2016年07月15日

働き方改革はどこに向かうのか-時間制約のあるフルタイム勤務への「移行」と「多元化」

松浦 民恵

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3――働き方改革はどこに向かうのか

1働き方改革の潮流~移行と多元化
働き方改革についてこれまで述べてきたことをまとめると、図表5のようになる。

働き方改革が進めば、従来一般的だとされてきた時間制約のないフルタイム勤務は、全体としては時間制約のあるフルタイム勤務の方向に向かうはずである。ただ、働き方改革の推進度合いは企業や職場によって相当異なる。時間制約のあるフルタイム勤務にどこまで近づくか、バラツキが生じるという意味で、フルタイム勤務者の働き方の多元化は進むと考えられる。

一時的な事情(育児等)による短時間勤務の場合は、もともと、いずれはフルタイム勤務に復帰することが想定されている。このようなケースにおいて、短時間勤務者が増加し、利用が長期化することは、短時間勤務者のキャリア形成の面でも、企業の業務マネジメントの面でもマイナスの影響が懸念される。また、短時間勤務者が抱える事情はさまざまであり、そもそも一律的な短時間勤務の適用が実態にそぐわない面もある。こうしたことから、企業は、短時間勤務の期間上限までの利用を前提とするのではなく、制度利用に当たって、キャリア形成への影響も含めた制度利用のメリット・デメリットを考慮することを、社員に求めるようになるであろう。既に、企業のなかには、キャリア研修の一環として、育児休業や育児のための短時間勤務の利用について考える機会を、設定する事例が少なからず出てきている。

また、短時間勤務者が増加するほど、企業としては、短時間勤務者への一律的な配慮から、個別事情に合わせた配慮へと転換し、さらには可能な範囲でのフルタイム勤務への復帰や、夕方や夜のシフト勤務への部分的な配置等を求める方向に向かうことになろう。たとえば短時間勤務者が多い病院や保育・介護施設等では、既にこのような取組を行っている事例が少なくない。
結果として、一時的な短時間勤務者についても、全体としてはフルタイム勤務(時間制約あり)への移行に向かうが、短時間勤務者の個別事情には配慮されるという意味で、短時間勤務者の働き方も事情によって多元化することになるだろう。

このように、働き方改革によって、時間制約のあるフルタイム勤務へと働き方が移行していけば(多元化を伴うので、全てが移行するわけではないが)、従来は時間制約のないフルタイム勤務者に集中しがちであった責任や負担の大きい主要な仕事が、時間制約のあるフルタイム勤務者や短時間勤務者に分散することも期待される。
図表5:働き方改革の潮流(イメージ)
2働き方改革の今後に向けて
これまで考えてきた働き方改革の潮流を踏まえ、働き方改革の今後に向けて、筆者が思うところを述べて本稿の結びとしたい。

時間制約のないフルタイム勤務から、時間制約のあるフルタイム勤務への移行について、企業は、実際にどのような業務が削減されているか、また、業務の削減によって社員の人材育成や意欲にどのような影響を及ぼしているかを、慎重に見極めながら進めていく必要がある。労働時間が削減されても、それが社員の人材育成や意欲にマイナスの影響をもたらす形で行われれば、中長期的にはむしろ生産性が低下することになりかねないからである。

また、多くの場合、労働時間が削減されたからといって、求められる水準が緩和されるわけではない。残業手当が削減される上に、時間当たりの生産性向上も求められることに、不満を持つ社員も出てくるだろう。時間制約のあるフルタイム勤務への移行にあたっては、こうした社員の不満を回避するためのインセンティブも検討する必要がある。働き方改革を進める企業のなかには、所定労働時間の短縮や、朝型勤務の割増賃金の増額等を通じて、働き方改革によるコスト軽減分を社員に還元しようとしている事例もみられる。

短時間勤務から時間制約のあるフルタイム勤務への移行について、特に一時的な短時間勤務の場合は、制度設計の段階からフルタイム勤務への復帰をどう図るかという点を考慮しておく必要がある。女性活躍推進法の施行に伴い、ワーク・ライフ・バランス支援の観点から短時間勤務期間の延長を検討する企業も一部にみられるが、期間延長はフルタイム勤務への復帰を先延ばしにし、難しくするリスクもある。あくまでもフルタイム勤務への復帰を前提とするのであれば、期間延長については慎重に検討する必要があるだろう。

企業が短時間勤務者をフルタイム勤務に復帰させようとするのは、採用時から期待する役割に合わせて行ってきた教育等の初期投資の回収、採用時から想定されている処遇に合わせた活躍を実現させようとするためである。このように、働き方が採用時の期待に帰趨するのは、社員の多様な働き方へのニーズに対応するという面では、むしろ逆の動きだともいえる。にもかかわらず、やはりフルタイム勤務への復帰が前提となるのは、処遇変更が下方硬直的であり、かつ、途中段階では変更がなかなか難しいことも関係している。社員の多様な働き方へのニーズにどう対応するかについては、働き方に合わせた処遇変更とセットで、今後、検討の俎上にのぼってくる可能性がある。

時間制約のあるフルタイム勤務への移行については、時間制約のないフルタイム勤務、短時間勤務のどちらからの場合についても、いずれインセンティブや処遇の見直しが必要な段階に入ってくると考えられる。つまり、労働時間の制限や働き方の柔軟化による働き方改革の次の段階として、インセンティブや処遇という人事管理政策の見直しが問われることになる。さらにいうと、働き方改革は経営戦略にもかかわるものである。働き方改革をより実効的に進めていくためには、人事管理政策、さらには経営戦略へと、改革の射程を広げていく必要があるだろう6
 
6 働き方改革においては、商慣行を含む顧客との関係がネックになる場合も少なくない。企業が経営戦略として顧客とどう向き合っていくかという点も重要だが、前述の一億総活躍プランでも言及されている法規制(下請代金法、独占禁止法)の執行強化といった政策的な後押しの必要性も高い。また、大規模小売店舗法は、排他的な市場慣行への批判を契機として廃止され、かわって大規模小売店舗立地法が創設された経緯があるが、店舗の営業時間規制については、働き方改革の観点から改めて議論の俎上に乗せる必要があるかもしれない。
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松浦 民恵

研究・専門分野

(2016年07月15日「基礎研レポート」)

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