2016年07月15日

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析(2)-Accruals Ratioと発行体格付けの関係

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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■要旨
  • Accruals Ratioの発行格付けの関係について分析を行った。Accruals Ratioとは企業の営業活動と投資活動に関する指標であり、財務諸表の質と関連している。企業が利益調整を行っている場合、財務諸表の質が悪化し利益の報告内容に関する信頼性が薄くなり、Accruals Ratioがゼロから乖離した状況が継続する傾向がみられる。
     
  • 発行体格付け別にAccruals Ratioの傾向を見ると、BBB格以上では安定的にゼロ近辺を推移する傾向がみられるが、BBB格未満になるとゼロから乖離しマイナスの値をとる傾向がみられる。これはBBB格未満の発行体が企業活動のリストラクチャリング等を行っていることに起因しているものと考えられる。
     
  • Accruals Ratioの特徴を考慮した信用リスクモデルを構築し、倒産企業を含めてパラメータ推定を行うと、企業活動のリストラクチャリング等の影響だけではなく、「粉飾」や「過大な利益調整」による潜在的な信用力の悪化による将来の格下げや企業倒産の予測に対しても有益な可能性がある。

■目次

1――はじめに
2――Accruals Ratioと発行体格付けの関係
  1|Accruals Ratioの定義
  2|Accruals Ratioと発行体格付けの関係
3――Accruals Ratioを用いた信用リスクモデル
  1|Accruals Ratioを用いた倒産確率の利用
  2|Accruals Ratioを用いた格付け推移確率の利用
4――まとめ

1――はじめに

1――はじめに

前稿の「利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?」では、Accruals Ratioを用いることで、「粉飾」に起因した企業倒産の予見が可能かどうか分析を行った結果について報告した。Accruals Ratioとは、企業の営業活動と投資活動に関連した財務指標であり、財務諸表の質と関係している。企業が利益調整を行っている場合、財務諸表の質が低下し、その中で報告される利益等の報告内容に対する信頼性が低下してしまうことに繋がる。特に信用リスク分析では、財務分析の手法を用いることがあり、その財務指標が本来の企業の信用力を反映している必要がある。しかし、利益調整等のため財務指標が実態よりも「良く」みえるように調整されている場合は、一般的な分析手法では信用リスクの悪化を検出できない可能性があり、何かしら補完する方法が求められる。

前稿では、利益調整に関する企業行動が、企業倒産とどのように関連しているかについて分析を行った。具体的には過去5年間のAccruals Ratioの加重和に関するモデルを用いると、ある程度の説明力を持って企業倒産が推定可能であることを示した。よって、財務指標の数値が利益調整によって「良く」見えている状況であっても、従来の信用リスクモデルに加えて、当該モデルを補完的に用いることで潜在的に信用力が悪化している企業を抽出することが可能となる。また、当該モデルでは企業の投資活動の影響も考慮に入れていることから、信用力の悪化している企業にしばしば生じる企業活動のリストラクチャリングや資産の減損処理といった要因も含めた分析を行うことが可能であるため、広く信用リスクモデルとして使用できるという利点もある。

本稿では、Accruals Ratioが企業倒産だけではなく信用格付業者(格付機関)による発行体格付けに対しても説明力を有するのかについて分析する。債券投資や株式投資等では、格下げにより価格が大きく下落することがあるため、格付け推移に関する分析は投資対象の選択を行う上で重要である。Accruals Ratioが企業倒産だけではなく発行体格付けに対しても説明力を有している場合は、将来の格下げの予測に対して有益な情報となりうる。
 

2――Accruals Ratioと発行体格付けの関係

2――Accruals Ratioと発行体格付けの関係

1Accruals Ratioの定義
前稿と同様に、利益調整1を説明する指標として、会計発生高(「当期利益(特別損益は含まない)-営業キャッシュフロー」)と関連が深いAccruals Ratioを用いる。会計発生高は企業の営業活動に関する指標である。会計発生高が高い数値になっている場合は、キャッシュフローを伴わない会計利益の額が多いことを示しているが、一般的には次の会計期末には当該取引に関連した現金が回収されるはずなので、一般的に会計発生高はゼロ近辺を平均回帰することになる2。しかし、会計発生高が高い状態が長く続いている場合は、企業は何らかの利益調整行動を継続的に行っている可能性が高まる。不正会計の予測に関する研究分野では、利益調整をしている企業は不正会計に手を染めてしまう可能性が高いという関係性から、会計発生高に注目することがある3>。本稿では、減価償却費の変化等を用いた利益調整も考慮に含めるため、会計発生高だけではなく、企業の投資活動も含めた指標であるAccruals Ratioを使用している。

具体的に、本稿では2つのAccruals Ratioを定義する4。1つ目は、財務活動を除く営業活動と投資活動に関する利益調整に関する財務指標として、NOA(純営業資産:Net Operating Assets)を計算し(図表1)、その増加率をAccruals Ratioと定義することで、どの程度利益が増加する方向に調整されたのかを説明する(B/S Based Accruals Ratio)。このようにNOAを用いて数値の異常な変化を捉えることで、売上債権を活用した架空売買、固定資産等の購入による費用の資産化等の利益調整の影響等だけではなく、倒産企業においてよく見られる資産売却や減損等の企業活動のリストラクチャリングの影響を含めた分析を行うことが可能となる。

2つ目として、会計発生高に投資活動によるキャッシュフローを含めた直接的な数値がNOAに対してどの程度変化していたかについても分析対象とする(CF Based Accruals Ratio)。営業活動によるキャッシュフロー算定における間接法によるインプリケーションから、特別損益の影響を除けば、B/S Based Accruals RatioとCF Based Accruals Ratioはほぼ近しい数値になるものと考えられる。

(1)B/S Based Accruals Ratio
 B/S Based Accruals Ratio (t) = [NOA(t) - NOA(t-1)]/[(NOA(t) + NOA(t-1))/2]
ここで、
 NOA(t) = ([総資産](t) - [現金及び現金同等物](t) - [短期投資](t))
               - ([負債総額](t) - [短期借入金](t) - [長期借入金](t))

(2)CF Based Accruals Ratio
 CF Based Accruals Ratio (t) = [NI(t) - CFO(t) - CFI(t)] /[(NOA(t) + NOA(t-1))/2]
ここで
 NI(t): 当期利益(特別損益は含まない)
 CFO(t): 営業活動によるキャッシュフロー
 CFI(t): 投資活動によるキャッシュフロー
図表1:Net Operating Assets(NOA)のイメージ
 
1 一般的に利益調整は会計的裁量行動と実体的裁量行動に分類される。会計的裁量行動とは、一定の会計ルールの枠組みの中で、企業活動そのものには変更がないものの、財務諸表上の計算方法を変更することで利益調整を行うことを指す。例えば、減価償却の方法の変更(定率法から定額法への変更など)、棚卸資産の評価法の変更(先入先出法から後入先出法への変更など)などが該当する。また、実体的裁量行動とは、値引販売、研究開発費の削減や広告費の削減といった企業活動そのものを変更することで利益調整を行うことを指す。
2 現金が回収できないことが確定した場合であっても、遅かれ早かれ貸倒引当金を通じて費用認識されるため、最終的に会計発生高が小さくなる方向に作用することになる。
3 「不正会計の早期発見に関する海外調査・報告書」(大城直人, FSA Institute Discussion Paper Series, 2014年8月)等を参照されたい。
4 本レポートでは、これらの指標を計算する際に、会計制度の変更、米国基準やIFRSを用いることによる会計差異については補正することなく、データソースにより取得された数値をそのまま用いて計算している。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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