考えられる7。さらに新興国の有する「後発性の利益」により、先進諸国よりも新技術を導入・普及させやすいというアドバンテージもありうる。この観点で、先進国の企業が、アジア地域の子会社でのイノベーションを本国に逆輸入するというケースも生じうると思われる。

今や、IT技術の進歩やインターネット接続、SNSの普及により、消費者が中心となった新たなエコシステム(関連する企業や関係者が有機的に結びつき共存共栄する仕組み)が構築され、既存の産業の構造や在り方が変化しつつある。デジタル化への対応は、単にアジア地域に限らず、保険産業・企業が、新たなエコシステムの中で、IT企業や医療関連企業や当該人材と協働・提携しつつ、どのような付加価値を提供し重要なポジションを確保できるかという経営課題への対応として最重要なものとなっていると考えられる。
 
3 インドネシアなど新興諸国の多くで急速に普及しているSNSも含めたデジタル技術の普及(詳細を後述)は、保険知識の普及、ニーズ喚起と販売にも大きな効果を発揮する可能性があると考えられる。
4 スイス再保険『sigma No.6/2015』2ページ参照。
5 このような事例ではIT企業など他業界から専門人材を招くケースも散見される。
6 2015年の中国での売上げ規模は6,720億ドルと日本の896億ドルの約 倍になっている
7 日本の状況を考えても、Windows 95の登場により、パソコンが企業や家庭で本格的に使われ始めて20年、また2007年の初代iPhoneの販売から10年足らずで、社会の在り方や個人の生活スタイルが大きく変化しており、これから10年以内には現在予想もつかない大きな変化が起きる可能性があると推量される。


<主要参考文献>
・片山ゆき「Fintech(フィンテック)100、1位の衆安保険を知っていますか?」『保険・年金フォー カス』2016年6月21日、ニッセイ基礎研究所。

・経済産業省商務情報政策局情報経済課『平成 27年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)報告書』2016年6月。

・スイス再保険「Life Insurance in the Digital Age: fundamental transformation ahead」『Sigma No.6/2015』.

・同上「World Insurance in 2015: Steady Growth amid Regional Disparities」『SigmaNo.3/2016』.

・ミュンヘン再保険『Insurance Market Outlook』(2016年5月)

・Ernst & Young『2016 EY Asia-Pacific Insurance Outlook』
Xでシェアする Facebookでシェアする

平賀 富一

研究・専門分野

(2016年07月19日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【アジア生命保険市場の動向・展望と重要点】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

アジア生命保険市場の動向・展望と重要点のレポート Topへ